第9話9

 フレイジャーと先生が起きたこの事件でクラスの雰囲気が何か変わった。

 当時はよくわからなかったが、あの時、確かに何かノイズのような思いが音のように波及しながらざわめきを作っていたのだ。

 それはクラスのみんなもフレイジャーのことも何かと探りを入れてた時期でもあった。

「ねぇ、フレイジャーさん。あなた外国人なの?」

 クラスのトップクラスの美人、村田里子が言う。薄い眉毛と小さな鼻、白い肌の美少女だ。勉強もできて、髪も肩に掛かっていて、それはそれで男子からの評価が高いのだが、惜しむべきはそのほれぼった威唇が少し美しさを損ねているが、それでも十分な美少女だった。

「ねぇ、里子が聞いているのだから答えなさいよ」

 こちらは金村智子。村田にいつもくっついている。ショートヘアのちょっと顔にニキビがある女の子だ。

 フレイジャーは相変わらず、昼ご飯を食べている。この時はお昼の時間だった。

「ねぇ、答えてよ」

「ええ、そうですよ」

 フレイジャーはあくまでご飯に目を向けたまま、こう言った。

「私の民族はアングロサクソン系だと思います。だから、あなたの言うところの『外国人』なのでしょう」

 フレイジャーは言い終わるとご飯を口に運んでいた。

 村田と金村さんは。外国人。外国人。といっていた。それでまた二人はフレイジャーに質問を投げかけていく。

「じゃあ、フレイジャーさんはいつもローストビーフとか食べているの?」

「それもあるし、日本で作られているものならだいたい食べるわ」

「じゃあ、すき焼きとかも?」

「いいえ、それは食べないわ。私たち鍋物は嫌いだから」

「ふ〜ん」

 それでまた村田達がクスクスし始める。フレイジャーはそれを気にせず昼食を食べていた。

「ふふ、そうなんだぁ。ところでフレイジャーさていつ日本に来たの?」

「生まれた場所は日本ですよ」

「へぇ〜。じゃあ、あなたは外国人なのに日本で育ったんだ。それはなんかおかしいね?」

 それでクスクス笑いながらフレイジャーに対して聞いてくる。一見、善意のように見える台詞(せりふ)でも、彼女たちの態度からは明らかにおもしろがっているようにしか見えなかった。

 そして、これを止めるものはいなかった。クラスのみんなはそれぞれに談笑をしていたが、雪解け間近の氷のような緊迫感をそうと悟らせないようフレイジャーっていることはこの場にいたものならすぐにわかっていた。

 そして、ぼくはじっとそば耳を立てていながら、冷や汗をかきながら、内心びくびくしていた。自分の事なのでもう少し語りたいが、ほんとうにこれだけしか語れないほど、自分はこれだけしか(なにも?)やっていないのだ。

「………別に」

 フレイジャーが素っ気なく答えると、村田達はやはりにやにやしていた。

「ふ〜ん、そうか〜。フレイジャーさん、何か困ったことがあったら私らに言ってね。私らフレイジャーさんの相談に乗るからさ」

「そうそう、私らいつでも相談を待ってるよ」

 とねこなでの声をにやにや笑いながら村田は言った。普通に考えて彼女たちに相談する人はいないと思う。しかし、それを知ってか知らずか、フレイジャーは素っ気なく答えた。

「そう、わかったわ」

「へ〜。わかってくれたんだー!私、マジ感激しちゃったな」

「私も!ねえ、フレイジャーさん大船にのったつもりでどんどん相談していいから」

 そう言って二人はクスクス笑いながら、じゃあね、といって去っていった。

 フレイジャーは彼女たちに手を振っていた。




 授業中、ぼくは何か調子が優れなかった。さっきのことの緊張がまだ授業中にまで及んでいたのだ。気分が悪く、冷や汗が出ているんじゃないかって言うくらいぼくの体温は冷たかった。

 かたや、フレイジャーは動揺を少なくとも僕らに全く見せずに平然と授業を受けているように見えた。




 放課後、僕たちはやはり下駄箱で待ち合わせをすることとなった。ぼくとフレイジャーが一緒に教室から出て、下駄箱に向かった。その途中僕たち話す機会が閉ざされていた。すくなくともぼくにはそう思えた。

 ぼくは何かフレイジャーに話したいと思っていたが、向こうが全く話す気がないのでどうすればいいかわからなかった。そうこうしているうちに下駄箱に到着した。美春と真部はまだ来てない様子だった。仕方ないので僕たちはそこで待つことにした。

 …………………。

 二人の間沈黙の白鳥が翼を覆った。どちらも何も言えない。片方は言うつもりがない、片方は言いたくてもその勇気がない。しかし、白鳥が飛び立つきっかけを作ったのは言いたくても言う勇気がない少年だった。

「あ、あの!」

 それフレイジャーは振り向いた。氷雪の女神と思わせるような雪のような美貌と、そして、まるで人に対して全く関心がないというような無関心を持って。

「なに?」

「い、いや、何というか」

 言ってみたものの、『なに?』と言われて動転してしまうぼくだった。何か、言おう。何か言わねば。そういう声が頭を駆け巡り暴走列車のごときに汽笛を鳴らし、ぼくは一線を飛び越えた。

「あのさ、さっきのこと。昼休みの村田達のこと」

 フレイジャーさんは、ああ、といって頷いてくれた。

「あのことなんだけど、あんまり気にしなくていいと思うよ。村田達は、その、たぶん悪意があってやったことだと思うけど、とにかく心配しなくていいよ。何か、あったら僕たちで何とかしよう。真部や寺島さんもいるし、ぼくもいるから、だから、その……………」

 ぼくはしどろもどろにとにかく自分たちがついているんだ、といおうとしたが、フレイジャーはそれを遮った。

「わかった。もう言いたいことはわかったから」

 それでフレイジャーは横を向いたままこんなことを言った。

「でも、私はきっといじめられないと思うわ」

「?」

 それはどういう意味だろうと思ったところで寺島さん達が来た。

「おっす、リンちゃんに、笹原君」 

「ああ、はい、寺島さん」

 それで挨拶(あいさつ)のようなものを交わす僕ら、そのあと、真部が今日は珈琲(こーひー)館に行こうと言い出した。

「珈琲(こーひー)館?」

「ああ、赤磐のTSUTAYAの隣に喫茶店があるんだ。今日はそこにつれてってやる」

「へ〜。おいしいの?」

「それが残念なことに、スターバックス並みの値段で、ドトールよりまずいという、残念なコーヒーだ」

「それは残念だね」

 それで真部はちょっと笑ってこんなことを言った。

「しかし、今回の場所は前と違って喫茶店らしい場所だからそれは心配しなくていい。それで笹原は来るか?」

 ぼくはすぐに返事をした答えないわけはない。

「ええ、行きます」

「よし、じゃあ行こう」

 それで僕たちは外に出た。すると運動部の部員だと思われる人たちがグラウンドで走り込みをしていた。そういう、運動系のことを見るたびにぼくは、よくやるなぁ、と思ってしまう。別に軽蔑しているわけではない。いや、ぼくだって体を動かしてみたいとは思っているが、運動部員のあの空気、熱血性にはちょっと引いてしまうのだ。しかし、ああやって走り込んでみたいものだ。個人的に。

 などと言うことを考えながら、彼らを通り過ぎようとしたら、一人の男子生徒がこちらに向かってくるのが見えた。それに寺島さんがはたと止まった。

「あ、みんな、ちょっと待って」

「?寺島さん、今来ている男性と何か関係があるんですか?」

「ええ、ちょっとね」

 そう言って寺島さんは微笑した。そして、こちらに向かって来た男が姿を現した。

「寺島君!」

 来たのはジャージ姿の男子で頭を角刈りにしてここなしか顔も四角いような気がし、その体はジャージでも筋肉がついているとはっきりとわかり、体内を発する必要以上の熱量を出している、そんな男だった。

「寺島君!今日も美しい夕方だね」

「ええ、そうですね。水島さん」

 その男性は水島と言うらしい。その人は寺島さんしか見てなかった。いや、こちらにも少しは目を向けてくれるのだが、彼の視線のほとんどは寺島さんしか見てなかった。

「水島さんはさっき走り込みをしていたの?」

「ああ、はい。空手部とはいえ、体力は重要ですから、まず、走り込みをしてから方、組み手を行います」

 そう言って水島さんはタオルで顔を拭いた。それでさわやかな笑顔を見せて寺島さんにこんなことを言った。

「寺島君、いろいろ話したいけど、もう戻らないといけないから、これだけ入っておく。何か、困ったことがあったらいつでも相談に来てそれと元気でね」

「ええ、水島君も体に気をつけて部活をしてくださいね」

 水島君は手を振りながらそうやって寺島さんに離れていった。寺島さんも手を振り替えしていた。

 そのあと、寺島さんは反転して、歩いて行った。ぼくはそんな寺島さんについていきながらさっきの人のことを聞く。

「ねえ、寺島さん。さっきの男性は?」

「ああ、あの人は水島さんと言って空手部の部員だよ。次期部長の最有力なんだって。去年の学園祭に友人になって、それで今年の冬に告白された。でも、断っちゃたけどね」

 てへ、と笑いながら言う寺島さんだが、ぼくは衝撃を受けていた。告白?しかも断るなんて、あり得ない。今のぼくの状況からは、もう何というか、異世界の話みたいな気がする。

「笹原君」

 フレイジャーが言ってきた。あまりこちらと接触したくないと言ってきたのに、寺島さんがらみだとそうはいかないのか。

「あれでも、美春は結構(けっこう)もてるのよ。男子にまあ、それで告白なんかも決行されるの。その、何というか。だから、あんたはあんまり期待をかけること考えてはだめよ」

「はあ、わかりました。しかし、ぼくは寺島さんに接近するつもりはありませんから」

「そう?ならいいんだけど」

 そう言ってフレイジャーはまた前を向いた。

 僕がそう言うと寺島さんは茶目っ気たっぷりにして、僕にいった。

「ええ〜?笹原君。私に告白しないの〜?」

「しませんよ」

 当たり前だ。今でも寺島さんの友だちというだけでほんと5000万フィートぐらいの上空にいるって言うここで告白なんてしたら空中分解を起こしてしまうよ。

 それで自転車置き場について、自転車に乗って赤磐に行って珈琲(こーひー)館に入った。コーヒー館はしゃれたところだったが、コーヒーの値段がやはり高くて、一つ450円ぐらい下。スターバックス並みだ。しかし、味は明らかにドトールよりまずかった。ともかく、残念なコーヒーだ。

 この店はTSUTAYAの隣だから営業できるのだろう。それしか考えられない。その証拠に客はあまりにも少なかった。TSUTAYAにはあんなに人がいるのに、あまりにも客がいないのだ。

 そして、僕たちはそんな残念なコーヒーを飲みながら談笑して、TSUTAYA内をぶらぶらしてそのあと解散をした。



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