第35話35
そうして、僕たちはサルスベリの花を見に延養邸から南西にあるサルスベリの花を見る予定だった。
しかし。
「あ!あ!タンチョウだ〜!かわいい!あ〜ん、触りたい!触りたい!」
との寺島王女の言葉により、我々は急遽(きゅうきょ)予定を変更してタンチョウがいる飼育場所へ向かった。
単調のにる飼育場所は檻とかがあって、飼育小屋の体は一応なしているが、その小屋は広いし、とても清潔な場所だった。晩夏(ばんか)の日差しもあって、どこか新生でも生まれるような気分をさせてくれるような晴れ晴れとした場所だ。
それで寺島さんはえさを片手にタンチョウを誘い出していた。
「よ〜し、よしよし、おいで」
そう、寺島さんは誘い出していると、なんと、タンチョウはとつとつと寺島さんに向かって歩いてきた!
「おお!おお、いい子だね〜、よしよし」
寺島さんはタンチョウの頭をなでる。タンチョウは寺島さんの愛撫(あいぶ)を受けていた。
これは驚いた(おどろいた)。あのタンチョウがこんなふうにやってくるとは。やはり、同じ鳥だから気が合うのか?
「あ!」
しかし、タンチョウはするりと寺島さんの手を抜けた。あとはそれを名残惜しそうに見ている鶏が残された。
途中にこう言ったハプニングもあったが、僕たちは予定道理にサルスベリの花を見に向かう。時間を見ると11時45分。まあ、大丈夫だろ。レストランの料理が驚異的に遅くなければ。
遠洋邸から南西方向に伸びる道を渡って、効用の気を南に折れた床にサルスベリの花があった。渡っている中、後楽園の、のんびりとした空気が僕を包む。けっこうこういう空気は僕は好きなのだ。
「あ、わー!」
寺島さんがこれを見て驚く。まあ、そりゃあ、驚くだろう。ぼくも驚いている。
茶畑や唯心山の緑の中で一角を一面に白とピンクの色に染めているサルスベリはどこか異質に感じさせるほど、鮮やかだった。
「すごい、すごいよ!笹原君!」
「ああ、すごいね」
白とピンクの絢爛(けんらん)たる社交界に、僕達はただ踊ることしかできなかった。あまりのことに呆然(ぼうぜん)と踊らされていたのだ。
「すごいね!笹原君!」
「ほんと、異次元のように花たちのあでやかさが際立っているね」
そういいながら僕達は花を眺めた。自慢げに己が美を誇示する彼女たちを。
時間が来たので僕たちは後楽園を引き上げた。後楽園前から城下に向かう並木道の中で、寺島さんはへばっていた。主に空腹のために。
「あ〜。おなかすいたよ〜」
そう言って、寺島さんはおなかを当てて情けない声を出す。
そろそろか。
ぼくはリュックサックを背中から外して、中身の物を取り出す。
「うん?笹原君、何をしているの?」
「ちょっと、待っていてね、寺島さん。あった!」
そう言って、ぼくは中の物を取り出す。
「あ、みかん!ああ、これもらっていい!笹原君!」
「ああ、どうぞ」
寺島さんは犬のようにキャンキャン迫ってきて、こちらの同意を取るとみかんを電光石火のような早さでかすめ取り、その直後、僕がみかんに目を向けると、もう、ミカンはむき終わっていた。
「いただきま〜す。あ〜む、はむはむ。美味しい!」
そう、寺島さんはミカンを美味しそうに頬張っていた。
まあ、美味しそうにいただいてくれて何よりだ。
「ミカンの皮はここに入れて」
ぼくがそう言うと。
「うん、わかった!」
寺島さんは元気よく答えて、ミカンの皮をビニール袋に入れる。それでもう一つのみかんを取った。ぼくはそんな食い意地のパロメーターが上昇中の寺島さんに水を差すようで悪いんだけど、一言言った。
「食事の前なのに、そんなに食べていいの、寺島さん」
「あ、いいの、いいの。これは別腹なの」
そう言って、瞬く(またたく)間にミカンをむいて美味しそうに頬張る(ほおばる)寺島さん。ぼくはそんな寺島さんに別腹の意味が違うのではないか、と思った。
「ついたよ」
「あ、いかにもイタリアンていうお店だね」
確かに寺島さんの言うとうり、イタリアの国旗をあしらっている部分とか、太陽を擬人化させた物を入れている風袋がいかにもイタリアンな店だった。
「さ、入ろう」
それで僕たちは中に入る。
「いらっしゃいませ」
中に入るとそこは普通のしゃれた店だ。レッドの光に小さい店、適当に絵がが置かれている風など、ただの店だ。
「お客様、2名でいらっしゃいますか?」
男性のウェイトレスがやってきてこう言った。
「はい、そうです」
「では、お席に案内します」
それで、僕たちは席に座ることになった。ウェイトレスは水とメニューを置いて去る。僕たちはメニューを見ることにした。
「何か、いいものある?寺島さん」
そうすると、寺島さんは喜びの地下水がとうとう抑えきれなくなって、地表にわいてくるようなそんな笑みをこぼしながらこう言った。
「私?私ねぇ、実はさ。スパゲッティレストランの専門店に行ったら必ず注文する料理があるの。何か、わかる?」
「わかるわけないでしょ」
「そうだよねぇ」
ぼくが話している間に寺島さんの地下水はとても勢いが強く、量が多いようでこんこんと水が湧いてきていた。
しかし、そんな寺島さんもやがてその何かを言う。
「それはねぇ、カルボナーラなの。私、カルボナーラが大好きなの」
そう言って、勢いよく地下水が流れ出した。
「へ〜、そうなんだ。何か、以外だな。寺島さんがそんな知的な女性が食べそうものを選ぶなんて」
そう言うと寺島さんはさっきの地下水はどこへやら、背中にハリネズミのように針を生やした。
「ちょっと、どういうことかしら、笹原君。私が知的な女性ではないって言うのかしら?」
「うん、全くそうだよ。だいたい、知的な女性があんな噂(うわさ)話に話が盛り上がるか?軽薄(けいはく)な噂(うわさ)で盛り上がること自体が自分は知的ではないと言うことの証明だよ」
そう言うと寺島さんは石になった。相手の攻撃を堅く防ぐようなそんな固い石になって動かなかった。
ぼくは言い過ぎたかな、と思った。これは仲直りのためのイベントなんだから、けんかしてはいけないだろう、と普通の常識ではそう思うはずだ。そう思うはずなのだが、その常識の反対側ではこんなことが言われている。
本当にそうなのか?
…………これはどう思うべきか。友人同士が意見の違いでけんかはしてはいけないのか?そういう声だった。
普通の常識ではしょうもない有識者がなんか言っても、日本の世間的な考えではけんかはよくないことだ。
それが普通の考えだ。しかし、それは正しいのだろうか?
この事はぼくはよくないと思っていたけれど、最近、ちょっとよくわからなくなった。重松清を読み込んだせいかもしれない。
ただ、実際に友人とつきあってみて、何か重松の言うことがおとぎ話のようなそんな物語のような気がしてくる。簡単に同調する友人は信用するな、だったけれど、同調しない友人同士がつきあっていくことはそれほど楽なことではないというのがわかってきた。
噂(うわさ)話で盛り上がる女性は品位が低いと思っていたが、実際に寺島さんはそれで盛り上がっていた。それを直してもらおうと非難してみたけれど、寺島さんはそれを言われてふてくされてしまった。
このように友人と同調しないままつきあうというのは本当に難しい、とぼくは思い知らされていた。
これで、どうするべきか?このままけんかをする方向で行くか、仲直りの路線に戻るか。
ぼくは少し考えて決断した。
仲直りの方向に戻ろう。また、意見の相違があったらそのときに言えばいいんだし、今は仲直りのためのイベントだからこの話はいったん水に流そう。
「悪かったよ、寺島さん」
そう言ってぼくは頭を下げた。寺島さんはそれを見てきょとんとした。
「今日のこの日のイベントは仲直りのためのイベントなのに、これを蒸し返して悪かったよ。すまない。ぼくは意見を変えるつもりはないけど、今日一日はこの事を忘れて一緒に楽しもう。だから、さっきのことは許してくれ、頼む」
そう言って、ぼくはまた頭を下げた。
寺島さんはそんなぼくを子猫が変な動物を見るみたいにしげしげと見ていたが、やがて、ふふと笑ってこう言った。
「うん、いいよ。許しますよ。うん、そうだね、私も大人げなかったね。今日は仲直りのための物だしね、この事はいったん忘れましょう。それでいいよね」
そう言って、寺島さんはスミレのような清純な笑みをした。そして、それにぼくも同意する。
「ああ、仲直りだ」
手を差し出す。それに寺島さんもすぐに応えた。
「うん、仲直り」
それで僕たちは握手をして仲直りをした。
それで仲直り早々、ぼくはすぐさっきの話題を出した。
「それで、寺島さん、さっきのスパゲッティのことなんだけど、女性ってカルボナーラが好きな人が多いよね」
「うん、多いね。何でだろう、みんな、カルボナーラが好きだよ」
「そうそう、それで男性はミートスパゲッティが好きだよな。男がどうしてそれが好きなのかはわかるよ。ミートは肉が多く入っているし、男好みのワイルドな味だし、でも、なぜ、女性はカルボナーラなの?そこんとこがよくわかないんだけど」
「う〜ん、べつにたいしたわけではないんだと思うんだけど、でも、なんかこう言うところにくるとカルボナーラ食べたくない?」
そう言って、寺島さんはこちらに身を乗り出していった。
「言ってる意味がわからない。え、好きじゃないの?カルボナーラ」
「いや、好きだよ。カルボナーラ。でもさ、こういう店に来ると格別食べたいと思わない?」
「その、格別に食べたいと言うことがよくわからない」
それには寺島さんも少し考え込むような身振りを見せた。
「う〜ん。ま、いいや。わからないなら、わからないままでいいよ」
寺島さんはそれまで空中で身振りをしていた手をテーブルに置いた。寺島さんはどこか居心地の悪そうにしていたが、ぼくに向かってこんな事を尋ねてきた。
「ところでさ、笹原君。笹原君はどんなスパゲッティが好きなの?」
こう言うときに聞く寺島さんの表情は優等生スタイルだった。時々、寺島さんはこういう表情をする。特に知らない相手だとこの表情をするけど、寺島さんが冷静になるときもこういう表情をすると言うのがだいたいの実感としてわかってきた。
しかし、表情のことはともかく、寺島さんの疑問に答えよう。
「ぼくが好きなのは、ペペロンチーノとか、バジルとかが好きだよ。そういえばミートスパゲッティは好きじゃあないな。そういえば」
ぼくがそう言うと、寺島さんはFFが好きな少年が実はジャズを好んでいるということを知ったような顔をした。
「へ〜、バジルって、あのバジルだよね?それ、バジルだけで食べるの?」
「ああ。あと塩と」
それで寺島さんは眉間にしわを寄せていった。
「それって、美味しい?」
「ああ、バジルのあの、何というかな。バジルのよい風味が美味しいんだよ」
そう言うと、寺島さんはまた眉間にしわを寄せていた。
「どうしたの?寺島さん」
「い、いや。何というかな、笹原君には勝ててる!っておもったのになんだか一つ負けた気分がするよ」
「何が?」
なんか、寺島さんが妙なことを言い始めたな。しかも、なんだか落ち込んでいるし。
「何だよ、食べ物の好みで負けたか勝ったとかはないでしょう。なにいってんの」
しかし、ぼくの言葉に寺島さんはこう反論した。
「いや!いや、違うよ。だって、私、バジルを食べれる女性にあこがれてるもん。バジルを食べれる女性ってなんか高級な感じがしない?そんな女性になりたいんだよ」
「言ってる意味がわからない。そんなになりたかったら食べればいいじゃない」
そう言うと寺島さんは指をもじもじさせながら言った。
「いや〜、でも、バジルって味がないじゃない。なんかさ、食べても美味しくないというか。だから、食べてもつまらないというか。だから食べるのは難しいんだよ」
「なら、食べるなよ」
ちょっと、この女はアホなんじゃないのか?美味しくないなら食べなければいいだろう。
ぼくがそう思っていると、寺島さんは両手を動かしながら、こう言ってきた。
「いや!いや、違うよ!この、バジルを食べれる女性のあこがれる気持ちよ。私は食べないけど、それがあるの。この気持ちわかる!」
「わかるわけないよ。なにいってんの。そもそも、何でバジルを食べれることにこだわる?確かにバジルを食べることができる女性は高級だと言うことは少しはそう思う。でも、食べ物のことなんか気にしなくていい。そんなところを男は見ていないし、どうせもいい問題だ」
そう言うと寺島さんはポップコーンがはじけるように、感情を高ぶらせてこう言った。
「男はどうでもいいよ。重要なのはバジルを食べれる女性は一段上の女性で、私がそれをできないことに落ち込んでいるの。また、言うけどわかる?この微妙な乙女心!」
はぁ。なんだか、この女は。
とりあえず、ぼくは寺島さんの話の中で疑問に思ったことをいった。
「なあ、寺島さん」
「なに?」
ぼくが呼びかけるとイノシシが角を相手に見せるかのような威嚇(いかく)を寺島さんがしてきた。しかし、ぼくは構わず言う。
「なあ、寺島さん。寺島さんはそのバジルを食べれる女性は高級だと言ったけど、それってほかの女子に確認を取ったの?それって、寺島さんだけの思い込みなんじゃないの?」
そう言うと寺島さんが顔を真っ赤にして昂然(こうぜん)と牙をむいてきた。
「なに、いってんの!そうに決まってるじゃない!そうだよ、そうに決まってるよ。みんなそう思ってるはずだよ!」
「そうかな?それは寺島さんの思い込みのせいだと思うんだけどな」
ぼくがそう言うと、寺島さんはふぐのように膨らんで、ぷいとよそを向いた。
はぁ、やばい。当初の目的の仲直りから段々ずれてきてる。仲直りするつもりだったのが、どんどん仲直りが遠ざかっていく。
そう、仲直りだ。それが目的なはずだ。こうなったら、軌道を変えるか。
ぼくは努めて明るい声を出して、寺島さんに話しかけた。
「そういえば、寺島さん。メニュー決めた?」
「うん。カルボナーラって言ったでしょ」
そう言うと寺島さんは針を出した。
う〜ん、とげがあるな。
簡単には仲直りができなさそうだと言うことを感じながら、ぼくはやはり軌道を変えることにした。ボタンを押して店員を呼び出す。
「はい、ご注文がおきまりでしょうか?」
「ええ、カルボナーラと木の実のペペロンチーノを下さい」
「はい、かしこまりました。では、しばしお待ち下さい」
それでウェイターは去っていった。
「寺島さん、料理が楽しみだね」
「ええ、そうね」
不機嫌(ふきげん)なクマゼミの声が一つ、一つのテーブルに響いた。
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