第24話24
「それじゃあ、おまえ達、また明日学校で」
「おーす!また、明日ね」
「ああ、また明日」
「ええ、明日あいましょう」
僕たちは挨拶(あいさつ)をしながら真部の家から出て行った。ぼくは自転車のロックを外して、自転車をこぎ出す。赤色に染まった夕暮れがこの日の最後の輝きを発してるようだった。
「じゃあ、ばいびー!リンちゃん」
「じゃあ、また明日なフレイジャー」
それで僕たちが帰ろうとした。今日もいい一日だった。明日もこんな日が続けばいいと思っていたときに、一つの声がぼくの所に届いた。
「待って!笹原」
振り返るとフレイジャーがぼくを見ていた。
「あの、ぼくに用ですか?」
あのフレイジャーがぼくを呼ぶことに何となく信じられなかったので一応確認してみる。
「ええ、そうよ。あなたよ、笹原。あなたにちょっと聞きたいことがあるわ。いいかしら?」
「まあ、いいけど」
別に断る理由がなかったので了承した。でも、それを了承をするとまた、この関係は別の観点から見るやつがいてそれがぼくを辟易させてしまったのだ。
「やったじゃん、笹原君!これで君も恋人ができたね!」
寺島さんはさっきまでは帰っていたのに、いつの間にかフランクにぼくの首を絡ませてきて拳で胸をたたいてきた。
「3000%あり得ない。寺島さん、あらかじめ言っておくけどたぶん、これはそういうものじゃあないから」
ぼくは冷静にそう言って寺島さんをはがした。
「またまた、そんなこと言っちゃって。なんたって同じクラスだからね、私たちに知られないで急接近していたと言うことも十分考えられるわ!じゃあ、また明日報告よろしくねー!」
そう言って寺島さんは家に入っていった。最後まで誤解していたな。
でも、それはともかくぼくはフレイジャーのそばに行った。
「ビックで話しましょう。あそこの駐輪場の外れたところには人がいないわ」
「わかったそうしよう」
それで僕たちはビックに行った。
僕たちは真部の家から出て、国道のある方面に出るとその国道のすぐ向こうにビックがある。
ビックのある場所は宮脇書店もビックの北東側に隣接していて、僕たちはその境目にいた。そこでフレイジャーが話があるというのだ。
「それで、何だ?フレイジャー。何の用なのだ?」
そうぼくが聞いた。フレイジャーがぼくに何かを話すと言うことはぼくに対して何か用がある。と、ぼくはそう思っていた。しかし、フレイジャーの口から出た言葉は意外な言葉だった。
「別に、用はないわ。ただ、ちょっと話したかっただけ」
これには本当に驚いた(おどろいた)。フレイジャーがぼくにただ話したかったために声をかけるとはどういうことだ?
そうぼくが戸惑っているとフレイジャーはそんなのを無視するかのように話してきた。
「ねえ、あなた。この夏休み、楽しかった?」
いきなりこんなことを言ってきた。いったい何を考えているのか。ぼくはそうおもいながら、答えた。
「ああ、楽しいよ。人生で一番楽しいと言うぐらい、楽しいことだらけだよ」
ぼくがそう言うとフレイジャーはぼくの瞳を見つめてきた。
澄んだ湖のような瞳だった。改めてみると、白い肌も、光を受けてきらきらと光り出す金髪も、彫刻のような彫りのある顔も。よく見ると日本人とは違うということを強く感じさせる。今まで、そういう所は感じなかったけど、二人っきりになった瞬間にそういう所を強く感じたのだ。
そう思った瞬間、夏の蒸した空気が僕たちの気温をじわじわと上げていく。このまま纏わり(まと)付くような熱気がじわじわ自分たちの気温を上げていくのか?と思っていたら、フレイジャーはぼくから目をそらした。フレイジャーがそらしたのでぼくも目を地面に向ける、その状態のままぼくは言った。
「え〜と、それでフレイジャーはこれを聞くためにぼくを呼んだの?」
「………ええ」
意外にあっさりとフレイジャーは答えた。ぼくはその台詞(せりふ)を聞いて今までたまったヘリウムがすーっと穴が開いたかのように気が抜けてしまった。
「何だよ、それ。なんだか、急に気が抜けたよ。じゃあ、これだけのためにぼくは来たのか」
そう言ってぼくは笑った。本当に何か拍子抜けしたからだ。
しかし、フレイジャーは思いのほか真剣にぼくを見ていた。ぼくはそれに気づいてまた、何だろう?と思って笑うのをやめた。
「なに?」
「いいえ」
そう言ってフレイジャーは頭を振るう。
「あなたが幸せそうで何よりよ。そうよね、人間、何にしても自分の幸せが一番だものね。人は皆だれも幸せになれる権利があるわ、ええ、そうよ。どんなことがあっても人間は幸せになれる。
その権利を止めることはできないわ。だから、あなたが今幸せでも私は止めようとは思わないわ。だから、笹原。私が幸せになろうとしてもそれを止めないでちょうだい。私が言いたいことはそれだけよ、笹原」
そう言ってフレイジャーは自販機に向かって言った。ぼくはその背中を見ながら疑問をフレイジャーの背中に投げつけた。
「話はもうすんだのか?」
「ええ。すんだわ」
たったこれだけの物か?そう思い拍子抜けをした反面、さっきの長台詞(せりふ)は背中に妖怪でも現れたような、妖気をこの場で見たような、そんな禍々しい物をぼくは一瞬(いっしゅん)感じてしまった。
まあ、でも普通に考えればそんなことはないのだが、普通に人間は幸せになれる権利を持っているという話だった。なにも禍々しい物は一切なかったはずだ。
フレイジャーはさっきのことなんてなんかまるで忘れたようにコーヒーでも飲んでいるし、どうするか。
のどが渇いたな。
「あら、あなたもジュースを買うの?」
「違うよ、コーヒーだよ」
そんなことを言いつつ、硬貨を入れ、缶コーヒーを落とした。
熱帯の空間の中で冷えたアクアウェイタを取る。アクアウェイタというのは言い過ぎと思われるかもしれないが、水分を取らないと熱中症になるんだから、別に言いすぎではないだろう。
しかし、夕暮れなのにほんと暑いな。
「じゃあ、私はこれで失礼するわ」
先に飲み終えた、フレイジャーがコーヒーをゴミ箱に入れて、自転車に向かった。
「ああ、お疲れ。また、明日な」
フレイジャーがまたこちらをじっと見て、こう言った。
「ええ、また明日ね」
冷気を感じさせる素っ気なさで答えてフレイジャーは去っていった。
ぼくは冷えたコーヒーを飲んだ。冷たさを持った飲料物が暑い胃に自己主張を感じながら茫洋(ぼうよう)たる空を見ながら自分の事が消失していった。
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