第26話26

 ぼくはフレイジャーと一緒に寺島さんと真部のクラスを見て回った。そこで二人と何とか合流する。

「ひやー。大変だったね、笹原君とリンちゃん」

「ああ、そうだな。それよりも詳しい話はあとで話そう。まず、ここからでよう」

「ええ、そうね」

 それで僕たちは下駄箱に行こうとしたが、その前階段で人だかりができていた。

「人がたくさんいるな」

「うん。そうだな。どうしよう、出れんよ、これでは」

「そうね」

 人だかりからはみんなの話し声がたくさん聞こえる。ただ、すごく話しているため周りは全然進んでいない。それを見ていると芋虫(いもむし)の大群みたいにぶよぶよとした物に見えて仕方がなかった。芋虫(いもむし)たちが周りの迷惑を考えずにただ、噂(うわさ)話の卵をぶよぶよ産んでいく。

「はあ、出られないや。どうしようか?これから」

「どうするのもなにもでれないし、ここを脱出できたらどうする?」

 ぼくの言葉にやはり寺島さんが飛びついてきた。

「はーい。チューブに言って部屋を予約しよう。それでこの事件の真相を語ろうよう」

 その言葉に真部とフレイジャーが相次いで言う。

「却下だな」

「ええ、却下よ」

「ええ、なんでー!」

「噂(うわさ)話なんて低俗なことやめてよね。そういうことをやるから女性が馬鹿だと思われるのよ」

「そもそも、噂(うわさ)話なんて知的な人がする物ではない。あんまし、こういうのはやりたくないしな」

「ええー!でもー!」

 二人の意見になお寺島さんが抗議をしようとした。だが、その前にぼくは言うべきことを言わなければならなかった。

「寺島さん」

「ん?」

 寺島さんが振り向く。

「そろそろ後ろのほうも詰まってきた」

 ぼくの言葉に寺島さんは振り向く。後ろのほうにもだんだん人が来てプレッシャーのように段々こちらをプレスしてくるのだ。

「ぎゅうぎゅう詰めになるから手を握ろう。真部もフレイジャーと手を握っておいた方がいい」

「わかった」

 そう言って真部はフレイジャーと手を握っているところが見えた。段々すし詰めになっている状態の中でぼくも寺島さんに手を差し出して、言った。

「さあ、寺島さん。僕たちも握ろう」

「あ、うん。……そうだね」

 寺島さんは初めてワックスを使う人のようにおずおずとぼくに手をさしのべてきた。

 ぼくはその手をつかんだ。そうすると寺島さんはサウナから出た人のように顔を真っ赤にしながらうつむいていた。

「寺島さん、恥ずかしがってる場合じゃないよ。たぶん、ここからは地獄だよ。気を抜いてるとつぶされるよ」

 それに寺島さんも気を抜いた笑い方をした。

「あは、そうだね、わかったよ。軍曹!指令を下さい。寺島2等兵は何をすればいいでしょうか?」

 寺島さんもようやく本領発揮をしてくれているようだ。

「じゃあ、2等兵に指令を出す。まず、敵陣に飛び込み我が軍の捕虜、通称2等兵の靴(くつ)を奪還し、そのまま、2等兵はこの戦闘区域からの離脱をしてくれ。私は自分の捕虜の奪還に向かう。合流地点はここを見える安全なところに逃避してくれ、そこがダメなら校門の所に行ってくれ」

「軍曹!そんな私には軍曹を見捨てて逃げることはできません!私は軍曹のそばについていきます。死ぬときも一緒です!」

 寺島さんは段々乗ってきたな。僕はそう感じながら、このままノリで一気にここを突破しようと思った。

「馬鹿者、二等兵!いいかよく聞け、我々軍人は国家のために捧げた(ささげた)命、その命は散らすことは惜しくはない。だがな!部の隊長は部下の命を守る責務(せきむ)も同時にあるのだ。2等兵、今回の作戦が終了したら2等兵の存在は用なしだ。わざわざ、無残(むざん)に散らす命ではないだろう。いいか、2等兵。2等兵にもし人情という物があるならば、私に隊長の責任を全うさせてくれ。わかったか、2等兵」

 そう言って憂愁(ゆうしゅう)の隊長風な微笑みをした。それに寺島さんはまた過剰に乗ってきた。

「隊長。私2等兵は猛烈に感動しております!まさか、隊長にそのような思いがあったとは!私は今自分の不明を恥じております!」

 そう言って、寺島さんは大げさのポーズをしたいらしいのだが、もうもみくちゃにされて、そんな物はとうにできないのだ。

「して、2等兵。捕虜の場所はどこだ?」

「あ、あそこです」

 ぼくは寺島さんが指さした方向に向けて体を押し出した。

「行くぞ、2等兵。しっかりついてこい」

「はい、軍曹!」

 それで僕たちは寺島さんの下駄箱に向けて突撃をした。




 前後左右不規則の乱気流が僕たちを押し流そうとしている。僕たちは寺島さんの下駄箱に行こうとしているがなかなかいけれていない。

 僕たちの前に立ち塞がる(ふさがる)のは人の波、カオスじみた人風の渦。その一つ、一つの風が狭い牢獄の中で暴れ回る。僕たちが行きたい場所に向けて進めない。僕たちを吹き飛ばそうとしている。

 それでも、僕たちは行かなければならない。他の風が僕たちの進路を曲げようとしても。

 しかし。

 今日のあの出来事はやはり、波田(はた)さんに何かあったのか?今日、波田(はた)さんは登校していなかった。それはクラスの中で一人席を空けていたから間違いない。波田(はた)さんの不登校、そして、突然の下校。波田(はた)さんの身に何かあったとしか考えられない。

 ぼくはそこまで考えたが、やはり、それを振り切った。

 今はここを脱出することを考えよう。

 そう思い、ぼくは妖怪の百鬼夜行(ひゃっきやこう)の群れへまた一歩足を踏み出した。




 ぼくは何とか、寺島さんを下駄箱の前に行かせ靴(くつ)を履かせた。

「さあ、いけ、二等兵。おまえだけでもこの戦場から生き延びろ」

「軍曹!自分は!一生この事を忘れません!軍曹も気をつけて!」

 僕たちは一通り猿芝居をやって、別れた。寺島さんが波に押し出されながら何とか、前に向かって進んでいるようだった。ぼくも強烈な肉の逆風に遭いながら自分の下駄箱に向かって突進をした。




 はぁ、やっと出られた。

 ぼくは何とかここを脱出することに成功した。人の放水の波に押し出されてここから脱出できた。

「笹原く〜ん」

 寺島さんが手を振ってこちらにやってきた。

「ねえ、笹原君は大丈夫だった?」

「ああ、大丈夫だったよ。みんなも大丈夫だったか?」

 ぼくがそう聞くとフレイジャーも真部も頷いた。都合よくみんなが集まってよかったな。

「じゃあ、これからどうする?みんな」

 そうフレイジャーが聞いた。

「はいはい!珈琲(こーひー)館に言ってこの事件の真相を話そうよう」

 そう、寺島さんが手をあげてそう言った。

「また、そんなこといって。噂(うわさ)話は一人前のレディがやることではないわ」

「ええー、でも、気になるじゃ〜ん」

 そう言って寺島さんは口をとがらせえた。フレイジャーはそれを見てあきれたようにため息をつく。

「あなた、一人前のレディになりたくないの?やめてよね、こういう子供っぽい物、やめて欲しいんだけど、私は」

 それに真部も。

「キャサリンもそう言ってるし、俺もそんなことを話したくないから、それをやめて欲しいと思っている。どうだ、やめてくれないか?」

 そう真部が言った。寺島さんはほっぺたを含ませながら、でも〜、といった。

「でも、気になるでしょ!?」

「気にならない」

「気にならないわね」

「うん、気にならない」

 僕たちはそう言った。それに寺島さんのは愕然とした表情でこちらを見た。

「嘘……。これ、気にならないの?」

「いや、そんなに、まるでこちらが真人間でないような口ぶりで言わないで欲しい。反論を言わせてもらうと、確かに気になるけど、今情報がまずないでしょ?それに僕たちはジャーナリストじゃないし、これを調べることはできないし、こんな情報がない中話すことと言ったらただの妄想だよ。そんなのは有益じゃないし、噂(うわさ)話はことによると人を傷つけるし、これはやってはいけないことだとぼくは思うよ」

 そうぼくは言った。しかし、敵は手強かった。ぼくの話の結論を無視してこんなことを言ってきた。

「もう、笹原君はわかってないな。あのね、そうやって妄想しながら話すのが楽しいんだよ。それでどんどん話が広げながらあれやこれを付け加えるのが本当に楽しいのよ。それが醍醐味(だいごみ)なの」

 そう寺島さんは手をこちらに向かって振りながら言った。

 この女どうしようもないな。

 そうぼくは一瞬(いっしゅん)思ってしまった。いろいろとかわいいところもあったけど、この女は人としての根幹なところで腐っているような、そんな気が一瞬(いっしゅん)、僕の心のフィーリングに現れた。

「じゃあ、どうするか。美春以外は噂(うわさ)話をしたくないと言うし、美春はそれをしたいと言うから、どうする?みんなで美春につきあうか、それとも別れるか?」

 そう、真部が提案してきた。全員海底に住む貝のようにじっと沈黙していた。ぼくはその沈黙の海で浮上を試みる。

「あのさ、考えてみたけど、今朝のことが起きてほとんど本を読む集中力もなくなっているから、チューブにいかないか?つまり、こういうことだ。


 部屋を2室借りてカラオケをする人はそれをして、噂話をしたい人はそうするって言うのはどうだ?」

 そう言ってみた。それに二人も肯定的な涼風を吹かせていた。

「ふむ、まあ、ここで立ち話も何だから、まあ、いってもいいけど、どうする、キャサリン?」

「私はどうしようか、まあ、いいかな。噂(うわさ)話にはのらないけど、ここで立っていてものどが渇くし、飲み物があるところならいいでしょう。よし、みんなでチューブに行きましょう」

「やったー!ありがとう笹原君!君のおかげでいっぱい話することはできそうだよ!あと、みんなに送信してっと…………」

 寺島さんは女友達対になにやらメールを送信しているようだった。ぼくは自転車を取りに寺島さんに背を向け歩いていたら、いきなり背中に衝撃が起きた。

 振り返ると満面の笑みをした寺島さんがこちらに抱きついてきたのだ。

「笹原君。あのね、私今すごくあなたに感謝の思いで胸がいっぱいなの。今日は何でもおごってあげるよ」

 そう言いながら、寺島さんはぼくの右腕に腕を絡ませてきた。ぼくは寺島さんが腕に絡ませ来たのを自分の心の表層はうれしかったけど、もう一つの真相の部分はそれを冷めた目で見ていた。

「寺島さん、そう言ってくれるのは大変、うれしいけれど。でも、ぼくは噂(うわさ)話に興ずる女性は嫌いだよ。こういう噂(うわさ)話はチューブのときだけにしといてくれ」

 ぼくはそう言った。それに寺島さんは今まで春爛漫(らんまん)な桜並木の中を気持ちよく騒いでいたのが、一変して、甘い見通しで社会人に入った新入社員が、世間の荒波にもまれたときのような幻滅した表情をした。

「わかっています、わかっていますよ!ええ、しない。学校ではこんな事話しませんよ!それでいいでしょう!」

 猫に逆襲(ぎゃくしゅう)したネズミがぼくの胸を歯で貫いた。寺島さんがそういうことを言うとは思わなかったので何だろう、鼓動がどくどくする。ネズミに逆襲(ぎゃくしゅう)された猫はそのネズミのことをまた襲うのだろうか?

 いや、それは否だ。猫は襲わない。というより、そのネズミのことを怖がるのではないだろうか?

 ぼくはそう思いつつ、胸に抱えた恐怖に布をかけてこう言った。

「ああ、カラオケで全部言い切れよな」


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