第57話57

冬の空にふさわしくない白い光が燦々(さんさん)と頭上に降り注ぐ。

 僕は自転車をこぎながら冬の歩道を駆けてゆく。右折の踏切を渡り、左折する。このまま、まっすぐに行くと瀬野駅に着くが、高校に行くためにはすぐの三角路を右折しないといけないのだ。

 僕はすぐ右折をして高校に向かう。その高校の手前の横断歩道の前でいったん止まらないといけないのだが、その歩道の手前に見知った背中が二つ見えた。

「美春、光。おはよう」

 見知った二人が振り向く。

「おはよう、一樹」

「一樹、おはようさん」

 僕は二人のそばによる。

 じゃり。

 ぼくは美春の横に立つと、美春がぽつりとつぶやく。

「ついにやったね…………、私たち」

「ああ」

 僕は肯いた。一昨日、主要なマスコミに波田(はた)さんのいじめのことを全部書いて送ったのだ。マスコミが動くとすれば、そろそろだ。

 しかし、それに光が疑義を示した。

「しかし、マスコミの連中達は果たして動くかな?今は東北大震災を取り上げているからな。本当に動くだろうか?」

「うん。そうだね」

 美春がそれに同意する。そしてその考えは僕も同様だった。果たして今、マスコミは動くか?今は何て言ったって、原発と被災者が旬だからな。マスコミが動くことが考えられとすれば………………。

「むしろ、今はいじめの話題に話題に乏しいからこそ、動く。動く理由はそれしかない」

それに真部が肯く。

「ブームは忘れ去られたときにやってくる。というあれか……………。しかし、今がそのときかどうかは微妙なところだな」

 僕は肯いた。そのとき、信号が青になったので僕たちは横断歩道を渡る。

 この横断歩道の先にある道は二つの自転車が通るのは精一杯なので、彼らを先に行かせ、僕はそのあとをついていく。そして、横断歩道を渡るときに一つの白いチョウチョがひらひらと僕の前を横切った。

 あのチョウチョは何を意味するのか?何か意味深に現れてきたので考えてしまったが、そんなことはすぐに忘れて僕は学校の道へ急いだ。

 



 学校の自転車置き場に行く道に何人もの人が止まっていた。

 僕は光のそばによって話す。

「何だろう?」

「さあ、わからん。しかし、これはもしかすると……………」

 よく、前を見ると二人の先生が生徒に何事か話して、学校に入らせているようだった。

 僕たちは後ろに位置して、じわじわと前に進む。周りの押し詰められた窮屈が不安とともに汗になって出てくる。いったい、何が学校に起きたのか。そして、だいぶ前に来たとき先生の声が聞こえた。

『外にマスコミの人たちが来ているから、彼らに何か話してはいけない。その場ですぐに校舎に入るように』

 要約してしまえばこんな事だった。こう言うことを先生達は話していたのだ。

「光」

「ああ、そうだな、一樹。どんぴしゃだ」

 僕と光が目を合わせた。考えたことは光の一言に集約される。どんぴしゃだ。

 そして、僕たちは重みに引っ張られ砂時計のように小さな穴に寄せ、何とか外にに押し出された。




 自転車置き場に自転車を止める。もうそこにいるだけでパシャパシャとしたカメラの音が聞こえてくる。

 光と美春も自転車を止めていたようだ。僕は彼ら近くに歩いて言う。

「じゃあ、行くか」

 それに光は肯いたが、美春はそれにぐずった。

「ええ〜?ちょっと、待ってよ。相手、マスコミでしょ?すごくしつこい奴らだから、私たちだけじゃあなくて、リンちゃんも一緒に入れようよう。リンちゃんだけ一人だけで行動させるのは酷だよ」

 美春は唇をとがらせてそう言った。

「あいつは一人でも大丈夫だと思うが………」

 光がそう言ったが、美春は首をぶんぶんと横に振って光にかみついた。

「ダメダメ!そんなの危険すぎるに決まってるよ!リンちゃんも一緒に行動するの!」

 今度は美春は唇をへの字にしていった。う〜む、確かに美春の言うことも一理あるような。

 僕は光に向かって言う。

「光。さすがにあのキャサリンでも一人でマスコミの取材に向かわせるのはダメだと思う。ここはやはりみんなで固まって動いた方がベストだと思うんだ。待っておいた方がいいよ」

 それに真部もこっくりと肯いた。

「確かにそうだな。よし、キャサリンを待とう」

 その真部の言葉に。

「よかった」

 ほっこりとした顔で美春が微笑んだ。

 がた。

 また、この自転車置き場に一人の生徒が足を踏み入れた。僕はそう思って振り返るとちょうどそこにキャサリンが登場した。

「おはよう、みんな。ついにマスコミが来たわね」

 そう言って、キャサリンは僕たちのそばの自転車置き場に自転車を止めた。

「キャサリン」

「何、一樹?」

 僕がキャサリンを呼ぶと、キャサリンは自転車をロックして振り向いた。

「外でマスコミが来ている。ばらばらで校舎のほうへ行くのは危険だから、固まって行動しよう。そういう結論にたどり着いたけど、それでいいかな?キャサリン」

 それにキャサリンは小川のせせらぎのように肯いた。

「それが賢明(けんめい)な判断ね。わかった、そうしましょう。そして、一気に校舎へ向かいましょうか」

 僕たちは肯いて、そして固まって校舎のほうへ向かった。




 僕たちは固まって学校に向かった。校舎の前を通ると光の洪水が暴れ出した。

 パシャ!パシャ!パシャ!パシャ!

 僕らは固まって一気に校舎を目指そうとしたが、その前に動物じみた水の液体。いるとすれば架空のモンスター、スライムのようにぬめりと僕らの前をふさがって、執拗(しつよう)に言葉を繰り返す。

「ちょっと、お話を聞かせて下さい。この高校で起きたいじめのことで聞きたいんですが!」

「君、何組?死んだ波田(はた)さんと同じ組なの?」

「あなたはこのいじめについてどう思いますか!何か一言下さい!」

「波田(はた)さんについて何か印象に残ったことがあったなら教えて下さい!」

「いじめをしていた村田のことを知っている?彼女、どんな人だった?」

 そんな言葉が人がものを食べている時を可視化したように貪ろう(むさぼろう)と蠢いていた(うごめいていた)。

 僕たちはそんなスライムみたいな奴らから抜け出そうとするが、なかなか抜け出せない。彼らの壁はとにかく粘り着いてフラッシュと言葉の洪水を浴びせるのだ。僕らはそれをやられるとまず、感覚が麻痺する。視覚と聴覚が圧倒的な情報を遮断して、自分がどこに立っているのかがわからなくなるのだ。そして、それが長時間に及ぶと体力が次第に消耗していくのだ。

 しかし、スライム達はお構いなしだ。彼らは僕たちの目を奪い、執拗(しつよう)に言葉を浴びせる。白い闇に彩られ見えない相手からひたすら尋問を受ける。

 僕たちはそんな心理状態に陥りながら、見えない目標に向かって匍匐前進をしていく。敵からの銃弾をのがえるために。

 そんな、状態が何分か続いたときだった。纏わり(まと)付いていた粘着質の水がぬるりと引いた。

 僕たちはすぐに一気に前に向かって、校舎にたどり着く。光達もだいぶ消耗していたようだ。特に美春の消耗がひどかった。美春は顔色が納戸色になっており、その様子で美春の様態が芳しくない(かんばしくない)と言うことはわかる。

「美春、歩けるか?」

「…………うん。…………大丈夫………」

 美春は体をふらふらさせながら、顔面を納戸色に染めながら言った。僕は美春の肩をつかんで、光に渡した。

「光、美春を頼む。保健室に運んでくれ」

 光は肯く。

「了解だ。お前はどうする気だ?一樹」

「僕は…………」

 さっき、野次る声が聞こえた。おそらく、スライム達は僕らよりもたかる価値のあるものが来たから、そちらに標的を変えたのだろう。

 ちらっと、そちらの方向を見るとやはり村田が一人で取材の猛打を受けていた。

「行くのか?」

 僕が村田を見ていたら、光が僕に問いかけた。僕は光の方を向くと光の目にかっちりと合わさった。

「行くのか?村田のほうへ」

 光の目は蜥蜴(とかげ)の審判の目で僕を見た。それに、僕は………………。

「ああ、行くよ。あれはどう考えてもリンチであり、いじめだ。村田を責めるのは良い。村田はそれに見合うだけのことはした。しかし、あれは度を超えている。あんなに集団で囲んで、罵倒(ばとう)して、あれがいじめでなかったら、いったい何がいじめなのか。僕はいじめを看過できない。だから、村田を助ける」

 僕はそう光の目を見てそう言った。それに光は寛恕(かんじょ)のインペリアルトパーズの中に断罪の黒褐色(かっしょく)がうっすら見え、その狭間で普段の明晰な頭脳を曇らせた。

「…………………とにかく僕は行くよ。主に彼女を攻撃していいのは波田(はた)さんの両親だ。第三者が彼女をなぶっていいのか?彼女を責めるのは良い。彼女はそれだけの報いを受ける行為をした。だが、あれはリンチであり、いじめだ。いじめの撲滅を考えている僕にはとうてい容認できないことだ。だから、僕は彼女を助けに行く」

 僕は真部にそれだけ伝えた。真部の瞳は先ほどから、普段のタフでクールな輝きが鈍っていた。その光に僕は謝る。

「ごめん、光。僕自身、この選択が本当に正しいのかよくわからない。いじめに対する正式な罰はないわけだし、この事が正しいかわからないけど、とにかくこれは間違っていると思う。だから、行くわ」

「ああ、俺自身も、もうちょっと考えてみる。美春のことは任しておけ」

 そう言って、光はウィンクをした。

「ああ、任せた。じゃあ、行ってくるわ」

 僕は村田のほうに向かいつつ振り向きざわに手をあげて光に言った。光もそれに肯いていた。




 密集された蠅(はえ)の群れの中へ、僕は彼女を見つけるために入っていく。

「死んで謝れ、村田!」

「人が死んで平然としていてもそれでお前は人間か!」

「波田(はた)さんの両親の気持ち、あなたは考えたことある!?」

「おい!君は何をしている!」

 僕はそんな腐臭(ふしゅう)がする蠅(はえ)たちのたかりの中へ歩を進める。フラッシュがこちらにたかれてない分、それは進みやすかった。その泥水のなかを進んでいく。そして、僕は彼女を見つけた。

 黒のヘドロから出た僕はその真ん中にあって、蠅(はえ)にたかられているその人、村田を見つけた。そのポンと出たときの村田の表情は僕は今も忘れられない。

 それは真っ暗闇の中の檻(おり)に閉じ込められた囚人が、地上の光を目一杯浴びたような、そんな表情をしたのだ。

「村田!」

 僕は村田の手をつかんだ。僕が現れたときの地が唸る動揺の声もすごかったが、僕が手をつかむと地が割れた。

 僕を村田の目を見た。村田の瞳はその中で黄色の光にに黒褐色(かっしょく)の色が一筋(ひとすじ)混ざった目で僕を見た。僕も村田の目をまっすぐに見る。

「さあ、行こう。村田」

 そのときの様子はよく覚えてない。村田が肯いたかどうかも、ただ、その中黄色の瞳は今もよく覚えている。

 僕たちが校舎に進もうとすると、白い闇が僕たちの間に立ちふさがる。その闇の中ヒル達は目が見えないことをいいことに僕達にへばりついてきた。

「あなた!いったい何をしているんですか!そいつは人でなしですよ!そいつを助けてどうするんですか!」

「謝りなさいよ!そんなやつを助けたら、いじめを容認したのも同然ですよ!波田(はた)さんのご両親に死んで謝りなさいよ!」

「村田の彼氏!あんたはいじめのことを知っていたのか?それと普段の村田はどんな人だ?教えてくれよ」

「あなた、彼氏さん!彼女のいじめについてどう思いますか?また、初めてそれを知ったときはいつですか?あと、それを知ったときどんな気持ちになりましたか?」

「同罪だ!そいつを庇う(かばう)やつは同罪だ!お前、謝れよ!波田(はた)さんの両親に!土下座しながら謝れよ!」

 そんな言葉達が白い闇の中から僕たちの体に纏わり(まと)付き血を吸ってくる。姿が見えない分、その吸血は思ったより僕らの体力を奪い、そして不気味だった。全くの闇からひたすら血を奪われているからだ。

 僕たちはずっと校舎に向かって歩いていたが、これは結構(けっこう)きつかった。村田の様子はよくわからないが、一人の時から取材の猛攻を受けていることから、かなり消耗していることはわかった。

 僕たちがそんなふうに消耗しながら校舎へ向かっていると、ある声が蠅(はえ)の群れをさいて僕らの所に来た。

「大丈夫か!村田!笹原!」

 それは先生達だった。先生たちが白い闇を切り裂いてやってきたのだ、そこには成田先生もいて、先生達が僕らの周りをガードするように囲いながら、スクラムを組むように固まって、校舎に向かった。スライム達もここぞとばかりに先生達に『教育者の責任』を問いただしていくが、先生達は無言のまま、スライム達の粘着的な攻撃を押し切り、校舎に到着した。




 下駄箱。そこに僕たちはマスコミからの攻撃をかいくぐり何とかそこにたどり着いた。マスコミ達は下駄箱にそれこそスライムのようにへばりついていたが、一人が離れるとぬるりと人波が離れていった。

 僕たちは肩で息をして、そして、先生達に向かって言った。

「先生、ありがとうございます。助けて下さって」

「いや、気にするな、笹原。生徒を守るのは教師の役目だからな」

 そう、成田先生は手を振りながら言った。

 僕は顔面が蒼白になっている村田のそばに寄りながら彼女に話しかける。

「大丈夫か?村田」

 村田はそれに無言で僕の問いを流した。

 そんな様子の僕らに先生は一つの丸めた紙くずの鼻息を出した。

「さ、笹原、お前は教室に戻れ。村田、お前は授業に出れるか?」

 それにこくりと村田は肯いた。

「じゃ、さっさと教室に戻れ。そして、取材を受けるんじゃないぞ」

 先生は取材という言葉をはんこで押したように強く強調していった。

 …………………

 僕は一緒に教室に戻ろうと思って、村田に話しかけようと思ったら。村田はすでに階段のほうへ歩いて行った。

 …………………

 その時、何か様子がおかしいな、と思った。あのマスコミの猛攻のせいなのか村田は前の村田より生気がなくなっている。

 ただ、疲れて覇気がないというものかも知れないが………………。

「…………………まあ、良いか。とりあえず教室に戻ろう」

 僕は会談の咆哮にある熊(くま)達、ちらりと玄関のほうを振り向く。白いヘドロがべったりとドアに張り付いていた。




 僕たちは教室に入った。朝の教室はしーんとした冬の静寂さに彩られ、とても静謐な白さに埋め尽くされていた。そして、教室に入る前にはだいぶ、村田の様態も回復したので僕たちは肩を組むのはやめにして入った。

 教室の空気は冬の冷たい空気の中のさびた鉄柱みたいな空気だった。みんなの考え方が錆びていて、じめじめしていた。何人かの生徒が、ちらりちらりと村田と金村を見た。その瞳を冷たい洞窟のように暗かった。

 僕はこれから起こることを予想した。それはよくない想像だったが、自然に思いついたものでもあった。

 そして、授業は普段行われる授業の一時間後に行われた。クラスの中に何人かの生徒が見当たらなかった。おそらく、美春のように生徒たちが何人か倒れたのだろう。僕はいろんな考えを思いながらしかし、黙って授業を受けた。

 がこ。

 休み時間、僕は保健室のドアを開ける。美春の様態を聞くためにここに来たのだ。

 あれから、美春のことで気に病んでいた。自分のやったことは正しかったのか?確実に正しいと言えるがそれを起こした結果について、結局自分の近しい人を傷つけたことについて気に悩み、授業中も全く先生の話が頭に入らなかった。

 そして、朝の休みに入るとき、たまたま保健室の近くで授業があったので急いでこの保健室に入ったのだ。

 そこには保健室のベッドをいっぱいにして人が寝ていた。僕はそこにいた保健室の先生に美春のことを聞く。そうすると先生は。

「ああ、寺島さん。さっき、出て行ったわよ」

 そう、素っ気なく答えた。

「さっきですか?」

「ええ、さっき」

「そうですか、失礼しました」

 そうして、僕は保健室から出ようとしたが、ふと、反転して保健室の先生にあることを尋ねた。

 僕は保健室の中でぐったりとベッドに横たわっている人を漫然(まんぜん)と指しながら言う。

「すみません。あの、この人達は全て外の取材が原因なのでしょうか?」

 水越先生が振り返って答える。

「だいたい、そうかな。ほとんどの生徒が吐き気とかめまいを訴えているわ。多分、あの取材に根が負けてしまったのね。これがあとまで引きずらなければいいのだけど」

 そう、水越先生は生徒を見ながら言った。その瞳にマリンブルーの色が揺らめいていた。

 僕もその生徒達を見つめる。みんな、ぐったりしていて血の気がない。まるでたこが陸に上がったように生気がなかった。僕がそれを見つめていると水越先生が手をぱんぱんとはたいていった。

「はい。そろそろ教室に戻りましょうね。もう、授業が始まるから。さ、出て行った、出て行った」

 そう、先生は僕に対してそう言った。僕は保健室を出て行く。教室へ目指しながら、僕はあの人達の姿が脳裏に控えめに、しかしハッキリと脳裏に焼き付いていた。

 



「はい、この時限の授業はここまで。日直、挨拶(あいさつ)を」

 日直の二人が挨拶(あいさつ)をして先生が出て行く。そして、僕は弛緩(しかん)した。数学の授業はハッキリ言ってきつい。外には蠅(はえ)たちがいるから、これから学食へ行くか。

 そう思い、ぼくは席に立ったところで、ようやくクラスの空気が何か違うと言うことに気づいた。

 普段は僕と同じように暮らすが一斉に弛緩(しかん)した空気になるのに、それがないのだ。みんなは弛緩(しかん)せずに、重い雪を背負った庇のように黙っていた。例えるなら、それはみんなは敵の目の前で上司から攻撃の禁止を受けた兵士が、ついに発砲の任を解かれたときのように静かな殺意が空気に立ち籠めて(たちこめて)いた。そして、それは先生が出て行くと一斉に動き出した。

 彼らはある一点に集まった。そう、それは村田の元に集まったのだ。

 村田は思わず立ち上がって、声を震わせて言う。

「何?」

 それに近藤君は威圧的な態度で前に出た。

「村田。あの外にいるマスコミ達は知っているな?」

「ええ、知っているわよ」

 近藤君の威圧的な態度に、村田も負けじと胸をはって虚勢をはる。しかし、その足はわずかに震えていた。

 近藤君とみんなは村田を家に入り込んだ邪魔な虫でも見るように見ていった。

「あいつらが執拗(しつよう)に迫ってくるから保健室に運ばれた人もいるし、俺らはすごい迷惑しているんだ!それは、そもそもお前が波田(はた)をいじめたからこんな事になるんだろうが、その責任、どう取ってくれるんだ!」

 それにみんなが肯く。

「そうそう、だから私あんな幼稚なマネは嫌いだったんだよね」

「うん。私もあのいじめ見ていていつも疑問に覚えていたよ。あんないじめをする人なんて品性を疑うよ、ほんとに」

「本当に、そう。あんな事で死ぬなんて波田(はた)さんカワイソー。あんな事をするなんて根が相当ひねくれているよね」

 カビたちのさざ波が村田の体を冒そうと水をかぶせる。村田はそこからのがえようとしてじわじわ後退して、足が机に引っかかって転んだ。

 ははは。

 カビたちのざわめきがまた一段と強まった。それに村田は転んだままの姿勢で立ち上がれなかった。どうやら腰(こし)を抜かしているらしかった。

 カビたちは村田を囲いながら近づいて、その代表の近藤君が村田の眼前に来て足を上げた。

 僕はそろそろだと思った。

「おい!やめろよ!」

 僕は集団に突進していって、村田の所へ突破した。

「ちっ。何だよ、笹原か」

 カビたちがしらけた声尾を出す。僕は村田のそばに寄っていった。

「おまえ達、何やっているの?言いたいことがあるなら一人、一人面向かって言えばいいものを。なんで、そんなに集団で寄ってかかっていじめる?それじゃあ、おまえ達は村田を批判できないよ」

 僕がそう言うと、彼らは舌打ちをして、その彼らの一人近藤君が濁った(にごった)目で僕を見つめてきた。

「なんでそんなやつを庇う(かばう)?笹原。というよりもとは言えばお前がいじめのことを話すからこんな事になったんだろうが!その責任どう取ってくれるんだ!」

 みんながそれに肯く。どうやら、近藤君の意見にみんなが同意見のようだった。

 そういうみんなの意見に、僕はこう言った。

「じゃあ、波田(はた)さんのいじめに誰が責任を取った?」

 みんなが鼻白んで、目を見合わす。どうやらカビたちは強い乾風を受けて少し勢いが弱まったようだ。

 しかし、そんなカビたちが戸惑っている中で、近藤君が前に出て行った。

「笹原の言いたいことはわかっているよ。だから!その村田をみんなで懲らしめて(こらしめて)いるんじゃないか!村田に責任を取らすことが波田(はた)の供養につながるはずだ」

 そう近藤君は自信満々にそう言った。それにみんなが同意する。

「そうそう、波田(はた)さんの無念を晴らすには村田をつるすのが一番だわ!あのいじめの責任を取らすのよ!」

 一人の女子の意見にほかの女子達も深く同意した。

 それに僕は腹の中に虫がいるみたいに腹立たしい気持ちだった。僕はこう言って反論する。

「それは違う!波田(はた)さんが心で誰が一番悲しい気持ちになるか、みんなは考えたことはあるか?それはご両親だ。村田に責任を取らすと言うことは村田にご両親に前で謝らせると言うことだ。


 今、みんながやっているのはマスコミ達がやってきた不快な事態に村田をいじめてガス抜きをしているだけのことだ。それは村田に責任を取らせると言うことでは断じてない!!


 あと、みんなは村田をいじめの責任を取らすと言っていたけど、僕たちには責任はないのか?いじめを止めなかったという責任が。あの時いじめを止めなかったのに、いじめが終わったあと、声高に村田に責任を取らすというのは何か違うんじゃないか?せめて、あの時いじめを黙認した人は少し言葉に慎重になってもらいたい」

 僕がそう言うと、みんなは黙った。そして、一人、一人が村田から離れていった。

「…………」

「…………」

 近藤君がほの暗いカビの目で僕を見た。僕はそれを見つめ返す。近藤君が足を引いて離れるとき最後に僕に一瞥(いちべつ)を加えて、離れた。




「大丈夫?村田?」

 僕は腰(こし)を抜かしている、村田に対して手を伸ばす。僕は当然のように自分の手が受け入れられると思っていた。しかし………………。

 ばし!

 氷の塊が有効の飛行機をはじき返し、飛行機ははじかれた歓声にしたがりぶらりと後に揺れた。

 そのまま、村田は教室は出て行く。

 僕は最初は何が起きたかわからず、静止していたが、すぐに村田が出ていく方向に意識を向ける。

「あ、おい!待てよ!村田!」

 そしてすぐに教室を出てあたりを見渡す。

 村田は上の会談からさらに上に向け動き、体が消えた。

「あ!待てよ!」

 そして、僕はそこに向かって走り出す。

 いったい、何がどうなってるんだ?いや、わかっている。何故こうなったのか本当はわかっている。論理的に考えたらこれは考えられる結論だ。だが………………。

 ………………………

 考えられるもう一つのパターン。僕はそれを想像しただけで体の腕が震える。わかっていた、わかっていたんだ、こうなることは。




 ガチャ。

 僕は屋上の扉を開いてそろりと屋上に出る。

 白い陽光が降り注ぐスタンドガラスの中のその中央に村田は独りで立っていた。

 ………………

 僕は無言で村田の後に進み、口を動かした。

「村田……………」

「話しかけないで!」

 優しく背中に止まろうとするタンポポの種に、暴風がそれをはじき返し、吹き飛ばした。

「………………話しかけないでって言われても話しかけないと何が何だかわからないだろ?ともかくなんで僕をそんなに嫌っているのか話してくれ」

 しかし、その理由は僕は非常にわかっていた。こういう可能性を気づいていた。しかし、注意をよその方に流し可能性として吟味をしなかった。

 今、僕はその可能性のつらさに身をさらうかも知れない。その可能性に体が小刻みに震えた。

 村田はそれまで完全に独りで時を止めていたが、僕の言葉に時が戻ったかのような陸上に揚がった魚のように体をびくりと震いだして、完全と僕に向かって振り返った。

「なんで?なんでですって!あなたがそう言うならわたしも聞きたいことがある!なんで、あのことをばらしたの!………………あのままでよかったじゃない。あのままみんな幸せだったじゃない!わたしもあなたも成田先生も金村も!みんなが明るく笑っていた。みんながお互いを信頼していた………………それなのに!なんでなんでばらしたの!あの時が幸せだったのに、みんなが仲良くしていられたのに、なんで、なんで………………」

 村田は話しの後半になると顔を俯け、濁った(にごった)声が漏れ出した。

「………………何故、それを言ったのかの説明はできる。今まで僕が甘受(かんじゅ)していた、幸せ”は欺瞞に満ちたものだから、僕はそれを破いた。

 この“幸せ”は不自然なものなのだ。本当で真の幸せは本当に姿を見ても多分びくともしない正しいものだと思う。

 でも、僕らの“幸せ”は全く正しいものではなかった。僕達の“幸せ”が周りに透明化されると周りから非難される。周りに嫌悪の念をいだかされる。果たしてそんな“幸せ”を存続させて良いのか?守って良いのか?

 僕はそんな“幸せ”はこわすべきだと思う」

 僕の言葉を聞き終わったあとの村田は体の中の生気が一瞬(いっしゅん)すり抜けたように見えた。だが、すぐに僕に向かって背を向けた。

「でていって、もう話すことはないからでていって………………」

「いや、しかし……………」

「出てって!もうなにも話すことはない!」

 僕の再びの糸は横から轟音(ごうおん)とともになたで切られた。

「……………………わかった、出ていく………………」

 今、彼女と話しても何も得られるものはない。彼女に反省を促す以前に何も接点を生み出すことはできない。

 今は引くべきだ。

 僕は羽虫の足取りでそっとその場から離れた。

 ドアからちらりと見た村田は冬の光りを纏い(まとい)、彼女の生命がそれと同調しながら発光し、冬の光りとなっていた。




 放課後。夕方の優しい色がクラスの中を差し込み、クラスが夕凪の色に染まっていくとき。しかし、クラスの雰囲気とはそれと半比例して戦場に向かう輸送機の中にいる兵士のようなぎすぎすした空気があたりに立ち籠めて(たちこめて)いた。

「なあ、あのマスコミ達、まだいるかな?」

「ああ、多分」

「でも、もう夕方だし、彼らの多くは帰ったんじゃない?」

「いや、それはわからない」

 そんな声があちらこちらで聞かれていた。僕はそれらの声を聞きながらキャサリンのほうへ向かう。

「よ、キャサリン。また4人で帰るか?」

 キャサリンは青色の瞳で僕をじっと見つめたあと、こう言った。

「ええ、そうしましょう」

 そして、僕たちはキャサリンが美春に僕が光に連絡を取って、下駄箱のところで待ち合わせをした。

 そして、僕たちは下駄箱に向かうと彼らはもうそこにやってきていた。

「よう!リンちゃん!一樹!一緒に帰るよね?」

 そこには元気になった美春と苦笑した光がいた。

「美春、完全復活か?」

 僕がそう言うと、今まで満点の空の下のひまわりのような輝きが、雲に隠れてその輝きに一つの陰りを残した。

「う〜ん。正直言って、また、外に出るのは怖い」

 そう美春は少し元気をなくしていった。その言葉に僕たちは沈黙をしてしまった。

「じゃあ、こうしよう」

 その美春を思っての心の痛みに彩られた沈黙に僕は一つの提案を投げかけた。

「僕は今朝、村田を助けたことからマスコミは僕を村田の彼氏と勘違いしているんだ。だから、僕が最初に出れば、マスコミは食らいついてくるはずだから、そのあとにすり抜けてくれ」

 そう僕はいった。その言葉に少しの沈黙がおきて、美春がぶんぶんと頭を横に振った叫んだ。

「そんな…………そんなのいけないよ!そんな、一樹が犠牲になるような事をするのは!」

 そう美春は僕にハッキリと拒絶の意志を伝えた。そんな美春に僕はその目を見つめ言い聞かせるようにいった。

「美春。これを犠牲と思わないで欲しい。僕はマスコミの人たちと話す必要がある。だから、これは必要なことなんだ。だから、これは必要なことなんだ。犠牲と思わないでくれ」

「で、でも〜」

 美春はまだ渋っていた。その瞳には僕に対する心配とどんなことでも犠牲は良くない、という信念があった。

 その美春の渋りに僕が困っていることに対して光が助け船を出した。

「美春。そうはいってもお前はまだあのマスコミの中に入るのは怖いのだろう?お前はあのマスコミ達の中には入れるのか?それに、一樹はマスコミ達と話したいようだし、その思いはどうするんだ?」

 その光の言葉に美春は頭を抱えた。

「う、う〜ん。そ、それは〜…………」

 美春は答えることができなかった。それに光とキャサリンが目を合わせた。

「美春、そうはいっても、あなた自身マスコミの中に入るのはダメでしょ?それにここは一樹の思いを成し遂げてあげるべきよ。だから、一樹の出した提案に乗ることが一番いいことだと私は思うけど、どうかしら?」

「う。う〜ん……………」

 美春は唸った。二人のダブル射撃にその顔色は土色の様相を表し、劣勢に立たされていることは想像にかたくなになかった。

 やがて彼女はこう言った。

「うん、わかった。そうしよう。だけど!一樹一人にさせておくのは心配だから、リンちゃんか光のどっちかが一樹についてあげてて、一樹ってどこかでぽっきり折れそうで心配だから………だから!二人のどっちかついて欲しいの!」

 そう美春は言った。

 ぽっきり折れそうだと言われても…………。

 そう、僕は頬を書きながら困惑したけれど、光とキャサリンは目配せをして、なにやら肯きあっていった。

 そして、その目配せが終わって光が言った。

「俺が行こう」

 美春と僕が光を見つめる。それにも関わらず光は全く照れずに淡々と言った。

「俺が一樹と一緒に行こう。美春はキャサリンと一緒に行動してくれ。これに異論のある人はいるか?」

「僕はないよ」

「私も、光なら別に異論はないよ」

 僕たちは特に異論はなかった。僕自身、光なら頼もしいと思っているから別に異論はなかったのだ。

「じゃあ、そうしよう。まず、俺とか好きが先頭に立つから、美春達はそのあとをすり抜けるように。じゃあ、行くか、一樹」

 光が僕に目を合わせていった。僕もそれに肯く。

「ああ」




 僕と光は校舎の外に出る。そうすると外からではそんなに数が見当たらない蠅(はえ)どもが、どこから増えたのか一気に数を増やしてきた。

 粘着液の洪水が瞬く(またたく)間に僕らを囲う。僕たちは白い雨を連発され、そこから言葉だけが浴びせられる。これでこういう場面は3回目だけど、何度見ても胸くその悪くなる場面だ。

「彼氏さん!村田のことで一言!」

「村田に対する知られざる姿を教えて下さい」

「おー!彼氏さんよ!お前も遺族に対して謝る必要があるんじゃないのか!そこんとこどう思っているんだ」

 そんなヒル達が吠えていた。僕たちは校舎からなるべく離れて。彼らが食らいついてくるのを見計らってこう言った。

「皆さん!お話があります!僕は皆さんの質問に答えたいと思うのですが、それをするのは条件があります!」

 僕は白い光のまぶしさに目を細めながらそう言った。だが、ちゃんと手応えはあった。

「本当か、それは!」

「おおー!これは特ネタだぞ!回せ、回せ!」

 やはりヒル達は食らいついてきた。僕はどよめきだけを手探りに白い闇に向かって話す。

「皆さん!条件というのは僕が波田(はた)さんのいじめの真相を全て話すからここで取材をしてもらいたくないと言うことです!それを守って下さい!」

 僕はそう大声を上げていった。それにマスコミ達は。

「波田(はた)の事件について知っているのか!もしかして、君は波田(はた)さんと同じクラスの人なのか!」

 その一人のマスコミが漏らした言葉によって、マスコミの連中に激震が走る。

「本当か!それは本当なのか、君!はは、彼氏が波田(はた)さんと同じクラスだとはこりゃあ、大スクープだ!」

「きみきみ、波田(はた)さんと同じクラスだと言うことは、村田が起こした事件についてどう思う?君は波田(はた)さんと同じクラスで波田(はた)さんのいじめについてよく知っていると言うことだよね。その事件が起きていたとき、君はどう思った?それを詳しく聞かせてくれ!」

「君は彼女の村田のいじめについてどう思った?今の村田に対してどう思う?」 

「天国の波田(はた)さんについて一言お願いします!」

 蠅(はえ)たちは羽の音を一段と昂ぶらせて(たかぶらせて)僕に対し手12人4組のバンドが一人ずつ音を発生するようなすさまじいノイズを鳴らして僕に迫ってきた。

 僕はそれに閉口しつつ、こう言った。

「皆さん!質問は一人ずつお願いします!一人ずつ!あとフラッシュをたくのはもうやめて下さい。誰が言うのか見ることができませんので!」

 しかし、フラッシュがたかれるのはやめなかったし、質問もみんなばらばらに言ってきた。僕は真部と目を合わせて、黙りを決め込むことにした。

 あくまで白い闇が自分の視界をべったりと覆うが、やがてそれが次第に減ってきた。だが、むしろ、白い闇の恐ろしさは終わったあとにやってきた。まぶたをつむっても今まで張り付いてきた白い闇が離れないのだ。これは正直言って、自分の体が自分ではないような感じがしてきつい。

 だが、フラッシュも少なくなって、取材陣達は目を配らせ、一人の記者が手をあげた。

「はい、そこに人、質問を言って下さい」

 僕はめがねをかけたやせていて不健康そうな30代ぐらいの男性に指をさした。

「私は×××新聞社の、楠というものですけど、質問よろしいですか?」

「もちろん、いいですよ」

 僕はそれに肯いた。

「では質問させていただきます。あなたと村田の彼氏ですが、村田のやった行為についてお聞かせ下さい」

 楠はまじめな様子で聞いていた。そのまじめな様子に僕は少しおかしみを覚えた。

 僕と村田は付き合ってもない。まともに話したのは今日が2回目なのに。

 そういうおかしみを覚えつつ、僕は答えた。

「僕と村田は付き合っておりません。ただ同じクラスメートです。そして、僕は波田(はた)さんのいじめを間近で目撃しました。あなたたちに手紙を送ったのは僕です」

 その僕の言葉に、マスコミ達は大きくどよめいた。土に水をかけて表面の土が流されているような、そんな分離されるようなどよめきが起きたのだ。

 パシャ、パシャ!

 蠅(はえ)たちはまたどよめいて、僕たちに白濁の汚物を発射してきた。マスコミ達よ。そのカメラを無遠慮(えんりょ)に写すと言うことが取られた身にどれだけ迷惑になるか考えたことはあるか?

 そして、また無遠慮(えんりょ)なノイズが聞こえる。

「あなたが私たちに封書をしたのですか!どうしてそのようなことをしたのですか!」

「あなたが波田(はた)さんの両親にいじめのことを話したのですか!?波田(はた)さんの両親はいじめのことを聞いたときの態度はどのようなものですか?」

「なんで、いじめのことを知らせるあんたが村田を庇う(かばう)まねをするんだ!それに対して答えろよ!」

 そんな雑音が数多く発生した。それに僕は黙った。そして、雑音が少しずつ少なくなって、また一人の記者が手をあげた。

「はい、どうぞ」

 手をあげたのは四角い顔と頭を刈り上げている中年の男性だ。

「×××放送局の宮本と申し上げますが、あなたは私たちに封書を送ったのですね?波田(はた)さんのいじめについての詳細を教えて下さい」

 そうまともなことを聞く記者がいたので僕は答えた。

「そうですね。いじめは5月頃に起きました。波田(はた)が偶然落ちた村田の教科書を踏んだことで始まりました。それから、僕が目撃したのはクラスで波田(はた)に近づくなという警告(けいこく)でしたが、そのあと、先生が体育の授業の時、サッカーの授業の時で自習を言い渡したとき、そこで偶然体育館裏に言ったとき波田(はた)さんはいじめのグループ、村田、金村、そして金田達の男子グループにいじめられていました。金田君達男子グループが波田(はた)さんを羽交い締めにしてドロップキックを食らわしていく姿を見たことがあります。金村と村田はそれにゲラゲラ笑っていました。ほかにもいじめられた当初は波田(はた)さんの体型が、かなりふくよかな姿だったのですが、それについてデブと言っていじめていたのですけど7月になって体重が激減したときには今度は骸骨(がいこつ)と言っていじめたのです。そのあと夏休みに入って、8月の初めての登校日に波田(はた)は自殺をしたのです」

 僕はそう静かに語った。マスコミの人たちはさすがにそれに黙ったまま聞いていた。

「ONKの浅田ですけど。村田はどんな人でしたか?」

 そう、眼鏡をかけた小太りの人が質問をした。

 僕はその質問に言葉を詰まらせた。

 村田。村田。

 村田とはどんな少女なのだろう。僕のイメージだと普通の女子高生で、人をいじめて笑ったり、一生懸命子犬を探したりする女の子だ。

 しかし、僕はそれ以外のことを知らない。

 友人ではないのだから当たり前だと言えば当たり前だ。クラスメートの人などほとんど他人みたいなものなのだ。

 僕はほかに聞きたい人がいますか?と言ったときに違うところから声が聞こえた。

「こら!あなたたち何をしてるか!学校で取材は禁止だ!」

 先生達がマスコミ達に場を割って制止してきた。それにマスコミ達が抗議の声を上げる。

「私たちは報道の自由がある!それを妨害するのか!」

「ダメダメ!報道は禁止だ!とにかく禁止だ!」

 先生達5〜6人集まって、マスコミ達を押し返した。マスコミ達は抵抗していたが、たくさんの鳩たちが人に追いはわれるようにちりぢりになって離れていった。

 マスコミたちはちりぢりに鳴りながら、しかしシャッターを先生達の方に向け発射した。多分、学校の不祥事を隠蔽する教師達という題で記事を載せる(のせる)のだろう。


 あなたたちはどんな取材を書いてもいいが、それが載せる(のせる)社会的責任を自覚して、しっかりとした取材に基づいて記事を載せて欲しいものだ。果たして、彼ら教師が取材を止めるのは不祥事の隠蔽だけなのかを一度疑ってかかる必要があると思う。そんなマスコミが離れたあと、成田先生は僕のほうに向かって振り向いた。

「おまえ達、もさっさと帰れ。もう取材なんて受けるなよ」

 その言葉に僕らは黙るしかなかった。僕は光と目を合わせる。

「帰ろう、一樹。今はこれで十分だろ」

「そうだな。帰るか」

 僕らは成田先生にしたがって帰って行った。もう夕焼けが完全に夜の闇に飲み込まれていた。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る