第38話 38


「ああ、来ましたね」

「うん、そうだね」

 夕暮れの闇へ誘う(いなざう)世界の中、電灯の明かりが自身の輝きをさらに欲するどん欲な人のように輝きだしていた。

「じゃあ、行こうか、寺島さん」

「うん、行こう」

 それで僕たちは中に入った。中に入るとそこはモグラの世界だった。日に当たれないモグラが地下でわいわい暮らす、そんな場所だった。

「じゃあ、なにする?」

 何をすると言われても。

「寺島さんのおすすめの物をしてよ。こっちは何があるのかわからないからなぁ」

 これはぼくの素直な感想だった。一回来たと言っても、どこに何があるのかわからないのだ。

 ぼくがそう言うと、寺島さんは敬礼してこう言った。

「了解です」

 それで寺島さんが入り口の近くのあるゲームセンターの前に来た。

 それは二つの面が使用者に向かっているボックスで、一つの面は画面が、もう一つの面は4×4の透明な大きいタッチパネルがあった。

「これはなに?寺島さん」

「これはね、まずコイン入れて」

 コインを入れる。

 そうすると画面が動き出した。

「はい、そのままにしていて。え〜と、二人対戦、と」

 画面が隣のゲームセンターと二人対戦モードになった。そうすると今度は画面にいろんな曲が画面に浮かび上がった。

「お!なんだこれは!」

「それはねぇ、その画面の曲を選んで、その曲で遊ぶのよ。曲が流れてる間にタッチパネルに表示が出るから、それを押して遊ぶの。うまくコンボがつながったら得点が大きくなるわ」

「おお」

 そうはいってもまだやっていないので何とも言えないが。

「じゃあ、ともかくやってみよう!何かしたい曲ある?」

「そうだな………『神奈川一丁目』」

「ないよ、そんなの」

「ぐはっ!」

 寺島さんの返し刃でぼくはばっさり切られてしまった。

「まあ、笹原君が考えるような物はないから、私が決めるね」

 それで寺島さんはさっさと選曲をしていった。

「『electrick waepon』?」

「そう、『electrick waepon』だよ。もしかして『電翔』知らないの?」

「うん、知らない」

 僕はそう言った。本当にこう言うことは知らないのだ。

「そうか、東京出身なのに知らないのか。『電翔』は結構(けっこう)有名なのにな。じゃあ、まずやってみよう、笹原君。『電翔』がどんな曲か直にわかるよ」

 そのあと曲が始まった。それは未知の体験だった。ぼくはそれまであいことか平川地一丁目を聞いていたが、それらとはこの『electrick weapon』は次元が違った。最初のエレクトの低音の振動から、始まり、その後に続く音の洪水がぼくを押し流していた。

 これは未知の音楽だった。これが普通の大学生が聴く音楽なら今までぼくが聞いていたの中学一年生が聴く音楽だった。

 ゲームはできそうな簡単な物のようでけっこうできなかった。曲に合わせて4×4のマス目に表示が出てきて、それをうまく押せたら得点が入るというものだった。こういうゲームをほとんどやったことがないので、だから、難しく感じるのかもしれないが、やはりこれは難しかった。

 そして、ゲームが終わった。

「へへ〜ん。やったー、勝ったー!」

 寺島さんがガッツポーズを決めていた。スコア差は2万ぐらい引き離されてぼくの負けだった。

「おまえ、初心者に勝ってうれしいのか?」

 そう言うと寺島さんは満面の笑顔でこう言った。

「うん、うれしい」

 この小憎たらしい女が。

 画面にはまだできると表示がされてある。

「まだ、やる?」

「やる、やる。ちょっと、上達して、弱い物いじめをして天狗(てんぐ)になっている女の鼻をへし折らないと気が済まん」

「へへ〜ん。やれる物ならやってみな」

 そして、ぼくは再度挑戦をした。




「ああ、負けた」

 さっきの成果は惨敗だった。全部負けた。

 そういう敗北感に打ちのめされているぼくに寺島さんは生暖かい眼をよこしてきた。

「まあ、あれだよ。いいことあるって、きっと」

「憐れみの目で見るんじゃない!」

 そう言って、威嚇(いかく)すると、寺島さんはキャーと言って逃げるふりをした。

「まあ、冗談はおいといて、次何をする?」

「う〜ん、そうだね」

 そのあと少し、寺島さんが考えてきたが、やがてぼくにこっちに来てと手を振ってきた。

「なに?」

「う〜ん、こっちにあると思う。………ああ!あった、あった」

 さっきのゲーム機からほんとすぐの距離にそれはあった。

「『蒼烈』2?」

「うん、これやろ」

 そう言って、寺島さんが席に着いた。ぼくも席に着く。

 またやったことがないゲーム機だった。

「『蒼烈』、やったことがある?」

「いや、ない」

「じゃあ、とりあえず、クラッシュって言う赤い服のやつを使ってみなよ。それでコマンド全部覚えて。それでプレイしよう」

 まあ、スト2はやったことがあるから、格ゲーは大丈夫だけど。

 そうして、ぼくはクラッシュを選んだ。向こうも金髪の貴公子みたいなキャラを選んでいた。

 コマンドリストを目にとめる。だいたいのことはわかったが。

「じゃあ、いくよ〜」

 それで僕たちは勝負をした。まず、一ラウンド目はぼくの負けだった。それで2ラウンド目は通常技と突撃技を使って寺島さんを倒した。とても人には見せられない素人の泥臭い戦いだった。

 それに寺島さんは。

「今のは手加減したの。いきなり倒しちゃあ、おもしろくないでしょう?」

 とのことだった。しかし、戦っている最中すごい悲鳴やら、不満の声を連発していたのは演技だったのか?

 そして第3回戦、ぼくは通常のボタンと旋風烈脚のコマンドを使って、粘るだけ粘ってなんとか勝った。というか、これに一度も使ったことのない人に負けるというのはどうなんだ?やっぱり女の子だから、こういうのはダメなのか?

「あれ〜、おかしいな〜。何で負けちゃったんだろ〜」

「格ゲーは苦手なのか?」

 僕がそういうと寺島さんは明るい笑顔で答えた。

「まあ、得意じゃあないよね。それよりさ!次はあのUFOキャッチャーをやろうよう」

「ああ、わかった」

 それで僕達はそのゲーセンから離れた。




 岡山駅のホーム。その中に僕たちがいた。広大な闇が横たわり、その中でぼくは寺島さんと話していた。

「今日は楽しかったね、寺島さん」

 ぼくがそう言うと、寺島さんは。

「うん!」

 と目いっぱい頷いた。

 僕はそんな寺島さんを見ながら、安堵の吐息を出さずにはいられなかった。

「よかったー。寺島さんが喜んでくれて、本当によかったよ」

 寺島さんはぼくを見ていた。その目は琥珀(こはく)色を漂わせながら僕を見ていた。寺島さんは身長はぼくより少し下だから、こういう目で見られると改めて、彼女の背の高さを感じさせずにはいられなかった。

「どうしたの?寺島さん」

「ううん、何でもないよ」

 そう、寺島さんは言った。

「そうだ」

「ん?なに?」

 ぼくの声に寺島さんが首をかしげていた。

 そうだ、そうだ。当初の目標を忘れていた。

 僕はバックのなかを探してビニール袋で包まれているあるものを取り出した。

「それ、なあに?笹原君」

「さっき、ドレミのまちで買ったものなんだ。仲直りの印に受け取ってくれるか?」

 僕は寺島さんの瞳を見つめていった。寺島さんはそんなぼくをじっと見つめていたが、また、ふっと笑って答えた。

「うん。いいよ」

 そう言って頷いた。

「ほ、本当!」

「うん。別にいいよ。私も大人げなかったと思っているから、だから、その中身のもの見せて」

「ああ、わかった。中身はこれだ」

 そして、僕は中身のものを取り出して、寺島さんに渡した。

「わー!これ、かわいい!」

 それは4つ葉のクローバーとテントウムシが書かれてあるガラスのコップだった。

「これ、ほんとにもらっていいの!」

「ああ、どうぞ、どうぞ」

 そう僕がいうと寺島さんは本当にうれしそうに言った。

「ありがとう。わぁ〜、かわいい」

 そうして、寺島さんはコップをずっと見ていた。コップが電灯の光を反射して鈍い光を発した。







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