第47話47
本格的に寒さが到来しようとしている、10月の空。白が空を真っ白に染めるまえの前章的に白が空にかかっている状態。
そんな冬の到来を確実に到来させる季節の中、僕は教室に向かって歩を進めた。
扉を開くとクラスのみんなはいつもと変わらず、騒いでいた。僕は自分の席について、村田を見た。見たところ、暗い顔はしているが、別に女友達につるまれるということはないようだ。
村田から目を離して、僕は今度はフレイジャーのほうを見た。
彼女はあんなことを言ったけど、それは本当のことだろうか?本当だとは思いたくなかったが、彼女の話には一つ、一つの話に無理な点がなかった。
でも、だからといってそのまま肯く訳にはいかないのだ。何か、を考え出さないと。
しかし、そのことは考えてもぱっと分かるものではないのでいったん隅に置いといた。
そうだ、まずは村田のいじめのほうをどうにかしよう。考えるのはそのあとでいいだろう。僕はそう思ったのだ。
そのあと成田先生が来て、ホームルームの時間が始まった。
予鈴が鳴っての昼食の時間。成田先生がいじめの撲滅を決意した瞬間から三日間の時で僕が確認した限り、村田がいじめられているあとはなかった。だが、これから、またあるかも知れない可能性はいつだってあった。
そして、そのときはこんなふうに唐突にやってきた。
「里子ー」
金村さん立ち、数人の女子生徒が村田のそばに寄っていった。
「里子、一緒にお昼食べよう」
「あ……………」
村田はとっさのことで判断できない。しかし、金村さんは村田の肩をつかみ、一瞬(いっしゅん)ハイエナのような獰猛な顔になった。
「ね、いいでしょ」
「あ、うん」
それで彼女たちは教室から出て行った。僕は彼女たちを追った。それで体育館の裏の方に歩いているのを予想が付いたのですぐに、僕は職員室に向かってきびすを返した。
ーがらららっ。
「失礼します」
そう言って職員室に入ったあと、僕はすぐに成田先生の所に向かって直行した。
「おお、どうした。笹原。何か分からないところでもあるのか?」
朗らかに先生は言ったが、僕は単刀直入に話すことにした。事態は一刻も猶予はならないのだ。
「先生、村田が、金村達のグループと一緒に体育館裏に移動しています」
その言葉に先生も事態が飲み込めたのか、猛禽類(もうきんるい)のような鋭い一瞥(いちべつ)を僕によこした。
「そうか、分かった。体育館裏だな。すぐにいく。お前は教室に戻ってくれ」
「はい」
成田先生は早く職員室から出たので、僕もそれに続いて職員室に出た。職員室から教室までのみち、中庭で眠っている花壇を見た。その花壇はまだ迫り来る冬に向けてじっとその身を守っているようだった。
職員室から出た僕はまず、購買に行ってパンを買って、そして、教室に戻ってきた。そこから、パンを食べようとしていると金村さん達が憤懣(ふんまん)やるかたなしと言った調子で自分の席に座った。
「くそ!あのゴリラ、私たちが何をしたって言うのよ!あんなやつ死んでしまえばいい!」
「そうだよ、あいつ本気でむかつく。私たちは普通に村田ちゃんと遊んでいただけなのに、あんなことを言って邪魔をするなんて、本気でむかつくわ」
そう言って彼女たちはオウムみたいにむかつく、むかつくという言葉を繰り返していた。
僕はそれを見て、一つ村田のいじめが阻止できたことに対して、ほっと、胸をなで下ろした。
夕暮れになる前の赤みがかった空の世界。僕は職員室の前に来た。あの村田がいじめられそうになった事件のあと、僕はいろいろと考えていた結論として、職員室に行くことにしたのだ。
ーがらら。
「失礼します」
僕はすぐに成田先生の方向へ歩いた。成田先生はおうと手を振っていた。
「さっきはありがとな、笹原。笹原のいうとおり金村達は体育館裏で村田をいじめていたよ。未然に防ぐことができてよかったよ。だから、ほんとありがとうな、笹原」
「はい」
僕は肯いた。だが、僕が言いたいのは村田がそのときのいじめから救い出せれたかどうかではなかった。それも気になるけど、僕が言いたいのはもっと構造的なシステムの話だった。
「先生」
「ん?何だ?」
僕は成田先生を見た。授業中はいつもしかめっ面で生徒を叱咤する教師だが、こうして話してみると普通の気のいいおじさんに見える。当時の僕としてはなんだかこの事が不思議でしょうがなかった。一人の人間にそう言う2面性があることに、体の何かが一致しないというか、ペンを持っているはずなのに、実は何かペンを持っている腕と意識が一致しないというような不思議な感覚に見舞われたのだ。
それはともかく、僕は単刀直入に先生に言った。今後のことを。
「先生、単刀直入に言いますが、村田に対するいじめを止めることができるでしょうか?」
成田先生は成田先生らしくなく視線を落とし、唇をぴらぴらと動かしていた。
「まあ、それはだな、笹原。何というか、難しい問いだな。多分、これを解決することは難しいことだと思う。しかしだな、笹原これはきっとできることだと思うんだ。村田へのいじめがなくなるときは必ずくると思うんだ。だから、信頼して待ってほしいんだ」
成田先生はまたもやらしくなく、視線を時々泳がしながら言った。どうやら先生にもこの事が解決することは安易ではないと言うぐらいの知性があってよかった。
これは皮肉ではない。純粋によかったと言っているのだ。村田は自分が救うんだ、と言わんばかりに猪突猛進(ちょとつもうしん)したらどうしたものかと思ったが、この態度を見て僕は少し安心した。
「先生」
僕が改めて成田先生を呼ぶと、成田先生も姿勢を正した。
「何だ、笹原?お前はいったい何を言いたいんだ?」
「先生、僕が言いたいことは以上のことです。このいじめのことで僕がいじめを阻止する協力者になってもいいと言うことです。これについてはどうですか?」
成田先生はしばらく考えていた。
「村田がいつ襲われるか、僕の分かる範囲で先生にお伝えすることができますし、先生も村田のことをずっとべったり見てるわけにはいかないでしょ?どうですか、これは?」
成田先生はしばらく考えていたが、やがて、こう言った。
「分かった、じゃあ笹原のみの危険を感じさせない程度で教えてくれ」
「はい。じゃあ、村田が金村とつるんだときに言いますので、携帯を出して下さい」
「ああ、携帯か。そうだな。ほら」
成田先生は一応肯いて、携帯を出した。僕はその携帯の赤外線の受信をオンにして、僕が赤外線を送る。
「それで赤外線にしてっと………………………はい、完了しました。電話帳にちゃんと入力をしましたので安心して下さい」
「ああ」
成田先生はオウム返しのように肯いた。きっと、赤外線という話もよく分かっていないのだろう。
「じゃあ、これでいつでも僕は先生にメールを送れるんで、見といて下さい」
「ああ、分かった」
そう成田先生は言った。用事は済んだので、僕はここで失礼をすることにした。
「それでねリンちゃん。こないだあそこの店に行った時ね、あ、あそこと言ったら駅前にあるミランジェの事だよ。そこでかわいいパーカー見つけたんだ、それで値段見たら高かったんだ!ねえ、これは買うべきだと思う?リンちゃん?」
「そうね、今は高校生だし、無理に買わなくてもいいと思うけどな。買いたいものがあったら大学生になってからバイトをすればいいと思うんだけど」
「そうか、そうだよねぇ〜」
そう言って、寺島さんはフレイジャーとお話を続けていた。こっちにはなにもふってこない。まあ、女子同士の会話だと言うこともあるが、しかし、真部には何度か会話を振っているのに対して、僕のほうにはふってこないと言うことは、やはりまだあのことを引きずっているんだろうな、と安易に予想が付いた。
僕たちは今アロイにいた。そこで寺島さんとフレイジャーが会話をしているのだろうが、僕たちのほうには、特に僕のほうには話を振ってこなかった。
これからどうしたもんかな、と僕は今更(いまさら)ながら思っていたりする。
これからどうやって、寺島さんと仲直りするのか。最初は勢い余ってお前とは絶交だ、みたいなことを言ったけど、しかし、あとになって冷静になってみるとまた、仲直りしたい気持ちが増えてきた。最初の友だちをこんな事でなくすのは惜しいという気がしてきたのだ。
しかし、その一方で彼女が行ったことは悪意がないものだとは言え、許していいものなのか?と言う問いはずっとあった。
正直言ってあんなことを言う少女は僕の中ではいっそう低位なものとして認識していたから、寺島さんもその低位の少女になるので、その少女を友だちとして認識してもいいのだろうか?やはり、ここはすっぱり別れた方がいいのではないのだろうか?と思っていたりしたのだ。
そうやって僕が悩んでるとき、真部が寺島さんに向かってこう言った。
「美春。『アルネの遺品』は読み終えたか?」
「あ、うん」
「じゃあ、笹原にそれを渡してくれ。おれとキャサリンはもう読み終えたから」
寺島さんが眉をぴくりと動かして、しかし、寺島さんのバックの中を探った。
「はい、笹原くん」
寺島さんは冷たい水滴のしずくとともに僕に『アルネの遺品』を渡した。僕もそれを受け取った。僕の手にしずくが落ち、手が冷たさを感じていた。
寺島さんは僕に本を渡したあと急いでフレイジャーと話そうとしていると、今度はフレイジャーが寺島さんを遮った。
「美春、渡しただけじゃあダメよ。本の感想を笹原に言わないといけないわ」
そうフレイジャーは行った。それに寺島さんも渋々(しぶしぶ)口を開く。
「『アルネの遺品』はおもしろかったです。自殺する少年、アルネの日々を孤児となったアルネの保護者になった人の一人息子である、ハンスの視線からアルネがどんな人であったかと言うことを現在と過去を交差させながら書いた小説です。私はこの小説を読んで繊細な人がどんな気持ちなのか、うかがい知ることはできませんが、この小説はその人の輪郭(りんかく)を描くことに集中していてそこがいいと感じました。以上です!」
それを寺島さんは最初は訥々(とつとつ)と語り、少しずつボルテージを上げ、最後には言い切った口調になって外に飛び出した。
「美春!あ、私は美春を追うからあとの会計払っといて、あとで払うから」
そう言ってフレイジャーも外に飛び出した。
それを見た僕たちは飲みかけのコーヒーを全部飲んで会計をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます