放課後のFOOLS

秋月創苑

1. 君を笑わせたい

 人は弱い生き物である。

 多くの場合、人は小さな集団を作ってお互いに守り合う。居場所を作る、と言っても良いのかも知れない。

 それが規模を変え、村になり、町になり、市になり、やがては国家になるのだろう。

 よく知らないけど。

 その最初の一歩というのか。

 いや、最初の一歩は家族なのかな、普通。

 それも分かんないけど。

 とにかく。とにかくだ。

 原始的な部落形成の初手たる第一歩が、今この空間の中にそこかしこで発生している。

 それこそ、道端に転々と染みついたジュースの滴に群がってくる蟻みたいに、クラスの中の何箇所かで、小さな固まりが出来ている。


 例えば、あの滴に集まっている集団はどうだ?

 窓際の教卓側の席を中心に集まっている、3人の男子生徒達。

 衣替えの許可は下りているのに、揃いの灰色のブレザーを着た冴えない雰囲気のザ・高校生。

 耳を澄ませてみれば、こうだ。

「いやぁ。やっぱあの展開は無いっしょ。

 一期の全部を否定する事になっちゃうぜ?」

「わかりみしかないわ。

 一期が残した実績は低予算ってだけじゃないんよな。」

「それに比べて、上手く追いだしたかに見えた監督がまた面白いアニメ作っちゃったからさ!」

 どうやら深夜アニメの話らしい。

 ま、俺も見てるから少し聞けば何の話か分かっちゃうんだけど。

 聞いてれば、まぁ言ってる事は分かるんだ。

 それぞれが言ってる事は。

 でも、そうじゃない反対の意見だってあるはずだし、それも分かるんだ、その気持ちは。

 で、結局何が言いたいのかっていうとだ。

 俺があそこに混じっていたら、俺も間違いなくその話に同意するって事だ。

 それっぽい事言って、持ち上げられてる物を賞賛して、片一方を貶める様な事、平気な顔で言うんだろう。


 では、此方の滴に群がってる方はどうだ?

 俺の席の右斜め45度に集まる、女生徒達。

 こちらは既にブレザーを脱ぎ捨て、白い半袖のシャツを着ている。胸元の赤いリボンについてはわりかし融通が利く。

 女子の面目躍如だ。

 それぞれにほんの少しの個性を出している。

「あー、やっぱ前髪切りすぎてるわー!」

「えー!

 そんな事無いっしょ。超絶可愛いって!」

「うんうん。

 莉奈の言うとおりっしょー。

 全然オケでしょ。」

「えー。

 でもー。」

 否定しながら、なんで満更でも無さそうなんだ。

 ま、これもそうなんだよなー。

 俺があそこに混じってたら(それ、どんな状況だよ)、前髪礼賛間違い無しだろう。


 じゃ、こっちはどうだ?

 教室のほぼ中央。

 イケメンのサッカー部と、まあまあイケメンのバスケ部、それと座の中心にいるのはそれほどイケメンじゃ無いけどクラスの中心人物たる野球部。それと数人の、やっぱり体育会系部の何人か。

 野球部の彼はあろうことか、ブレザーの下に野球部のアンダーシャツだ。

「いや、それ絶対ヤレてたっしょ!」

「そうかなー?

 でもおれ童貞だし、その判断無理ゲーだわー。」

「いやいや。そこ超えなきゃ一生童貞だし。」

 ゲラゲラ笑い声が湧く。

「さすが非童貞は余裕あるわー。」

「いや本当、経験すれば世界変わるから!」


 ……そんなに違うかね…。

 確かに、世界は少しだけ変わるかも知れないけど…。

 でも、アホ面で笑うほど良い物じゃねんですよねー。


 毎日繰り返される、ありふれた教室の光景。

 休み時間もあと2分……。

 これは短いとみて良いのか、それともあと2分もこの空気を吸わなきゃならないと思うべきなのか。

 俺が逡巡している間に、今まで文字通り動かざるごと山のごとしだった山が動いた。

 机に突っ伏し寝ていたかに思えた人物が、その頭をもたげたのである。

 机の上に広がっていたソバージュがかった長髪が、海が隆起したように持ち上がり、眠たげな眼が開かれる。

 ――俺の隣の席。

 立石美己みきは、この世の全てが面白くない、といった表情で、まるで千年ぶりの覚醒を確かめるかのように教室の中に視線を巡らせた。

 一周回って異常が無い事を確認したのだろうか。

 再び机の上に組んだ両腕に額をソフトランディングする。

 いや、お前額に赤い跡出来てるぞ?

 ついでに言うと、口唇の端に白い点もあった。絶対よだれの跡だろ、それ。

 エマージェンシーですよ、立石さん!

 全く、しゃんとしてればそれなりの美少女だというのに、こいつはこいつで闇を抱えていそうだ。

 

 再び動かざる山へと化した立石を見遣りながら、俺はふと思う。

 こうして3ヶ月近く隣り合った席にいるというのに、俺はこの女のことをよく知らない。

 よく、クラスの女子と仲良さそうに話している姿は見る。

 それも特定のグループでは無く、おそらくクラス内のほぼ全ての女子と良好な関係を築いているはずだ。

 相手が男だって、同じ態度で接していたはずだ。

 そのくせ考えてみると、特に仲の良い付き合いという物を見た例しがない。

 俺が知らないだけで、いつもつるんでいるような相手がいるんだろうか。

 そもそも立石が何部に所属しているのかも俺は知らない。

「……んごっ!」

 立石がこの世ならざる音で警鐘を打ち鳴らした瞬間(いや、ただのイビキなんだが)、教室の前扉がガラリと開かれ、年配の英語教師が入ってきた。


***


 自己紹介が遅れたが、俺は柴田文男。もうすぐ17歳の高校二年生。

 都心まで電車で1時間と少し。

 首都圏のベッドタウンであるこの町の県立高校に通っている。

 我らが県立鮎川台高等学校は公立であるにも係わらず、進学校を自負しており、文武両道でも知られている。実際県内の大学進学率は8位と、地元では一目置かれている存在だ。

 校風は比較的自由で、おかげで陰湿なイジメのようなものは無く、陽キャだろうが陰キャだろうがそれぞれの青春を謳歌している……のだろう。

 適度に都会で、適度に田舎で、適度にリベラルな学校に通い、適度な青春を楽しんでいる。

 実に気楽な高校生活だ。

 実際、皆楽しそうだろう。

 他人事みたいな青春、万歳だ。


***


 昼休み。

 俺はコンビニで買ってきたパンを平らげ、携帯にダウンロードした電子書籍で読書を楽しんでいた。

 俺の隣の席では、二人の女子が立石の席で何事かを話し、じゃあねーなどと言って手を振りながら去って行くところだ。

 いちいち手を振る理由が分からん。

 立石も笑顔で手を振っている。

 額にあった昼寝の赤い跡も、口元の涎跡も今は綺麗に無くなっている。

 やはり、こうしてみるとなかなか美人の部類に入る。

 DGSKだがしかし、立石美己を襲った悲劇とは他でもない。

 従兄弟だかに人気雑誌の編集者がいる関係で、時々モデルの仕事をしている学年No.1の美少女と、私、陽キャのモデルケースやってまーす、みたいな学年No.2の美少女が揃うこのクラスにおいては、やや地味な位置づけに甘んじているのだった。

 ……まあ、それが悲劇かどうかは本人の捉え方次第なんだが。


「…柴田、今失礼なこと考えてるでしょ?」

 立石が振っていた手をゆっくりと下ろし、同時に浮かべていた微笑も幾分作り物っぽい質に変え、こちらを振り返った。


「……別に」

 とても真っ向から迎え撃つ気にはなれず、窓の方に視線をずらしながら答えた。

 何となく勘が鋭そうな所も、こいつの事が苦手な理由だ。


「……ま、いいけど。

 ところで柴田って、部活に入ってないよね?」


「……入ってないけど?

 お前は?」


「私ー?

 気になる?」

 そう言って立石はわざとらしい笑顔を作ってみせる。


「気にはならないな。」

 何となく、そう返してみた。

 何が正解かは分からないが、図に乗らせて良いようになる相手でも無いだろう。


「ふーん。

 つまんない。」

 そう言って立石はスマホをいじり始めた。


***


 本日最終授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響き、既に帰り支度を済ませた教師が礼をして出ていった。

 途端に教室内にざわめきが満ちた。

 ――今日も一日が終わりました。

 ふう、と思わず息を吐いてる自分に気がついた。

 おそらく、昨日と取り替えても、明日と取り替えてみても、今日のここまでの一日との違いは見い出せないだろう。

 我ながらネガティブ過ぎるかな。

 ま、そんなもんだ、きっと。


 数少ない、と自分で言うのも悲しいが、友達のタクを誘って帰るか。

 ―だがあいつは最近何だか付き合いが悪い。

 俺の勘ではまた何か新しいゲームにでも嵌まってるんだろうが、聞いても要領を得ないのが少し気になる。

 変な課金ゲーとかじゃ無きゃいいんだが。


 ふと視線を感じると、隣の立石が何か言いたそうな表情でこちらを見ている。


「何か?」


「……別に。」

 本当に何でも無かったのか、立石はこちらを振り返ること無く、あっさりと帰っていった。


***


「ありがとうございましたー。」

 ウェイトレスの柔らかい見送りの声が店内に響く。

 俺は特に声を出すでも無く、黙々とテーブルの後片付けに精を出す。

 食い散らかされた食器を片付けている間に、隣のテーブルを占拠している大学生らしき集団が、合コンの反省会をしている。

 ……ここでもセックスか。

 ま、そりゃあ気持ちは良く分かる。

 俺だって一応高校生だ。

 興味はあるさ。

 童貞だったらもっと興味津々だったが…。


「んふー。

 柴田君、DTうぜー、って顔してるっすよー。」

 大学生達のグループと斜め反対側のテーブルでコーヒーを飲んでる、巨乳のお姉さんが俺に話しかけてきた。

 この人はいつもこのファミレスに一人で来る常連さんだ。

 名前を水崎…歌、といったかな?

 美人なんだけど、なんだか捉えどころが無いというか、ちょっと変わった人だ。

 よく話しかけてくるし。


「いえ、そんなことは。」

 絡まれるのも地味に面倒なので、適当な答えを返す。


「そっすかー?

 ……まあ、柴田君には柴田君の青春があるっすからねー。」

 そんなことを言って、コーヒーカップに視線を向けた。

 もうこちらには興味の無い素振りだ。

 ……こういう所が、捉えどころないんだが。


 俺が童貞を捨てたのは、もう半年以上前の話だ。

 その頃俺には3ヶ月くらい付き合っている彼女がいた。

 俺にとっては初めての彼女だったし、俺なりに彼女のことは大切にしていたつもりだった。

 彼女は真面目を絵に描いたような人で、やはり彼女も俺のことを真剣に考えてくれていたように思う。

 だが、相手を大切にするのと恋慕を募らせることは、必ずしもイコールでは無い。

 俺達にとって真剣だったはずの恋は、どこで歯車を違えてしまったのだろう。その事に気付いた時には既に為す術も無く、いつの間にかそれらはもう過去の出来事になっていた。

 誰が悪いわけでも無く、何が間違っていたわけでも無く、終わってみれば果たしてそれが恋だったのかどうかも最早判然としない。

 そんな、幕切れだった。


 決定的にそれがもう修復不可能だと知ったその日に、俺はこのバイトで一緒だった、別の高校に通う一年先輩の女性と寝た。

 俺の事情を知った彼女が、誘ってくれたのだ。

 はっきりと聞いたわけでは無いが、彼女もまた、一つの恋を終わらせたばかりだったように思う。

 いつも明るくて誰にでも優しかった彼女は、顔立ちも美人とまでは言えないが愛嬌があり、スタイルも良かった。

 高校一年だった俺は、恋人だった子のことも束の間忘れ、夢中になった。

 お互いに裸になって抱き合っていた時は、興奮で頭がどうにかなってしまうかと思ったほどだ。

 だが、彼女の中に入った時に、一気に熱が冷めて冷静になってしまった。

 いつも愛想良く明るかった女性が、背筋が寒くなるような醒めた瞳でいることに気付いてしまったから。

 セックスは相手があってこその行為だと知った。

 決して独りよがりで楽しむ物じゃないことを知った。

 心から全てをさらけ出せる相手でなければ、そんな瞳をする人に掛けられる言葉を持たないと知った。

 散々使い古されて、今や百均ショップですら売っているような安い言葉こそが真理だと知った。

 セックスは本当に好きな人とこそ、行うべきだと。

 それはあまりにもコミュニケーションに準じていて、ずけずけと相手の懐に飛び込んでしまう行為だった。

 童貞を捨てると世界が変わって見えると言っていたのは誰だっただろう。

 確かに、その日から世界は変わってしまった。

 童貞で無くなったことは嬉しく思ったが、自慢したいとは思わなかった。

 大人になったとも思えない。思えるわけが無い。

 きっと大人ってのは、あんな瞳をする女性のことを放っておいたりはしないんだろう。

 そして、それ以来俺に彼女が出来たことは無い。


***


「ふーっ」

 また息を吐いてしまった。

 なんで最後の授業が終わるといつも同じリアクションをしてしまうのだろう。

 ともかく、さっさと帰ろう。

 鞄に必要な教科書とノートを仕舞っていると、視線を感じる。

 振り向くと、また立石美己がこちらを見ていた。


「何か?」


 尋ねると、意外な反応が返ってきた。

 何やら半分に折ったコピー用紙を差し出している。

 表情からは何も窺えず、とりあえずその紙を受け取ってみた。


「……なんだ、こりゃ?」

 その紙にはこう書かれていた。

 ―『新規部活申請用紙』


「……何コレ?」


「あんた、新しい部活作りなさいよ。

 私、入るから。」


「はあ?」

 ちょっと、何言ってるか分からないんですけど。


「何でもいいわ。

 映画研究部、みたいなのでも。」


「いや、映研は既にあったと思うけど。」


「そうだった?

 本当に何でもいいの。落研でも漫研でも、美少女を愛でる会でも、先輩を励ます会でも。」


「後半のは部活じゃねーだろ。」

 

 新しい部活?

 本当に、誰か通訳して欲しいんですが。


「なんで、そんな話になるわけ?」

 とりあえず、聞いてみる。

 何事も、対話が肝要なのだ。


「……色々煩わしいのよ。

 どこかに所属してないとね……。」

 窓の方に視線を向け、遠い目をした立石が言った。

 その一言が、何だか驚くくらいに胸にストン、と落ちた。

 パズルのピースが嵌まった感じ。

 そうか。

 そうだな。

 ……どこか似たもの同士だったのかも知れない、俺達は。


「……たとえば。

 ゲーム同好会とか、どうよ?」


「……乗った。」

 こちらを向いた立石が、西日に染まる中で微かに笑った。

 

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