第11話11

 あれからクラスのいじめがますますひどくなるばかりだった。フレイジャーの持ち物がなくなることはよくあることになった。

 ある日の朝。自転車置き場に自転車をおいているとフレイジャーが見えた。この学校は校舎の東側に体育館があるのだが、僕がいる自転車置き場の向かって体育館側の校舎の角にフレイジャーがいたのだ。フレイジャーは何か携帯で話していたのだが、そのときは別になにも気にしていなかった。ただ、朝の時刻にだれをに対して話しかけているのか、そこが気になった。

 そして昼休み。みんなが本格的にいじめが始まった。みんなが和になってキャサリンをなじるのだ。くせ〜よとかアメリカ人は誰とでもやるんだよなとか言うのだ。どこでそんな言葉を覚えたのだか、女子達も負けてはいない。先の言葉に絡めてあばずれだとか、男を見たらきっと発情してしまうとかそういうことを言っていたのだ。

 それでそのときフレイジャーは一人で昼食を食べていたのだが、その机にレースのついたかわいいハンカチが置かれてあった。僕はそれを見たときやばいと思った。今見たら男子が何をするかわかったものではないと思ったのだ。

 案の定それを見つけた男子の一人、金田君がそれを取った。金田君は率先してフレイジャーをいじめる男の一人だ。だいたいは村田達がいじめているのだが、金田君もそれに続いていじめをしていた。どんなことをしていたかというとフレイジャーの教科書を盗んでそこに雌豚(めすぶた)と書いて送り返したのだ。

 それをぼくが知ったときにはひどく恐ろしくて仕方なかった。今は相手の反応を見ていたぶっているからいいけど、もしおもしろ半分に、もしくは皆に男気を示すためにフレイジャーを乱暴でもするかもしれない、と思って恐ろしかった。話は戻すけど、それを取った金田君はさもくさいなものを見たように言った。

「何だ、こりゃ!レースなんかつけて女くせえ!」

 それにフレイジャーが立ち上がって金田君が持っている、ハンカチを取り返そうとする。

「返して」

「へへっ、やなこった」

 フレイジャーはハンカチを取り返そうとするが、金田君は意地悪そうにひらりとフレイジャーの手を買わす。そして、こっちおいで、といわんばかりにハンカチをひらひらさせながら、フレイジャーをおびき寄せる。

ー?

 何か不思議に思う。フレイジャーの動きが何か散漫(さんまん)だ。有り体(ありてい)に言えば真剣に取り返そうという気力がないように見える。彼女はもういじめを受けることになれたのだろうか?しかし、短時間のつきあいはしていないが、彼女が何かをあきらめている風には見えなかった。

 何だ?いったい何を考えている?

 フレイジャーの狙いがなんなのかはすぐわかることになった。金田君が教室のドアまで来て、そこでフレイジャーのハンカチを見せびらかすようにひらひらさせそしてこう言った。

「返して欲しいか。ええ?」

「返してちょうだい」

 フレイジャーが冷静に言う。それでもどこか真剣みが感じられない。フレイジャーの言葉に金田はにたにた笑いながらこう言った。

「じゃあ、返してやるよ。ほら!」

 金田君はハンカチを落として、それを踏んづけた。ハンカチに黒い靴(くつ)の跡がびっしり残った。フレイジャーはそのハンカチをゆっくり拾った。

 はは、おかしい。やだー、そのハンカチ汚くて使えないよー、はは。いや、フレイジャーには汚いハンカチを使うのがお似合いだよ。

 そう言ってみんなが爆笑した。金田君も村田も爆笑していた。そのとき。

 そう、そのとき教室のドアがいきなり開いた。

ーがたっ!

「フレイジャー君はいるかー」

 入ってきたのは水島さんだった。これにはみんなが驚いた(おどろいた)。ぼくも驚きを隠せなかった。なぜ、水島さんが?

「フレイジャー君。用事は何だ…………っておい!なんだそのハンカチは!」

 声が教室に響き渡った。空手部の声というものは体育館のときに聞いたことがある。すごい大きな声で練習をしていたのだが、それを生で聞いてみるとやはりすごい張りのある声だった。

 フレイジャーは水島さんに対して淡々と説明をした。

「これは金田君がやったことです。あと、みんなが私のことあばずれだとかそんなことを言っていじめていました。水島さんに来てもらいたかったのはこれを止めて欲しかったです」

 水島さんの言葉のあと間髪入れずにフレイジャーは説明した。みんなが驚いてほかにいいわけをする前に言ったのだ。おそらくこの事を何度もシュミュレーションしていたのだろう。

 水島さんはこの言葉を黙って聞いていた。そして口を開いた。

「それはほんとうなのか?」

 金田君にそれを聞く。

「あ……………」

 金田君はなにも答えられなかった。当たり前だ。答えれるわけがない。やがて金田君はとりつくような笑い方をした。

「はは、まあ、あれですよ。ちょっとみんなでふざけただけですよ」

 それにみんなも乾いた声で笑いながら賛同した。ちょっとふざけただけ、なにも悪気があったわけではない。そんな言葉がちらほら聞こえながら、乾いた砂埃(すなぼこり)があたりを舞う。

「はは、そうか。ふざけただけか」

 それに水島さんが笑った。みんなはこれを乗り切れるか、と思いそれに砂埃(すなぼこり)を発生させる。

—ははは。

—ははははは。

—はははははははははは。

—はーはっはっは。

 村田も相沢さんも園﨑さんも鈴木君も金田君も水島さんも、みんなが笑っていた。そして、ぼくも笑っていた。

 この砂埃(すなぼこり)が黄塵(こうじん)となりこの出来事を見えなくしてくれることをみんなが願っていた。そして、それを達成できたかのように見えたが、やはり現実はそんなに甘くなかった。

「ふざけるな!」

 その瞬間、金田君が吹き飛ばされる。僕たちはいったい何が起きたのかよくわからなかった。吹き飛ばされたあと、水島さんを見ると拳を振った跡と不動明王のような憤怒(ふんぬ)に彩られた顔が見えて、水島さんが本気で怒っているのがわかった。

「おまえら、そんなふざけたことを抜かすと、今度は金田以外にも済まなくなるからな。覚えておけよ」

 そう言って、水島さんはフレイジャーの方に向いてこう言った。

「けがはなかったかフレイジャー君?」

「いいえ、ありがとうございます。水島さん。おかげでクラスの中で安心して生活ができそうです」

「そうか、それはよかった」

 そう言って水島さんはにっこり笑うとフレイジャーと握手をしてから出て行った。みんなはしーんとしていて、金田君はいつまでも起きなかった。

 5月のうららかな陽気の出来事だった。

 フレイジャーのいじめ事件が収束した翌日。その間クラスの中の空気は錐(きり)に心をねじ込まれているような、それでいてどこかねばねばしたものが体を纏わり(まと)付いているようなそんな感じの空気だった。

 その原因は明らかだった。フレイジャーがクラスに反逆してそしてそれを成功させたことでクラスの怒りや憎しみが高まっていたのだ。

 しかし、この事でだれもがフレイジャーに仕返しをしようと思わない。水島さんが怖いのだ。フレイジャーに負けたというのもあるが水島さん一人に全員が降伏したのだ。特に金田君はこの事に対する怒りが強くて、ぼくや、宮本君あたりにいいがかりをつけることをよくするのだが、フレイジャーとすれ違うときは真っ先によけるのは金田君だ。

 ぼくはこのクラスに入ってからずっと胃が痛みっぱなしだった。最初はフレイジャーがいじめられるのではないかと思い、次はフレイジャーが乱暴されるのかと思い、それでいじめは解消してもこの圧倒的なヘドロ化したマグマの情念に次はだれが犠牲者になるのかというという予想に胃が痛み出したのだ。

 そして、それはすぐ予想が的中することになるのだ。




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