第37話37

「ああ、痛い、痛い。あんなにつねらなくてもいいじゃない」

 シネマクレールに行く道すがら、寺島さんが不平を口にしながらぼくについてきた。

 結局僕らはコーヒーだけ頼んで、会計は済ませた。自分のコーヒー代は寺島さんが払って、スパゲッティ代はぼくが払った。まあ、妥当な物だろう。

 それで次の場所、映画館に行く道すがら、寺島さんがぶつぶつ不平を言ってきたのだ。

「ああ、あ。あんなにつねることはないんじゃないかな。もの凄く痛かったな。あれはちょっとしたフレンドリーなジョークだったのに、それに過剰反応するなんて女子にもてないと思うな」

「余計なお世話だ。それにフレンドリーなジョークに泣き真似をするか、普通」

「ええー!でもー!」

 そう言って、寺島さんはこちらに向かってつかみかかってきたが、僕はそれに応えず炎天下の町並みを見た。

「?どうしたの、笹原君」

「いや、今は夏だな、っておもって」

 皮膚に汗が粘つく熱さ、白熱の光で白亜化された町並み。それを見ながらぼくは今が夏だと言うことを身をもって確信した。

「?なに、笹原君?ちょっと、様子が変だよ?」

「ごめん。ぼくは真夏のときはこうやってたって、今が夏だと言うことを確認するくせがあるんだ。大して深い意味じゃあないから気にしないで」

「ふ〜ん」

 目隠ししたまま、食材当てクイズのとき、こんにゃくを触りながら考えているような、そんな表情をしながら寺島さんは答えた。

 どうやら、あまり納得していないようだった。

「さ、それはどうでもいいから、早くシネマに行こう。これはどうでもいい問題だから」

 そう言って、ぼくは寺島さんの手をつかんで歩き出す。

「あ、ああ、待ってよー!そんなに引っ張らないでよ」




 2時40分。『ローラーファイト』はもうちょっとだな。

 寺島さんと二人でシネマクレールの2階に移動した。3時20分に開演するから、それまで2階のルームに腰(こし)掛けることにしたのだ。

 ぼくは寺島さんに話しかける。

「寺島さん、これ、『ローラーファイト』知っている?どれくらい予告とか、そういうもの知ってる?」

 そう言うと寺島さんは女性がよくする、玉虫色の表情をしてこう言った。

「う〜ん、別に詳しく知っている訳じゃあないよ。これ、あれだよね。少女が成長する教養小説的な話だよね。たぶん。女の私はそこそこ、興味あるけど、笹原君はこういうの見るの、つらくない?」

「別につらくはないよ。少女でも少年でも、そういう成長物興味あるから。斎藤絹恵さんのような小説大好きだから、別につらいというわけではないよ」

「ふ〜ん、そっか〜」

 寺島さんはまた玉虫色に頷きながらそう言った。

「寺島さんはどう、こういう教養小説的な物。そういうの好きな方?それとも恋愛やホラー系が好きなの?」

 ぼくの言葉に寺島さんは灰色になりながら、こう答えた。

「うん。そうだね。映画は知的な物も見るけど、恋愛やホラーが好きかも。そうだね、今度は二人でホラー系なものを見ようよう。そうしよう」

「うん、そうだね」

 そんなことを話し合っていると、放送があって、開演時間が来たので、僕たちは話すことをやめた。

「時間だね」

「うん、時間だ」

 それで僕たちは並んで、事務員に票をわたして、スクリーンの間に入っていった。

「ああ、なんだか、どきどきするね」

「こうやって薄暗い廊下を歩くのが?」

「うん。なんだか、ここを歩くたびに映画館に来た。と思うから」

 そうして、僕たちは廊下をすり抜け、席に座った。




「結構(けっこう)よかったね、寺島さん」

「うん、そうだね」

 僕たちは映画を見終わり、カフェ樹海にいた。そこでちょっとお茶を飲んでいたのだ。

 カフェ樹海はシンフォニービルのそばにある小さな喫茶店だ。木造性のテーブルといすがあり、夕暮れの光の陰影が人を、山で清流を発見したような気分にさせてくれるのだ。

「私は結構(けっこう)主人公達にスカッと来たけど笹原君はおもしろかった?」

「まあ、確かに男のぼくにとっては主人公達には簡単に共感はできないけど、主人公が家族の反発や、クラブに自分の所属を求めることや、自分の悩みを打ち明けれる先輩との出会いはすごく興味深かった。だから、そんなに飽きなかったよ」

 ぼくはそう言った。ぼくの言葉に寺島さんはパペットが首を振るようにこっくり、こっくり頷いていた。

「そうか、笹原君でも楽しかったか。まあ、それはそれでよかったよ」

 寺島さんはそういった。

「ところでさ」

「ん?」

 寺島さんはアイスコーヒーのストローの紙を指でくちゃくちゃさせながら言った。

「このあと、どこに行くんだったっけ?」

「ああ」

 ぼくは頷いた。そういえば、そうだったな。ぼくもすっかり忘れてた。

「ああ、このあとはゲーセンに行こうかと思っている。そこでゲームして遊ぼうかと思っているんだ」

 ぼくの言葉に寺島さんはキツツキが木を掘るように頷いていた。

「そうか。そういえば、笹原君、ゲーセンに行ったことがある?」

「一回だけね。一回だけ行ったことがあるよ」

 ぼくの言葉に寺島さんは寄せて返す波のように頷いていた。

「そうか、じゃあ、今日は私が教えてあげる。いろんな遊びを」

 寺島さんは茶目っ気たっぷりに言った。

「いろんな、ですか?」

 いろんな、というとああいうのもあるか?

「バカ!そう言うのじゃないわよ。まあ、こういうふりを持っていたけどね」

 そう言って僕たちは笑いあった。

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