第4話

「さてと、邪魔するわね」

淡々とした表情で俺を見下ろしながら近づいてくる。

「誰なんだよ。あんた」

「鳩村まや、つって名乗っている者ですけどなにか」

名乗ってる者ですけど、って

「俺をどうするつもりなんだよ、まさか殺す気か…」

「いや別段なにをするってわけではないんだけれど」

 …はい?

「つーか、なんつー格好してんの。せめてまともな服着てよね」

あられもない姿を指摘してあからさまに不快そうな顔をしてみせる彼女に俺の顔は怒りと羞恥で染まった。

「なんなんだよいきなり!朝起きたら何もかもが滅茶苦茶だ。俺をどうするつもりなんだよ」

「だから、どうもしないってば。単に迷い込んでこっちの被害に遭った人間の経過観察ってところ」

「なんだよ”こっち”って?」

「こっちの世界ってこと」

何を言っているのかいまいち飲み込めないが、一つわかるのはこいつが今回の騒動について何かを知っているということだ。

「お前は何者だ。俺の玄関壊してまで入ってきた理由はなんだ」

「ドアにトドメ刺したのあんたなんだけどね。そうね、私はこちらに派遣された魔女ですけど何か問題でも?」

「はあ?魔女だ?」

明らかにそんなルックスではないのだが。どう見てもスポーツ用品店で売ってそうな女性向けのパーカーと動きやすそうなスニーカーでザ・普段着という感じの出で立ちなのですれども。

「何?信じてないの?自分の姿がそうなってるのに」

「あんたが俺をこんな目に合わせたのか」

眉間にしわを寄せて、歯茎をむき出しにして、生え揃った牙を強く噛み締め、喉の奥から鈍くグルルルと音を立てる。もはや獣の威嚇そのもののように怒りをあらわにする。

「違うけど、とりあえず信用を得るために魔法を使ってあげるけど何かリクエストある?」

こっちの気持ちを汲み取らず飄々と立ち振る舞う鳩村に警戒心がますます指数関数的に上がっていく。

「あ、いいこと考えた。あんたの服やら下着やらを揃えてあげる」

「出来んのかよそんなこと」

「白紙の紙とペンそれからとりあえずパンツ一着。それさえ揃えばできる」

「というか、勝手に話進めんじゃねーよ。俺はまだなっと・・・」

「いいから早く」

そう言うと足で俺の脇腹を思い切り小突いてくる。だが微動だにしない俺。それに伴って鳩村の方も徐々に力が強くなってるので空気を読んで起き上がってA4容姿とペンとパンツを揃えてやった。なんで俺はこいつに従順に従っているんだろう。

鳩村はペンと紙をとるとそこからフリーハンドで綺麗な円を描きその中に文字と模様を書き込んでいく。機械のようにものの数秒で緻密な図形を書き上げてしまった。そして円の中心にパンツを置くと目を閉じて両手をかざす。側から見たら見知らぬ女が俺のパンツを目の前に黙想しているというシュールな光景である。事実俺も口角が少しつり上がっているのをごまかしている。

鳩村がゆっくりと目を開けると次の瞬間紙が光り出し一瞬にしてパンツが消えた。と思ったら、ボフンと煙が上がった。部屋中が煙に覆われ急いで換気扇と窓を開ける。しばらくしてそこに煙の中から現れたのは、


ふんどしだった。


紛れもなくふんどしである。

「なんか形状は違うけど同じ下着よね。転移魔法成功よ、やったわね」

「いやバカが!成功してねーからっ‼︎」

「どこがよ、サイズ的にも何ももんだいないでしょ?」

「確かに尻尾出せて自由かもしんないけど尻丸出しだからな。隠せるもの隠せてもセンシティブな気持ちを尊重しろよ!」

しかも履き方なんざ知らねーし。

「しょうがないでしょ。これは同等な価値の物を無作為に交換する魔法なの」

「もう一回やりなおせ‼︎」

鳩村は渋々先ほどの一連の流れをやり直しふんどしに念じ始める。

そして続いて出てきた物は…

「どーよ、これで問題ないでしょう」

誇らしげに微笑む魔女。しかし、俺は

「…こ、公衆浴場に行けねーよ!これ」

確かに元のボクサーパンツには近づいたが・・・、

「なんでまた尻丸出しなんだよっ、なんで後ろはゴムだけなんだよ!きわど過ぎるつーのっ!」

「しっかり隠せてるし、固定されてるし問題ないじゃない」

「こんなもんその類の男どもしか履かんぞ。絶対勘違いされるっての‼︎」

「似たようなもんじゃない!パンツなんて局部が隠せればそれでいいじゃない!たとえ臀部がむき出しになってても上にズボンはけば分かんないし!どうせ尻尾がつっかえるんだし!」

 朝から何でこんなカロリーを使うレスバしてんだ。だがどうにかしなければ罪のない俺のパンツがゲテモノにすり替えられていく…!それだけは避けなければ…!

「なあ、とりあえずお前が魔女なのは分かった。お前がこの世界じゃない所から来たのも分かった。じゃあなんでうちに無理矢理押し入ってきた?俺に何が起きてる?この街はどうしてこうなった?」

俺が朝から思っていた疑問をそのままぶつけると、引き出しから次の生け贄を引っ張り出そうとしていた鳩村の手が止まる。

 こちらに目線を向けると溜息を吐き肩を落としてあからさまに気怠そうに答える。

「さっき言ったっしょ。あんたの動向の監視って」

「じゃあこの姿は?なんなんだよ?」

鳩村は少し黙り込むと頭の後ろをガリガリとかきむしる。

「知らない。多分こっちに戻ってくる前に何かが作用してそうなったくらいしか…」

分からないって無責任な…。お前が関わってこんな風になったんだろう。ん?

「なあ、いまこっちに戻ってくるって…」

「…今日の騒動は昨日の夜こっちとあっちが混ざり合ったせいなの」

「じゃあ、俺は昨日の帰り道にあっちに迷い込んだ。そのせいでこんなことになった」

おそらく、と同定される。

 あっちとこっちがごちゃごちゃになって、滅茶苦茶になって。そして俺は運良くこっちに戻って来…、”運良く”だと!?あることに気がつくと俺はすぐさまリモコンでテレビを点けるとチャンネルをとっかえひっかえに切り替える。

「なあ、この行方不明者ってもしかして…」

鳩村は静かに頷く。そして続けて口を開くと、

「その逆も然り。あっちから迷い込んできた奴らもいる」

国が動いたところで無駄を踏むことになるであろう未曾有の事件の渦中にいることを改めてつきつけられた。


「詳しいことはあとで話すとして、今は服を揃えないと」

「お前!!いつの間に…」

時すでに遅し。鳩村の両腕には俺の衣服がしこたま抱え込まれていた。グッバイ俺の服達。達者でな。

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