2. 冷めたポテトを見て寄せ集めについて考える

「同好会~?」

 翌日の昼休み。

 俺は職員室にいる。

 我らが2-C担任である現国教諭、田島秀二。生徒からはタジ、などと呼ばれている。38歳独身。机の上で空になったコンビニ弁当の容器が侘しさを醸し出している。


「なんでこの時期に……?」

 俺が差し出した申請用紙を片手に、こちらに訝しげな視線を投げてくる。

 ごもっともな質問だ。

 俺だって問いたい。

 なんでこの時期に、わざわざ……。

 昨日の放課後から何度も自問してきた事だ。

 正直言えば、面倒くさい。部活なんて、やりたいヤツが勝手にやれば良いのだ。


「……ふーん。

 まぁいいけど。

 ……で、顧問の当てはあるのか?」


「はい。」

 俺は満面の笑みで目の前の田島を見つめる。


「センセ、たしか文芸部が無くなって、今は将棋部だけですよね?」

 去年は掛け持ち顧問だったはずだが、文芸部の部員がいなくなって消滅したから問題はないと思われる。


「……はあ~。

 お前、そういう抜け目ないとこムカつくわあ。」


「センセ、生徒に『ムカつく』はどうなんでしょ。」


「全く気にしてないくせにそういうこと言うな。」

 田島が窓際の書棚へと歩いて行き、一枚のプリントを持って帰ってきた。


「これに入部希望者の名前を書いて、もう一回来い。

 ……それと、ゲーム同好会はやめとけ。

 研究部、なら通ると思う。」


「ありがとうございます!」

 俺は深く礼をしてから、職員室を出た。

 全く、面倒くさい……。


***


「これに名前書いといてくれ。」

 早速、俺は貰ってきた紙を立石に渡した。


「わ。もう行ってくれたんだ。

 ありがと~。」

 受け取りながら立石はそれを一瞥し、そのまま返してきた。


「は?」


「は? じゃなくて。

 柴田の名前先に書いてよ。」


「お前…………

 ……俺に部長までやらせる気だな?」


「お願いします。」

 深々と頭を下げられた。

 綺麗なお辞儀だ。

 ……まあ、こうなるだろうとは思っていたんだ……。

 俺は溜息を吐いて、言われるがまま一番上に名前を書く。

 名前の欄の横には、『部長』という肩書きがタイプされている。


「ありがとう。

 ちょっと、放課後まで借りとくね。」

 俺から再度受け取った用紙に自分の名前を書いた後、その用紙を机の中に仕舞いながら立石がそんなことを言った。


「なんだ?

 誰か誘うヤツいるのか?」


「まあね。

 ……それとも、私と二人きりが良かった?」

 あざとい笑顔を作りながら、こちらを挑発してくる。

 もちろん、そんなことは無い。

 俺達二人だけならわざわざ新部の創設など必要ないのだ。

 何となく、誘いたい人間がいるのだろうとは推察していたが、その名前はここでは聞けないようだ。


「ま、返すのはいつでも良いよ。」


「ありがと。

 柴田も誘いたい子いたら、声かけといてね?」


***


 俺は最後の授業が終わって直ぐに、2年E組の教室の前に来ていた。

 部活に向かうヤツらが何人か出て行った後、目当ての人物が教室から出てきた。


「よ、タク。」


「おお、シバ。待っててくれたんだ?」

 生田ひろし。去年は俺と同じ田島が担任のクラスで一緒だった。俺にとっては学校で一番気の置けない友人ってヤツだ。

 名前が「ヒロシ」なのにタクと呼んでいるのは、一年の最初の授業で教師からタクと呼ばれた事がきっかけだった。

 その場で訂正していたが、まあ普通に見ればタクと呼びたくなるよな。

 他のクラスメートは皆名字の方を呼ぶから、タクと呼んでいるのは俺くらいじゃないだろうか。

 そのまま並んで昇降口へと向かう。


 我が校は文武両道を謳っているだけあって、放課後は活気に満ちている。

 今年は男子サッカー部と女子バレー部と男子水球部が有望なんだったか。

 そんな溢れ出ている活力の潮流を泳いで、俺達は校外に抜け出した。

 校門を潜ると直ぐ、再開発された町並みが広がる。

 通りには車がひっきりなしに行き交い、歩道を歩く人波も老若男女問わずに多い。

 10分も歩けばまだ比較的綺麗な川や、木々に囲まれる静謐な神社などもあるのだが。

 俺達は自転車に乗り、駅前のファストフード店へと向かうことにした。


***


「ゲーム研究部?」


「あぁ。ま、活動内容は未定なんだが。

 というか、多分禄に活動なんてしないと思うんだが。」


「それ、部にする意味あんの?」


「さあな。」

 男子高校生二人が狭いテーブルを挟んで、ポテトをつつきながらする話題として、なかなか適切なのでは無いだろうか。

 不毛である。


「誰が入るの、その部活?」


「俺と、俺のクラスの立石美己って女子。あと……一人か二人、誰かしらが入る予定。」


「ふーん……。立石さんって、けっこう綺麗な子だよね。

 仲、良いんだ?」


「いや、別に良くないんだけど。

 なんか……なりゆき?」

 ここのポテトは、少しふやけてからもう一段階味が変化する。

 俺はポテトの再臨と呼んでいる。

 タクはポテトの第二形態と呼んでいる。

 どちらにしても不毛だ。ポテトに罪は無い。


「とにかく、タクも入ってくれよ。

 名前貸す、くらいのノリで良いからさ。」


「まあ、ノリしか無いもんね、その部活。」

 そこで俺達はひとしきり笑い合った。

 このくらいのノリが俺には丁度いいのだ。


***


「ここが俺達の部室か……。」

 俺と立石は、部室として使えることになる予定の場所に下見に来ていた。

 旧文芸部だった部室。

 本校舎の西に位置する部室棟の二階最奥。

 まだ扉には『文芸部』のプレートが掛かったままだ。


「なんか、臭くない?」


「そうか?」

 顔を顰めている立石に気のない返事を返す。

 一階は軒並み体育会系の部室が並んでいるから、あるいはそのせいかもしれない。

 俺には、臭いと言われればそんな気もする、程度にしか感じないが。

 西日がきついから、夏場は対策しておいた方がいいだろう。

 ……あと一ヶ月で夏休みじゃねえか。

 

 入部希望者の用紙も提出している。

 早ければ明日にでも、認可が下りるだろう。

 ただし、今年度の予算は出ないので、秋が来るまでは諸々自腹を切ることになる。

 ……まあ、特に必要な物など無いのだが。


「うーし。じゃあ、後は許可が下りるまで寝て待ちますかあ。」

 腕を持ち上げ、背伸びしながら立石が言う。

 残念ながら背伸びしても胸元のアピールには乏しい。


「……柴田、今失礼なこと考えなかった?」


「……別に。」

 俺、やっぱこいつ苦手。


「なあ、立石。

 あの子を誘ったのは何でだ?

 仲が良いとは知らなかったよ。」


「……うん、まあ。その辺はおいおいね。

 ……言っとくけど、いじめたら承知しないからね?

 口説くのも禁止!」

 立石がいつになく真剣な表情で俺に告げる。

 冗談めかす余裕も無いほど、立石にとっては大切な存在なのだろう。


「そんな気、さらさらねえよ。」


「……なら、いいけど。」

 そう言って立石は俯き、階段に向かって歩き始めた。

 俺も5歩くらい遅れて付いていく。

 もうすぐ梅雨も明ける。俺達の心も晴れ渡る日が来るのだろうか。

 寄せ集めのはぐれ者ばかり。

 俺にとっては、存外悪くないのかも知れない。

 

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