第39話39

7章 新学期。新しい先生、新しい………。




 9月に入った、新学期だ。2ーBの教室の中は全体的に鶏肉のようにあっさりとした味になっているが、その奥に苦い香料を入れたような不協和音が村田でているのがかすかに聞き取れた。

 2ーBの人たちは相変わらずだった。波田(はた)さんのいじめを受けて、動揺していると言うよりも、何とか自分たちのことがばれないように神経をとがらせているのだ。

 ぼくはこのような人たちになるつもりはない。ぼくのやることは早く三枝先生にいじめのことを話すことだ。今はそれだけをすることに集中しよう。

 ぼくはそう考え、ホームルームの時間を待った。しかし、ぼくの予想とは違う方向に学校は動き出していた。

 それはホームルームの時間に起こった。ホームルームが始まる少し前に教室の扉が開き、三枝先生が登場するかと思っていたが、入ってきたのは見知らぬ、体格に筋肉がついていそうな一人の40ぐらいの男性だった。

 教室に動揺が広がる。まあ、それはそうだった。ぼくもてっきり三枝先生が来るのだろうと思っていたからだ。

「はい、おまえら、静かにする!」

 ざわざわ。

 ノミのつぶやきが大きくなり、ざわざわと動き出す。それにその中年の男性が、野太い声を張り上げた。

「ええー、おまえらは言いたいこともあろうが、まずは三枝先生は昨日付でおやめになった」

 その一言でクラスの動揺がさらに広がる。アメーバが毒素に触れてそれを避けようとするがごとく広がっていった。

「やめんか!」

 しかし、アメーバもサイの咆吼(ほうこう)の前では抵抗する意志もないのか、おとなしくなった。

「おまえら、一つ言っておく。私語は慎め。それは絶対だ。もし、私語をしているようなやつに出会ったら、廊下に立たせるし、おまえらが嫌いな説教をみっちりしてやる。いいか、それを絶対にさせるぞ」

 それをドスのきいた声でその男は言った。これにはアメーバ達も黙った。

 その男はアメーバ達が黙ったのを見て、満足そうに笑うと黒板に字を書きながら、話した。

「俺の名は成田信夫。おまえらは先生か成田先生と呼ぶように。いいな?」

 それにみんなが頷いた。改めて僕はこの男を見る。この男は空手でもやっているのだろうか、筋肉が隆々としており、顔面にはしわが見え隠れしているが、その顔からは生気が充実していることが分かり、あごはホオジロザメを連想させるように太く直角に近い角度だった。そして、やはり眼光は鋭かった。どう考えても授業だけを教える教師ではない。ならば、何を教えるつもりなのか?

「俺は急遽(きゅうきょ)この学校に入ったばかりの新しい先生だ。だから、この学校のことについてはおまえらに聞くこともあるだろう。ただし、おまえらの態度が悪かったりするとびしばし言うつもりだ。いいな?」

 それにみんな頷いた。

「俺の担当科目は三枝先生の科目の日本史を担当することとなる。ほかに質問をする人はいるか?」

 先生の言葉に一人の女子が手をあげた。

「はい。おまえの名はなんだ?」

「金村です、金村智子」

 成田先生は名簿を見ながら言った。

「ああ、そうだな。金村智子。それで質問は何だ?」

 それに金村は姿勢を正して答えた。

「あ、はい。え〜と、三枝先生はどうしておやめになったのでしょうか?それを聞きたいです」

 それに成田先生は頭を少し俯け、指で顔を描きながら、困ったような雰囲気をさせながら言った。

「ああ、それはなぁ。三枝先生ではおまえらを教育できないからと思って、校長は三枝先生をお辞めにさせられた。そういうわけなので俺がここに赴任することとなった。おまえらとはこれが初対面になるが、校長からはおまえらのことをよく聞いている」

 それを言ったあと、成田先生はすっと眼を細めた。

「俺はおまえらを教育する。おまえらがどんな生徒はよ〜く知っていている。おまえらの根性をたたき直すのが俺の使命だ。おまえらはそれをよく覚えておけ。以上だ」

 それでホームルームの時間は終わった。これから教室に移動だ。ぼくはその準備をしていると校舎の外の積雲層(せきうんそう)のような曇り空の下、大きな風がぶわっと、窓を揺らした。




 その日から僕らの環境は変わっていった。成田先生が明らかに僕たちをしつけてきたのだ。

 たとえば、それはもう当日の日に起きた。

 2ーBの男子生徒購買の競争に乗り遅れまいと廊下を走ったら、そこに偶然居合わせた成田先生が飛んできて彼らを叱った。ほかにも走る他クラスの生徒がいたが、その彼らも叱った。

 ほかにも掃除のとき男子がふざけて遊んでいると、成田先生が様子を見てきて、彼らを職員室に呼んで30分みっちり叱った。

「ああ、最悪だ。あのやろう、あんなに怒るなんてどうかしている」

 成田先生に絞られたうちの一人、金田君がぶつくさ言いながら帰ってきた。

「ご愁傷様(ごしゅうしょうさま)、金田。どうだった、成田先生の絞りは」

「へ、どうもこうもないよ」

 そう言って、金田君は唇を三日月のように曲げながら、陰気そうな口ぶりで言った。

「あのやろう。あんなに絞りやがって、今に見てみろ。ここがアメリカなら、今すぐあの野郎を殺してやる。マシンガンで蜂の巣だぜ」

 つばを吐きながら金田君はいった。

「はは、あいつを打つのか。じゃあ、あれだ。体育教師の内田はどうする?」

「あいつはグレネードで粉砕(ふんさい)してやる。ああ、そうだ、むかつく教師皆殺しにしてやるぜ」

 そう言って金田達がゲラゲラ笑った。その姿は蠅(はえ)の集まりに見えた。糞尿(ふんにょう)にまとう蠅(はえ)の集まりに。

 ともあれ、こういう風に成田先生は僕らの生活にじわじわと浸食(しんしょく)し始めた。



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