第34話34
がたんごとん、がたんごとん。
寺島さんと二人で電車に揺らされながら、ぼくは寺島さんに今後の予定を言う。
「寺島さん、今日の予定を言います。まず、岡山駅に着いたら、バス乗り場に行って、後楽園行きのバスに乗ります。今は9時半だから向こうには10時20分頃には到着するだろう。そこで1時間ぐらい散策して、帰りのバスで城下におります。城下の近くのイタリヤン店に行きます。そこで昼食を取って、シネマクレールに行き、15時に上映される映画を見ます。そのあと17時ぐらいになるから、メルパの近くにある、ゲームセンターに行って、遊んでそのあと帰る。今日の予定はこう言うものです。わかった?」
こくり。
寺島さんは頷いた。僕はそれを見て。
「よし、ならいいか。あとは今日はめいっぱい遊ぼう、寺島さん」
そうぼくは明るく言ったが、寺島さんは……。
「うん」
と、こくりと頷いただけだった。
ぼくはまだ仲直りに乗り気ではない、寺島さんを見て肩に石が乗っかったような重荷を感じた。まだ、仲直りする気はないのか。というより、これからのことを考えるとクラゲでにもなったような倦怠感(けんたいかん)を感じる。体が弛緩(しかん)してとにかくだるい。
しかし、それをぼくはたたいてへこませる。何とか、このイベントを成功させないとな。
「ああ、あと、映画なんだけど、今ある映画って、メルバの『海蛸(うみたこ)』か、シネマクレールの『ローラーファイト』か、どちらがいい?。ちなみに『海蛸(うみたこ)』が感動ものみたいだし、『ローラー』は一人の少女の成長物語、かな?」
寺島さんはふふ、と微笑みを見せた。それはよく女性がする、人を幼子に例えて、自分は上から見てダメな子を笑うという、あの笑みだった。
「どうしたの、寺島さん?」
「ふふ、何でもないよ」
そう言って、寺島さんがふふ、と笑っていた。
「あ、私、これにする。『ローラーガールズダイヤリー』」
「うん、わかった。それは15時20分開演だから、後楽園には少し長い時間いられるか?と、まあ、そんなところで、寺島さん」
改めてぼくが言うと、寺島さんがいきなり改まった空気になったことでびっくりしているようだった。それに構わず、ぼくは言う。
「今日は一日よろしく。二人で一緒に楽しめるイベントにしよう」
そう言ってぼくは寺島さんに手を差し出した。寺島さんはぼくと手を交互に見ていたが、やがて得心したように頷き、微笑んで(ほほえんで)こう言った。
「うん、こちらこそ、よろしく笹原君」
そして、僕たちは朝の燦々(さんさん)とした光の大翼の中で握手をした。
「ついたね、笹原君」
「ああ」
バスを降りて、後楽園前に来た僕たち、晩夏(ばんか)の日差しが容赦なく僕たちを炙っていた。
「まあ、いいか、行こう寺島さん」
「うん、そうだね」
それで僕たちは歩く、後楽園前の石橋を渡って、僕たちは後楽園の前に来た。
「うう〜、暑いね〜、笹原君」
「うん、そうだね、寺島さん。でも、さっきは並木道だから日よけができたけど、今度はもろに日差しがくるから、もっと暑くなるよ」
そう言うと寺島さんは舌を出してこう言った。
「げー」
色気もへったくれもない姿だった。
「はい、これ」
そんなゾンビとなろうとしている寺島さんにぼくはある物を差し出す。
「?」
「緑茶とレモンティーのどちらがいい?」
ぼくは緑茶とレモンティーのペットボトルを取り出してこう言った。
「あ、これさっき買ったやつね」
「ああ、そうだよ」
岡山駅に到着したとき、あらかじめペットボトルを買って置いたのだ。寺島さんはそのお茶を見て、少し迷ったがほどなく選んだ。
「う〜んと、これ!」
少し寺島さんは迷っていたようだが、すぐに飲むものを決めたようだった。
「え〜と、レモンティー?」
「うん!」
そう言って元気よく頷いたあと、リスのようにとさくさとのみはじめた。
ぼくも緑茶を飲みながら、後楽園で寺島さんが喜んでくれるといいのだがな、と思った。
入園料を払った僕らはまず、延養邸に行く。一応ここには12時には切り上げるから、延養邸に言ってサルスベリの花を見るのが予定なのだ。
「わー!わー!わー!」
蝉(せみ)になった寺島さんを見ながら延養邸に眼を転ずる。そうしたら、やはり、その雅なただずまいに目を奪われる。
刈り込まれた芝と小川のある古風な建物がそのわびさびをよく感じさせる。そこに丸く造形された庭の小さな木が絶妙なアクセントを入れる。
「すごい、すごいよ、笹原君。すごく、これきれいだよ!私、後楽園にはこれが最初だけど、すごくいいよ!このわびさびを感じさせる雅な感じが私の中に眠る古代の日本人の深層意識を呼び起こさせるよ!」
うん、だけどね、寺島さん。寺島さんがそんなつばをまき散らしながら大声で叫んでる時点で雰囲気がぶちこわしだし、わびさびが日本に生まれたのは戦国時代だし、この庭園が完成したのは近世なんだけどな。
と、まあ、そういう突っ込みがぼくの中に生まれたが、ぼくは優しいので言わないでおいた。なんて優しいだろ、ぼく。
「寺島さん、家の所に行く?それとも、ここら辺うろうろする?」
ぼくがそう言うと寺島さんはこう断言をした。
「いや!ここにいる!もっと、ここを見てみるね」
そう言って、寺島さんはひょこひょこ庭を闊歩(かっぽ)し始めた。
僕は寺島さんを見た。遠洋邸にある庭の周りを角度を変えるために移動したり、しゃがんだりする寺島さんを。
最初にあったときとはだいぶ印象が変わってしまった。この春にあったときには礼儀正しくて知的で茶目っ気のある。言うなれば、ぼくの理想の女性だったのに、友だちになればただの鶏だった、寺島さんは。
しかし、今まで友だちなんていなかったぼくにできた最初の友だちだ、寺島さんは。彼女がいなければ、今年も悲惨(ひさん)の高校生活を送っていただろう。そういうことを考えると、夢が壊れることは仕方のないことかな?
まあ、そうだな。それは仕方ないな。だって、ねえ、一人の友人がいない高校生活なんていやだからな。
「笹原くーん」
寺島さんがこちらにウサギのような身振りで駆け寄ってくる。彼女、女子の中ではかなり背が高いのに言動一つ、一つが愛嬌(あいきょう)を感じさせるのだ。
でも、中身は鶏(にわとり)だけどな。
「笹原君、次に行こう。ここ、もう見終わったから」
「ああ、わかった。次はサルスベリの花を見に行こう」
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