第7話

 すごくいい夢を見ていた気がする。理由も確証もないけど、なんもなかったけど、とにかくそんな気がした。そんな微睡みも何の前触れもなくシャボン玉のように割れて目が覚めるのだった。

 

 目を開けるといつもの天井がぶら下がっていた。体を起こすとカーテンからは朝日が漏れてキラキラとワックスのかかったフローリングが光っていた。

「目が覚めましたか?」

何の気配もなかった空間からいきなり声がかけられた。横を向くとまた別の知らない女がそこに座っていた。眼鏡の奥から優しそうな瞳がこちらをのぞき込んでいる。そしてその隣の机にはとてつもない量の料理がズラッと並んでいた。

「えっと、どちら様?」

その女性は首を傾げて「あれ、おかしいな?」といった素振りを見せると、

「いきさつはお話ししたはずですけど・・・」

「いつ?」

「あなたが寝ているときに」

あー、だから記憶にないのか。

「それでこの料理はなに?」

苦笑いしながら続けて訊いてみる。

「あなたのために丹精込めてつくりました。心ゆくまで味わってください!」

「いや、俺朝そんな食べないし」

 しかし、とてもいいにおいがする。鼻から喉を通って胃の中まで充満して食欲がそそられる。見た目もとても華やかで高級ホテルのモーニングのような絢爛さで一介の大学生が食すような朝食ではないのは歴然だった。

「食事をしながらお友達の容態について説明させていただきます。

「清!清は今どうなってるんだ!」

意識を失う前の記憶がフラッシュバックした。がしがしと彼女の方をつかんで問い詰めると、落ち着いた表情で、

「ご飯食べてください。でないとまた昏倒しますよ」

ゆったりと受け答えをする。

「ささ、食べてください!食べてください!味には自信がありますので」

笑顔で我を失いかけた俺の背中を押して机の前に座らせるとポットからとてもすっきりした香りのおそらくハーブティーと思わしきお茶を注いで見せる。パンの横にはレバーペーストとマーマレード、コーンスープにサラダ、生ハムにソーセージ、オムレツから果物にデザートにその他もろもろの何でもござれのメニューだった。

 凄まじい物量に圧倒される。手を伸ばすのにとても気が引けるが、彼女の純粋な視線がそうはさせてくれない。早く食べてと一方的にアイコンタクトを押しつけてくる。ゆっくりとスプーンを取り、マーマレードをパンにぬり口に運ぶ。


 声にならない程の感動がそこにあった。やわらかいパンの食感に、甘すぎずほどよい酸味であっさりしたマーマレードの親和性が素晴らしい。次に生ハムとソーセージ、どちらもハーブの香りとしっかりした味で飽きさせない工夫がされている。それと対照的にハーブティーは鼻を抜けるようなさわやかさでやみつきになる。

「お味の方はいかがですか?」

「やばい。今まで食べた中で最高の朝食かもしれない」

まさにやみつきの味である。最初は一人ビュッフェかよと思ったが、そのクオリティの高さで全部平らげることができそうな気がする。朝は全く入らないはずなのにどんどん胃に収まっていく。

 空腹が満たされていくうちにだんだん体が熱くなって、なんだか頭がぼーっとしてきた。人は満たされるとこのようになるのか・・・、心臓が張り裂けそうで、呼吸が荒くなっていって・・・。

 ってそんなわけあるかっ!

「なあ・・・っ、あの・・・これっ・・・に、何をっまぜ・・・っ・・・た」

息を荒げて、理性と相反する何かを押さえつけながら声を振り絞る。

「媚薬ですが、なにか?」

「なっ・・・!?おまっ!!」

女は不適な笑みを机に這って腰を下ろす。

「さあ、さあ、最後は私をお食べくださいまし」

やばい、本能はそう訴えかけてくるが、体が言うことを聞かない・・・。見ず知らずの女に手を出すなんて昨日までの俺に言っても絶対信じないだろうな。

「据え膳という文化。とくと堪能あれ」

もう・・・。どうとでもなれ・・・。



「なぁにやっとんじゃあぁぁぁ!!こんのド腐れ魔女ぉおおおぉ!!」

薄れゆく意識の中で眼鏡をかけた男がドアを蹴破って玄関から居間めがけて飛び込んできた。

「あっ上司~」

「じゃねーわ阿呆ッ!!」

ものすごい勢いの蹴りにより女は机の上から吹っ飛ぶ。

「大丈夫か君?もう安心してくれ」

男は一変してやわらかい声で聞いてくる。

「意識はあるかい。大丈夫かい?」

「・・・ぅ・・・。む・・・・・・」

顔の目の前に手をかざす。

「焦点が合ってないな」

「もう無理限界だっ!」

亮二は男体を両腕で捉えるとそのまま床に押し倒す体勢になる。

「なっ、はっ早まるな!!落ち着けばまだ・・・」

だが、声は届かず亮二は身ぐるみを剥がしにかかる。

「こ、こうなったら最終手段だ申し訳ない」

男は狼男の太い首を触ると一瞬チカッと光が放たれた。

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