3……生き延びることだけ考える
突如肩をぐいと引き寄せられた。イザークの腕環が視界に飛び込む。やたら高級な紅水晶は磨かれて、ティティの憎悪を映していた。
「巻き添え食らいたいの? そうよね、貴方も同じ立場のようね!」
「王女、落ち着け。相手は愚兄かも知れないが、今やこの大陸のアテインアテン王だ。神の代弁者を殺せば、あんたの命も危なくなる」
ティティは震える腕をまっすぐにラムセスに向けた。イザークは動じずに、ゆっくりと予言者のように耳元に唇を寄せ、諭す口調になった。
「王女。王女が無事であることをあんたの両親は望み、地を去った。自分たちの命は構わない。だから、ティティインカを助けてくれと。ラムセスはあんたを殺そうとはしていない。――俺と結婚することが、たった一つの生き延びる術だと理解しろ」
「生き延びる……」呆然と洩らした呟きに、ひゅっと怒りが消えてゆく感覚。
イザークは、ゆっくりとティティから視線を逸らさずに繰り返した。一縷も視線を外さない。赤い眼の後では、元の色の灰色の瞳が煌めいている。
(なんて、強い眼差し。燃えてるみたい)
ティティは小さく頷き、唇を軽く咬んだ。ラムセスへの怒りもあるが、窘められて気力負けした事実が悔しい。
「邪魔したな。だが、生き延びれば、親父さんたちに逢える。相手が俺で良かったな。歴代の王女たちが辿った捕虜の運命を考えれば分かるだろ? さすがの悪魔の親友も妹に手はださんようだ」
翳した手から、スカラベがするんと落ちた。動きを止めた頭上では、イザークが声を張り上げていた。
「ラムセス! 予定通り、俺は王女を連れて行く。行こう、ティティインカ王女」
「フン、マアト神の裁きがあらんことを」
最大の厭味を最後に、ラムセスは背を向けた。吐息と共に、腕の力が強くなった。
――泣くものか。
空を見上げた。光はあるが、太陽など見当たらない空を。
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