第10話10
ぼくは帰宅した。それで自分の部屋に行き、寝ようかと思ったが(それほど学校生活と友だちづきあいはぼくを疲労させていた)最近勉強していないことに気づいて、勉強をした。全然わからない授業の復習をして、宿題に取りかかった。
しかし、勉強をしても時々のしかかってくる倦怠感(けんたいかん)には参った(まいった)。時々、どっと疲れが出てくるのだ。多分、慣れない友だちづきあいをした反動が家に帰ったときに現れるのだろう。それを感じながらどうにか押し戻し、戻されを繰り返しながら勉強をした。
フレイジャーに対するクラスの視線は次第にいじめの対象なっていった。それはフレイジャーが外国人というのもあるが、きっかけとなったのはこんな出来事だった。
音楽の授業のとき、最初の授業というのもあって先生が好きな曲(クラシック)を聞いてその感想を書いてもらうというものだった。それで聞いたあと先生は自分がどういう所がこの音楽を好きかというのを語っているうちに、チャイムが鳴って解散と言うことになった。
その後、授業が終わって放課後のときに音楽の先生、小山先生は生徒が聞いた感想のノートをとっていないことに気づいて、偶然通りかかった女子生徒、フレイジャーに取りに行ってもらうことにした。
「フレイジャーさん」
それでフレイジャーは振り向いた。
「何ですか?先生?」
「フレイジャーさん、実はね、さっきの音楽の授業のみんなが書いたノート忘れちゃったのよ。それ取りに行くのをお願いしてもいいかな?」
小山先生は両手を合わせながらごめんねと言った。フレイジャーは黙っていた。その言葉についてじっくり考えているようにも、見えたし、ただ黙ってる風にも見えた。しかし、フレイジャーは言葉を発した。
「先生、それはお願いですか?それとも命令ですか?」
「え?」
先生はその言葉に唖然(あぜん)とした。まあ、それはそうだろう。普通の人は自分の言葉にそんなに注意しないのだから。
「え?フレイジャーさん。それはどういうこと?」
「では説明しますね。先生は私にプリントを取ることを『お願い』しましたが、そのあと、『ごめんね』と言いました。『ごめんね』だと私が取りに行くのを前提としてそれを労るということです。そうだとすると私が返事をしないのに先生の発した言葉で何かをさせられるというのは『命令』だと論理的に考えてそう思います。しかし、そうなると先ほどの『お願い』はどこに行ったのでしょう」
「………………え」
先生はまだ、状況が飲み込めてなかった。普段からこう言うことを鍛錬(たんれん)しなければ、このような論理的な話はなかなか理解できないのだ。
「『お願い』というのは相手が拒否できる権利があるから、『お願い』ではないのですか?それなのにあなたはあとの言葉もそうですし、態度も私が行ってくれることを前提に話していました。とするとあなたはどちらなのでしょうか?」
小山先生はまだ半分ぐらいしかフレイジャーの話を理解できなかった。
「え?じゃあフレイジャーさんは私の言うことを聞いてくれるの?」
これにフレイジャーは至極(しごく)冷静に言った。
「『お願い』なら断りますが、先生の『命令』なら行きます」
「え、ええ?」
小山先生はまだ混乱していた。小山先生は混乱したまま、言葉を出す。
「え?………まあ、その取っていってくれる?」
「『お願い』なら断ります」
「え。でも先生はこれで困っているの。それ以外にもやらなきゃならないことがたくさんあるから、取ってくれると助かるんだけど」
「先生。先生が困っていようと『お願い』なら断りますが、先生が私に命令してくれるのなら私は取りに行きます。生徒は先生を補助すること、と学生憲章にも書かれていることですし、これはそれほど理不尽な命令とは思いませんから」
「そんな、命令だなんて………………………」
小山先生は戸惑っていた。彼女はまだ赴任して3年ぐらいの若い先生で、それなりに教師の仕事に板がついてきたが、それでもこの言葉には戸惑った。ただ、おそらくベテランの教師でもこのキャサリンの言動には戸惑うことだろう。
それで小山先生はフレイジャーに行かせることをあきらめ、ほかの生徒に頼んで事なきを得たが、このことはすぐに学校の話題となった。
こう言うこともあって。フレイジャーに対する評価は学校の中で下がっていた。教師ができの悪い子だと見ればよほど怖くない限り、生徒はその弱い部分をつつこうとする。ちょうど、肉食獣がまず体の弱っている獲物(えもの)を狙うがごとく。
フレイジャーは次第にそういうポジションに置かれた。
「フレイジャーさ〜ん」
一人の女の子がフレイジャーのそばによる。彼女は相沢清花。クラスでも知らないものはいないという女の子だ。ただ、彼女はよい意味でみんなが注目しているわけではなく、よく人の噂(うわさ)話をする口のさがない女の子として、クラスのみんなは彼女を警戒、もしくは無視しているのだ。
そんな彼女がフレイジャーのそばにやってきた。クラスのみんなはそのことにさりげなく注意していた。
「ねえ、フレイジャーさん。一昨日、小山先生を困らせたってほんとう?」
「……………………別に、彼女は彼女の言葉で自滅しただけよ」
フレイジャーの台詞(せりふ)に逆に相沢は驚いた(おどろいた)。
「おおー!さすがアメリカ人だね、私たちじゃあ、とても言えない言葉を使うよ」
といいつつ、にたにた笑っていた。
「別にそんなことないわよ」
とフレイジャーは言った。しかし、相沢はそんな様子をお構いなしで一方的に話した。
「じゃあさ、フレイジャーさん。家では家族とキスをしあったりするの?」
そう相沢さんはにたにた笑いながらいってきた。それにクラスのみんながおおー!っといってクラスのみんなが俄然(がぜん)色めき立った。しかし、フレイジャーは動せずこう言った。
「家族とキスはしないけど、ハグはするわね」
フレイジャーのその言葉に周りはひそひそ声を出した。まだ、まだ、キスとハグの違いが完全にわかっていないのだ。相沢さんも最初困った顔をしていたが、すぐににたりとした顔をしていった。
「すご〜い。朝から家族とキスをするなんて私たちにはとてもできそうにないわ」
それにまたみんなはささやき声を出した。それは冷蔵庫にべったりと粘ついている黄色い菌のようにべったりと教室に粘り着いていた。
ーすごいよねぇ。家族といちゃつくなんて私たちにはできないよ。
ーすげえ、開放的な家庭なんだな。俺、声をかけたらやらせてくれるかもな、ヒヒ。
ーやだ、じゃあ、すごいあばずれじゃん。やっぱりあっちの人たちは開放的ですごいわよねぇ〜。
とか何とか言いながらみんなが笑っていた。そして、相沢さんがもっと言おうとしてたときにクラスの予鈴が鳴った。
この事件が決定的にフレイジャーのクラスの位置を決めさせた。フレイジャーはこれからどうなっていくのだろうとぼくはある種の不安が体に纏わり(まと)付いていた。
放課後、寺島さん達と一緒にTSUTAYAでぶらぶらしているときにちょっとぼくはフレイジャーと二人で話したかったので寺島さん達から離すことにした。
「ねえ、寺島さん」
「ん?なに笹原君」
レンタルCDで物色していた寺島さん丸い瞳にどうしたの?と言う目をして振り向く。手にはかりゆし48を持っている。
「実はさ、ちょっとフレイジャーと二人っきりで話したいんだけど、フレイジャーを借りてもいいかな?」
寺島さんは隣にいたフレイジャーとぼくの顔を交互に見て、そして言った。
「うん、いいよ、いいよ。どうぞ、持って行って!いや〜、まさか笹原君とリンちゃんがねぇ〜。意外というか、でも私は応援しているからね!がっばてね〜笹原くん!」
僕はフレイジャーを見つけて話しかけることにした。フレイジャーは洋楽のコーナーでものを物色していた。そのフレイジャーの背中に僕は話しかける。
「フレイジャー」
フレイジャーは振り向いた。振り向いた瞬間いつものような冷たい目ではなくて、小動物のようなリスの目を一瞬(いっしゅん)したが、すぐに僕の顔を認めると目を細めていつもの冷たい目に戻った。
「ああ、あなたね。何か用?」
僕はそのフレイジャーに瞳にいくらかたじろいだものの、すぐ気を強く持ってこう言った。
「ちょっと、話しがあるんだけど、クラスのことで。外で話さないか?」
それにキャサリンは素直に肯いて、僕たちは外に出た。外に出て自販機のそばの場所で、僕はフレイジャーに用件を言った。
「ねえ、フレイジャー、あなたほんとうにやばいよ。クラスの中のあなたの位置がほんとやばいところまで来ているよ。フレイジャーこの事をどうするつもりなんだ?」
ぼくは焦っていた、その焦りはほんとうにやばい、このまま行けばフレイジャーがいじめに遭う(あう)という考えただけで恐ろしくなるものだった。しかし、フレイジャーは素っ気なく答えた。
「別にどうもしないわ?」
「どうもしないって?」
「前に言ったはずよ。これはすぐに終わるって」
「?」
フレイジャーのような知的な女性がこのいじめが自然消滅すると考えているのか。それは考えられないことだ。いじめなんて始まったら終わらない事なんて中学生でも知っている。
ぼくは言葉を発しようと思ったが、そのとき、がこっ、という音が聞こえた。振り返ってみると自販機の陰に見覚えのある長髪がぴょんと伸び出していた。ぼくはそこに近寄って声をかけた。
「寺島さん」
「ひゃ!」
自販機の陰にあった髪が動いた。そして、寺島さんが何か変な声色を使って行ってきた。
「違います、違います。私は寺島美春じゃあ、ありません。通りすがりの自販機の陰に隠れるのが好きな女の子、時期ちゃんです」
「それ、もう寺島さんの本名言ってるじゃん。それに変なだみ声を使って女の子はないだろう。あと、もうここで遊んでると他の人の迷惑になるから、さっさと引っ張り出すよ」
それでぼくは自販機の陰に隠れていた寺島さんの腕を取って引っ張り出した。そばで見ていた人たちにおじきをして、彼女と少し離れた場所に移動した。
「なにをしようとしたの?」
ぼくは開口一番にこの事を聞いた。まあ、最近女子がいったい何を考えて動いているのかがわかってきたが、それでも聞かざるをえなかった。寺島さんは、ははと笑いながらこんないいわけをする。
「いや〜、だってさ。二人っきりになりたいと言うからさ、なに話しているのか興味あって、もしこれが恋に発展するのならお手伝いしなくちゃならないし、とにかく聞いておかなきゃって思ったの」
その台詞(せりふ)にフレイジャーとぼくはかなりあきれてしまった。この事に対する反論をしようと思ったが先にフレイジャーが口を開いた。
「ねえ、美春。これはそういうものじゃあないのよ。私と笹原はクラスのことで話しただけに過ぎないのよ。それに美春は私と一樹がつきあっているていっていたわね。もし、そうだとしたら友人の睦み合い(むつみあい)をそばでのぞき見する方がよっぽど失礼じゃないかしら?違う、美春?」
「う!そうです……」
フレイジャーの理路整然(りろせいぜん)とした言葉にさすがに美春は反論できなかった。それで美春はしゅんとしていたので、もうこれでいいだろうと思った。
「もういいだろう、フレイジャー。ほら、寺島さんも顔を上げて、もうこう言うのぞき見をしちゃあだめだからね、寺島さん、わかった?」
「うん」
こくりと寺島さんは頷いた。
「じゃあ、フレイジャーもこれで許してくれるかな」
「ええ、いいわ。そんなに怒ってないし。別に今後気をつけてくれればいいわよ」
それで一件落着となった。
「おーい」
遠くから真部が手を振ってこちらにやってくる。駆け寄った真部は僕たちを見てこう言った。
「みんないるな。キャサリンに笹原は話は済んだか?」
ぼくは顔を見合わせる、フレイジャーはもう話したくないと言うことを目が物語っていたのでぼくはこう答えた。
「ああ、済んだよ」
ほんとはよくわかっていないことが多いのだけど済んだと答えておいた。
「じゃあ、これからキューブに行こうと思うのだがどうするくるか?」
「行く!絶対行くよ!」
真部の誘いに寺島さんが勢いよく手をあげた。さっきのしゅんとした態度はどこに行っていたんだ?まあ、ともかくフレイジャーも行くのはやぶさかではないと表情をしていたのでぼくは早めに断ることにした。なぜなら、こう言うのは早めに言っておかないとあとで流されることになるからだ。
「ごめん、真部。行きたいのは山々だけど勉強もあるからいけないわ」
そう言ってぼくはこれを断った。
「ほう。まあ、勉強があるなら仕方ないな。笹原は成績が低いからな、やはりここは勉強をしておいた方がいいな」
「あ、でも!たまには息抜きも大切だからまた、今度遊ぼうね」
そうやって真部と寺島さんが口々に言っているとフレイジャーがぽつりと言った。
「じゃあ、これであなたは帰るの?」
ぼくはそうだ、といおうとしたら真部が制していった。
「まあ、そう言わずにせっかく一緒に遊んだのだから缶コーヒーを一緒に飲んでいこう」
そういうことになったので僕たちは缶コーヒーを飲むことにした。真部は金の微糖、フレイジャーはエメラルドマウンテン、寺島さんはボスのカフェオレ、ぼくは寺島さんと同じくボスのハーフ&ハーフ。
ぼくはそれを飲みながら氷のように透き通った美しさと近寄りがたさを持つフレイジャーを横目で見た。いじめがなくなるとはどういうことだ?フレイジャーが希望的観測(かんそく)でいってる風には見えなかった。まあ、近いうちにわかるだろう。近いうちに。
それで飲み終えた僕たちはぼくが一人抜けて彼らはカラオケに行った。ぼくは自転車をこいだ。少し寒い夜風が僕のそばに寂しく寄り添った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます