3. FOOLS

「はい、2ドロ」


「くっ……!」

 してやったりな立石の出したカードに従い、俺は山から二枚のカードを引いた。


「次、私ね。はい。」


「はい、色チェン。」

 狭く、どこかかび臭いコンクリ打ちっぱなしの部室で、俺達はウノに興じていた。

 入部志願者が全員揃った、俺達ゲーム研究部の門出。

 この場にいるのは2-Cの俺、柴田文男と立石美己、2-Eの生田拓、そして2-Aの日暮崎ひぐれざき満智まち

 全員2年生だ。


 タクの色チェンジを受けて、立石がカードを出したのは……『リバース』。


「お前、俺に恨みでもあんのか!」


「ちょっとー。カードゲームくらいで熱くならないで欲しいんですけどー。」

 わざと鼻に掛かった声を出して挑発までしてくるか。

 絶対許さん。


「あ、ウノー!」

 日暮崎が上がってしまったようだ。

 無邪気に笑っている日暮崎を見ていると、何だか不思議な気がしてくる。

 彼女は立石が誘ってこの新設の適当な部活に参加してきたわけだが、俺は今まで日暮崎と話した事は無かった。

 去年も今年もクラスが違った、という単純な理由だけで無く、彼女はある種の有名人であり、俺が接点を持つことになるなどとは、到底考えつかない人間だったからだ。

 次いでゲームを上がった立石と楽しそうに話している日暮崎を横目で見つつ、俺はタクと一騎打ちを続ける。

 日暮崎は旧家の生まれで、現在実家は手広い不動産業で財を成している。

 所謂、お嬢様なのだが、彼女にはそれとは別に黒い噂がつきまとっていた。

「ヤリマン」

「日暮らしビッチ」

「3年の先輩とホテルに入っていくところを……」

「二股掛けられた子が……」

「若いサラリーマンとデートしてた」

 ……こんな感じの陰口は、それこそ枚挙に暇が無い。


 ―誰とでも寝る女。

 それが彼女に付けられたレッテルだった。


***

 

「さて、次でラストゲームにするか。」


「柴田、弱すぎー。」


「お前が集中攻撃してくるからだろお!」

 確かに今日の戦績は悲しい物がある。

 最後くらい立石に痛い目を見せて……と、思っていたところ。


「ごめん、私もう帰らなきゃ!」

 時計を見て、慌てて日暮崎が立ち上がった。


「マチ、用事?」


「うん、約束あって。

 ごめんね、美己。

 柴田君と生田君も、ごめん。先に帰るね。」


「ああ、お疲れー。」

 俺達はいそいそと出ていく日暮崎を見送った。

 最後まで閉まったドアを見続けていた立石が静かに振り返り、

「私達も帰ろっか。」

 と言った。

 その顔はどこか寂しそうでもあり、それでいて嬉しそうでもあった。


***


「日暮崎さんって、思ったより普通の子だね。

 ……失礼な言い方だけど。」

 帰り道。俺はタクと自転車で並んで走っている。


「いや。俺も同じ感想だよ。」


「シバも話すの初めてだった?」


「ああ。」

 タクの言うとおり、今日初めて日暮崎と話したけれど、ごく普通の女の子だった。


「立石さんも、思ってたよりずっと話しやすかったな。

 ああいうサバサバしてる子、なんか俺の周りに多い気がするんだよな。」


「それは初耳だな。

 お前、彼女出来たの?」

 俺は今まであえて聞かなかったことを、この機会に聞いてみた。


「で、で、デキテナイヨ?」

 目が泳いでるっつーの。


「そか。ま、頑張れよ。」

 俺は大事な部分は言わない。

 照れくさいからだ。

 実際、こいつは良いヤツなので、少しくらい楽しい思いをして欲しい。

 考えてみれば、タクは人当たりが良いからそれなりに顔が広いけど、それは友達が多いという事にはならない。俺にとってのタクがそうであるように、こいつも腹を割れる相手は俺くらいなんじゃないだろうか。

 ……いや、流石にそれは自意識過剰ってヤツか。


 何にしろ、人に壁を作ってしまうのは俺達の悪い癖なのだろう。

 立石にしたってそうだ。

 もっとも、あいつは俺達より数段上手くやってる気がするが。

 そこへ行くと、日暮崎はどうなのだろう。

 人付き合いという意味では、相当ド下手だな……。


「まあ、最初はどうなるかと思ったけど。

 シバがあの部活作った意味が、ちょっとだけ分かった気がするよ。」

 そんな意味深な言葉を残して、タクは分かれ道を去って行った。

 えー……。俺は分かってないんですけど……。

 俺にもそれ、教えていって欲しかったんですけど……。


***


「はいフーミン、ハエあげる。」


「おい、そのフーミンってのは俺のことか?」


「柴田って呼びにくくね?」


「三文字だろ?!」


「いいから。ハエですよー?」

 立石が裏返したカードを俺に押しつけてくる。

 今日は『ごきぶりポーカー』なるカードゲームだ。

 ゴキブリやハエ等、嫌われ者のカードを押し付け合い、所定の枚数溜め込んでしまった者が負けのシンプルなゲーム。

 俺は差し出されたカードを……


「お前みたいなひねくれ者、素直にハエ出すわけ無いだろ!

 ハエじゃねー、よっと」

 裏返したカードにはハエの絵。


「ざんねーん。美少女の言うことを素直に受け止めないから、フーミンはフーミンなのよ?」


「……フーミンはやめてくれ……」


「……ふふ。私もフーミンって呼んでも良い?」

 日暮崎までが調子づいてしまう。


「フーミン……」


「おいタク!

 小声で言っても聞こえてんぞ!!

 よし、タクにはネズミやんよ。」

 まんまとタクにゴキブリのカードを押しつけ、俺は窮地を脱する。

 今日もこうして、ゲーム研究部の活動にふさわしい時間が過ぎていくな。

 ……ただ遊んでるだけなんだが。


 やがて昨日と同じ時間になり、昨日と同じように日暮崎が先に帰っていった。

 そして俺達も解散する。


***


「文化祭、ですか。」


「ああ。実績ってのが必要でな。

 何らかの大会やコンクールに出場する訳でも無い部活は、文化祭で活動報告をする義務があるんだ。」

 俺と副部長の立石は、昼休みに担任兼顧問の田島に呼ばれて、職員室に来ていた。


「でも先生、私たちまだ部を立ち上げたばっかで部費も貰ってないんですよ?」

 立石が抗議する。

 いいぞ、もっとやれ。


「そう言うだろうとは思ってたがな。

 別に金を掛けなくてもアピールは出来るんだぜ?

 例えばゲームの歴史について、例えば日々の活動について。

 紙に書いたりパソコンのソフトで作ったり、レポートを貼り出すっていう方法だ。」


「そんなんでいいんすか?」


「部費を貰う前ならな。

 生徒会が代替わりして、来年度の予算が出たら、部費が宛がわれる。

 部費が出たら、その部費の使用用途もレポートする必要があるな。」


「……うへえ。」

 俺も立石も砂を噛んだような表情をしているだろう。


「とにかく、何か考えておけよ?」

 そう締めくくられ、俺達は職員室を後にした。

 文化祭は11月。

 今のうちから何か考えておいた方が良さそうだ。

 

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