第27話27
というわけで僕たちはカラオケにやってきた。僕らと寺島さんの女友達4人ほど引き連れて、ぞろぞろとチューブに入っていった。
僕たちは4人用のルームを二つ借りてルームに入っていった。寺島さんとその女友達たちと、僕たちが別れたのは言うまでもない。
ぼくは入る前にさっさとジュースでも飲みながら、真部の歌声を聞いていた。いや、聞いているふりをして別のことを考えていた。
今朝の出来事。突然の休校と、まだ登校していない波田(はた)さんのこと。
これらは関連があるのか?
もし、これらが関連があったならぼくはどうすればいいのか?まだ、この事が自分の中で整理がつかない。もし………。
もし、波田(はた)さんがいじめが原因で自殺したら、ぼくは明日からどうやって日の当たる場所を歩いて行くことができるのか?
本当にどうしようか。
ぼくがそんなことを考えていると、今度はフレイジャーが歌い出した。
僕はそれを冷めた目で見て、ドリンクをマグカップに切り替えるべく席を立った。
真部とフレイジャーとぼくがルームにいるとき、ぼくはあることをじっと待っていた。どうしてもそれを話したいがためにこのカラオケに行くことを提案したのだ。
と、そのとき、歌を歌い終わった、直後の真部が手をあげてこんなことを言ってきた。
「あ、すまんが、俺はお手洗いに行ってくる」
やっと、この時が来た!
真部が立ち上がってルームから出て行く。真部が出て行ったすぐに、ぼくはフレイジャーに接近してこう言った。
「なあ、フレイジャー。話をしたいんだけど、いいかな?」
そうぼくは言った。フレイジャーもそれがわかっていたのか、もうすぐにカラオケを一時停止にしていた。
「ええ、いいわ」
フレイジャーが了承してくれたのですぐ、ぼくは言った。
「なあ、フレイジャー。まず、今朝のことの意味は?」
それにフレイジャーがよどみなく答える。
「別にたいした意味じゃないわ。ただ、一人よりは二人になった方がいじめられる危険性がなくなるだろうと思って、あなたも私についた方がいじめられる危険性は少なくなるわよ」
フレイジャーは何事もなくそう言った。ぼくはうすうすこう言うことに気づいていたので、特に驚くことはなかった。言うなれば、これはただのジャブでストレートはこれからだ。
「なあ、フレイジャー。今朝の休校のこと、どう思う?あれってやっぱり……………」
そう思ってぼくはそのあとの台詞(せりふ)のことをためらった。ぼくは言霊(ことだま)という物を信じていないが、この言葉を言うことにすごくためらいを感じていたのだ。これはいうなれば、彼岸(ひがん)の言葉だった。賽(さい)は投げられた、という物に似ている。ただ、賽(さい)は投げられた、は政治状況を言っただけで自分のあり方が変わるという物ではない。これを言うと自分の何かが変態する。それはどういう物になるかはわからないけど、以前の自分とは違う物になる。そんな気がする。
いうべきか言わないべきか。言わなかったらいつもの日常に戻れる。確かにちょっとごたごたがあるかもしれないが、それは昔あったこと、といって笑ってすませれる、普通の人になれるような気がする。しかし…………。
しかし、これを言うともう以前の自分には戻れない。此岸(しがん)から彼岸(ひがん)への三途の川を渡って行かなくてはならない。そのような漠然としたどす黒い闇を背負わされてる気がした。
フレイジャーが横目でぼくを見ている。その目にはおまえにはもう、話すことはないのか?ということを語っていた。
ぼくはすぐに決心した。もう、彼岸(ひがん)に渡ろう。というより、今までがおかしかったのだ、今までが特におかしかったのだ。今までぼくはいったい、何をしていたのだろうか?
波田(はた)さんのいじめを見過ごして、それで夏休みを遊びほうけていた罪が今、ぼくに向かって押しつぶそうとやってくる。いったい、ぼくは何をやっていたのか、そんな自分の日和見(ひよりみ)主義という悪の芽に、良心の水がじわじわとしみこんでいき、自責の念という化学反応を起こさせる。
とにかく、言おう。そして、何かを変えよう、そう思いぼくはフレイジャーにこう言った。
「なあ、フレイジャー。今度のこと、波田(はた)さんの自殺と思うか?」
ぼくはそう、ぶっちゃけた。それにフレイジャーは表情を動かさずにこう言う。
「ええ、そうね。常識的に考えてそうだわ。ただ、もう何通りか考えられるのは、波田(はた)さんが自殺しようとして、それを失敗したのか家族がたまたま見つけたかで、自殺未遂になったか、それでも休校という具合だから重傷というのが考えられるわね。あとは、彼女が行方不明になったか」
「行方不明って?」
「行方不明は、行方不明よ。彼女が何らか置き手紙をしたか、しなかったかわからないけど、とにかく、突然どこかに行ったんじゃあないかしら?」
フレイジャーはそう言った後、仕切る言葉を言う。
「とにかく」
「とにかくよ。彼女がたぶん何らかの事件を起こしたというのが、そう言うのがすごく考えられるわ。というより、やはり、彼女以外でほかに考えられるとしたら、ほかのクラスの生徒が何らかの大事件を引き起こしたか、もしくは事件に巻き込まれたか、というのが私の推理だわ。それぐらいしか考えられることはないでしょう?」
そう、フレイジャーは言い切った。確かにそれはぼくも同じ考えだ。
それでぼくは次のことを聞きたかった。
「それでフレイジャー、これからどうすればいいと思う?」
そうぼくは渾身のストレートを放つ。ただ、これには予想もしないカウンターを食らう羽目になった。
「どうすればいいって、何が?」
?
最初に浮かんだのがそれだった。僕はフレイジャーの顔をまじまじ見る。フレイジャーもぼくと同じような、顔に疑問がついている眼をしていた。
「いや、だから、人が一人死んだ可能性があるんだよ。それなのに、なにもしないというわけにはいかないだろ」
「?なぜ、それを私が何かしないといけないわけ?別に何かしないといけない理由がわからないわ。あなたに問うけど、死んだのは私と関係がない人よ。それをなぜ、私が関わらないといけないわけ?」
「いや、関係がないというわけにはいかないだろ。だって、クラスメートが死んだんだよ。関係はあるよ」
「いや、だからクラスメートでしょ。私にはなにも関係がないわ」
何かが自分たちの間で決定的にずれている。プレートのずれのように動いていながら、少しずつずれが起きてるような、そういう物をぼくは感じた。
今のぼくならこれはすぐにわかるのだろうが、当時のぼくにはわからなかった。フレイジャーの考えが。
「それは……………」
がしゃ。
と、また言葉を言おうとしたところで、ルームの扉が開いた。真部が出てきたのだ。
「よう、歌っているか?………って、歌っていないじゃないか!?どうしたんだ?」
画面の一時停止を見て真部が言う。それにフレイジャーは何でもないような口調で言った。
「何でもないわ。笹原と今朝のことで話し合っていたの」
僕は瞬時にフレイジャーを見た。が、よく考えてみれば、いじめのことはほかのクラスにはばれていないので、普通の会話のようにしか聞こえないはずだ。
「そうか、それで、どんな結論が出た?」
「ええ、それはたぶん学校の生徒が大事件を起こしたか、何かの事件にあったか、それ以外には考えられないと言ったわ」
それに真部は肯いた。
「ふ〜ん。俺もそういう風に思う。そうか、それ以外しか考えられないよな。それでもう俺らができることはないはずだ。あとは学校の連絡待ちだ。俺の結論はそういう物だ」
「ええ、全く同意見だわ。私たちにできることはないわ。だから、私は今は遊んでいることでいいと思うの。だから、歌うわね、笹原君」
フレイジャーはぼくにそう言って、カラオケの一時停止をオフにして歌い始めた。
僕はそれを見ていた。フレイジャーを。彼女は何なのか?本当に人なのか?そう僕は思いながら宇宙人を見るように彼女を見ていた。
「どうしたんだ?」
振り返ると真部がぼくを心配そうな目で見ていた。
「うん?別にどうもしないよ」
ぼくは何でもないような様子で言ったけど、真部はそれを聞いてもまだ疑問がぬぐえないらしい、さらにこうつづけて聞いた。
「しかし、今さっきおまえ、キャサリンのことを不思議な動物でも見るような目で見ていたよ」
それにぼくはびっくりした。フクロウがいた。そのフクロウはぼくのことを少し見ただけでだいたいの事情がわかってしまうのでないかと思うほど、鋭い観察眼だった。
フクロウが大きな目を瞬かせ、また言う。
「どうした?一樹?」
「い、いや、何でもない。あ!そうだ!コーヒーがなくなってるからドリンクバーに行ってくるよ!」
そう言って、ぼくは席を立った。そうして、ドアに手をかけたとき、後ろから真部の声がぼくの背中に投げかけられた。
「待て、一樹」
振り向く。そうすると真部が何かを探るような眼をしていた。
「おまえ、何か、隠してないか?」
ぼくは冷静に言わなければならなかった。だから、素っ気なく言う。
「なにも隠してないよ」
「しかし」
「真部、何が変だというのさ。僕がフレイジャーを見る目が変だというのか?でも、ぼくはまだ、フレイジャーとまだ友だちになっていないし、フレイジャーのことがよくわからなくなるときがある。その考えがまだわからないから、注意深く見るだけのことだよ。それだけ」
「ふむ」
真部が考えるような目つきをしていた。ふと、フレイジャーのほうを見ると、その瞳にはすべてあなたに任せるということを言っていた。
「笹原」
「うん?」
真部がぼくの話に疑問を覚えたことがあったのか、顔を前に上げてこう言ってきた。
「笹原は、キャサリンの考えがわからないといったな。それはどこがわからないのか、それでそれをどこでそのわからないことを知ったのだ」
真部はいいところをついてきた。ただ、ここでばれしちゃあ問題がないので頭を振るに活動させ、普段道理に答える。ただし、後で冷静考えると真部には相談してもよかった、と思ったのだが、だが、当時はなんとしても隠さねば、と思っていたのだ。
「どこで知ったかは学校だよ。学校でフレイジャーが人となれ合わない態度を見て疑問に思ったんだ。特に自分の役目を果たせば、他人が掃除とかで困っているのに手を貸さない態度を見て疑問に思ったんだ。それだけのことだよ」
ぼくは普段道理の表情を使って素っ気なくそう言った。それに真部も一応納得してくれたのか、ひとまずわかった、といった。
「疑って悪かったよ、笹原。まあ、わかったよ。一応、疑問はしまっておく。この話はこれでひとまずおしまいだ。でも、もし、また何か不審なことがあったら、また聞くから」
さすがに真部は手強いな。ぼくはそう思った。できれば、もう聞かないでくれてる方がいいんだがな。しかし、ぼくはそんな心の内面を表面に写さず、頷いた。
「じゃあ、ぼくは飲み物次いでくるから」
「ああ、言ってこい」
そう言ってぼくはルームから出た。フレイジャーが歌っているジャイアントパワーの曲を背中で聞きながら。
僕たちは会計を済ましてキューブから出て行った。さすがに八人ともなると金額がすごかった。でも平日と言うこともあって、一人一人だと何とか払える額だ。まあ、何はともあれ、終わった。いや、終わっていない、ぼくの中ではちっともこの事件は終わっていない。
もし、波田(はた)さんが自殺をすればどうなるんだろうか?そのことを聞いた瞬間からぼくの生活の根本が変わってしまうだろう。
魔の時間の始まりである夕刻を見ながらぼくはそう思った。
まあ、そう思っても、今は家に帰ろう。そう思い、ぼくは駐輪場と呼べないほど、小さな自転車置き場に自分の自転車を取ろうとした。
それで見るとぼくの自転車のそばに寺島さんの自転車があった。ぼくの自転車の左側にあるのだな。ぼくは普通に取ろうとしたが、しかし、ぼくが前に出るよりもイタチのようにすばしっこい影がぼくの前を横切る。
しゅた!しゅたたた!
「やあ、今日はありがと、ねぇ、みんな。今日は楽しかったよ」
「私たちも楽しかったよ、美春ちゃん。また今度もいっぱいおしゃべりしようね」
「うん、そうだね。やっぱり友だちは女性同士に限るね。どこかの偏狭(へんきょう)な男子じゃあ、やっぱり友だちにはなれないよ」
イタチはおしゃべりな狸(たぬき)と一緒に帰って行った。
「ねえ、笹原。あなた美春とけんかしたの?」
さっきの美春の行動を見ていた、フレイジャーがそう聞いてくる。ぼくは考えるが、何だろう、最近波田(はた)さんのことしか考えてなかったから、何かあったか?
「あ!ああ」
思い出した。そういえば、噂(うわさ)のことでちょっと言い合いをしたな。
「思い出した?」
フレイジャーがぼくの目をのぞき込むように聞いてきた。
「ああ、思い出したよ。そういえば、ちょっと言い争いみたいな物をした」
「ふ〜ん」
ぼくがそう言うと、フレイジャーはいつもみたいに眼を細めて、冷静な観察眼を持ってぼくを見てきた。
それでまたフレイジャーには似合わず、少し口ごもるようなことをしながらこう言ってきた。
「ねえ、笹原。あなたにお願いがあるんだけど、美春のことなんだけど、彼女と仲直りして欲しいのよ。なぜかって言えば、口に出すのは難しいけど、美春にとってあなたが必要だと思うから仲直りして欲しいの。
美春にとってあなたは必要な存在だわ。美春には男友達がいるし、真部もいるけど、でも、あなたが必要なのよ。美春にとってほかの男友達はそんなに仲良くないし、真部は幼なじみだし。幼なじみってそれはそれでいいのだけれど、でも長年一緒にいる分、お互いのことがわかっているからダメなのよ。
それだと、美春にとって新しい他者との出会いではないわ。幼少の頃から知ってる幼なじみもそれでいいのだけど、あの子のさらなる成長のために恋人ではない、新しい、ほかの男友達が必要なの。笹原君。だから、あなたには美春の友だちになって欲しいのよ。お願いできるかしら?」
そうフレイジャーは言ってきた。なんだか意外だった。フレイジャーがそんな風に友だちのことを気にかけるなんて。
「俺からも頼むよ」
今度は真部もそう言ってくる。
「美春には長年つきあってきてるけど、あいつにも、違う男の友だちが必要だ。やっぱり、同姓だけでつきあっていくと視野が狭くなるからな。フレイジャーが言ったとおり俺たちだと何でもわかるから新しい発見はないんだ。
だから、おまえが必要なんだ。今回のことでもだいぶ美春が自分とは違う考えを持つ人にだいぶ揺らいでいるからな。こう言うことはこれっきりにするんではなくて、もっと長い時間にあいつを揺らす必要があると思うんだ。だから、友人にやってくれ」
そう言って、真部はぼくの肩をぽんとたたいた。真部とフレイジャーの言いたいこともわかった。ただ………。
ただ、ぼくには波田(はた)さんについても考えなくてはいけない。寺島さんだけに構ってはいけないのだ。
ふと空を見ると、ドス黒い闇が自分の光をどこまでも吸い込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます