第8話8

 始業式が始まってから、三日目。だいたいクラスのみんなも自分たちの一がどんなものか、と言うのがわかっていた頃。その日にクラス委員を決めることとなった。それでクラス委員の立候補と推薦を募ることになったのだ。

「は〜い。注目!それではクラス委員の立候補また、推薦を行いたいと思います!」

 三枝先生が言う。それに生徒も何となく流されるように聞いていた。そして、やはりというか、だれも手をあげる人はいなかった。

「誰か、してくれる人はいませんか?だれでもいいですよ?」

 場がしーんとしていた。空気のないタイヤのように弛緩(しかん)した空気が場を漂っていた。だれもこれをするやる気などないのだ。

「え〜、いませんか〜?………じゃあ、先生が決めたいと思いますがそれでいいですか?」

 それでみんながいいだろうと思っていたとき、一つの手が上がった。

「はい、フレイジャーさん」

 手をあげたのはフレイジャーだった。フレイジャーは氷山がすっとそびえるような礼儀正しい仕方で立って、こう言った。

「私はクラス委員になりたくありません」

 場が止まる。何かが止まった、それは言ってはいけないことだった。それはだれもが願っていたが、実際に言ってはいけないことなのだ。それを実際に言ったから皆が驚愕(きょうがく)したのだ。

 そんなクラスの動揺を感じていたのだろうが、先生は動揺を顔に出さず、こう言った。

「え、でもフレイジャーさん。だれだってやりたくないことよ。やりたくないからやらないと言っていたら、だれもやろうとしなくなるわ」

「でも、これは自発的なことのはずです。これをやることは義務ではないのだから、どうしてもやりたくないというのなら、やりたくなくてもかまわないのではないですか?もし、仮にそれでだれもやりたくないというのなら、また後日、考えた方がいいではないですか」

 そういったら、またクラスの人たちがしーんとした。ぼくもこのことをじっと見つめていた。心臓がばくばくなっていたが、なぜか吸い込まれるように見てしまった。

 先生は少し考えてこう言った。

「実はね、フレイジャーさん。私がクラス委員を決めるときに成績のよい生徒にしてもらおうと思ったの。それであなたあと鈴木君にしてもらおうと思ったの。何かと勉強できる人の方がクラスもよくまとめられるし、何かと助かると思いますから。ねぇ、これはどうかしら?」

 先生はこう言ったが、フレイジャーの返事は素っ気ないものだった。

「いえ、結構(けっこう)です」

 しかし、なお先生は粘る。

「でも、私はあなたの方がいいわ。その方がよく、クラスをまとめられると思うし、そうしたら先生もうれしいわ」

 三枝先生は微笑みながら言った。しかし、クラスのみんなは気づいていた。これは意地になっていると、ここで折れると示しがつかなくなるから意地でもフレイジャーにやらそうとしていると、その証拠にこれを撤回しよう、譲歩しようとする気配が見えなかったのだ。

 ここまでクラスの人が考えたわけではないが、だいたいそう思っていた。しかし、フレイジャーは全くひるまなかった。

 フレイジャーは先生の目を見て毅然とした態度でこう言った。

「いえ、もしこれが拒否できるのであれば、私はそれを行使したいと思います。先生がうれしくても私はうれしいわけではないですから」

 三枝先生が貼り付けた笑顔のままで、ことの条理がわからない子供にわかるように、そんな口調で言った。

「でも、フレイジャーさん。フレイジャーさんはよくないことだとしてもクラスのみんなのためになることよ。みんなのためにここは推薦を受けた方が、クラス全体として気持ちよいことができるのではないかしら?」

 三枝先生の笑顔がダンプカーのようにフレイジャーを押しつぶそうとしている。しかし、フレイジャーはそれをすべてはねつけるパワーを持っていた。冷たい氷山のように、冷静に先生の意見に抗議した。

「もし、これが強制ではない限り、私は断固反対します。それにクラス全体にとってよいことと言いましたが、これはクラスの人による自発的な参加なはずです。ほかによって強制される自発的な行動というものを私は知りません。また、もしあったとしてもそれはかなり歪んだものです」

 フレイジャーと先生の目がぶつかり合う。だが、やがて、目をそらしたのは先生だった。

「わかったわ。じゃあ、フレイジャーさんはもうしなくていいわ」

 それで先生は次に成績のよい人に委員を推薦して、その人も了承したのでこのことは終了した。


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