地震だ!

 激しい揺れに体がふりまわされた。


「花織ちゃん!」

 頭の中が真っ白になった。


「──」

 花織ちゃんから返事が無い。

 

 ぼくはダイアンを抱きしめ、身動きひとつできない。

 

 揺れが収まると、あたりは嘘のようにシンと静まりかえった。


「……花織ちゃん」

 唇がこわばる。大きな声が出ない。

 

 雲が切れ、月明かりに公園が浮き上がると、ブランコと砂場は消えて、長径八メートルぐらいの巨大な穴がぽっかり開いていた。


「花織ちゃん!」

 ぼくは腰を抜かして、ダイアンを抱いたまま、地べたに思いっきり尻餅をついた。

 

 ダイアンが逃げようと爪を立て、僕の胸を足で突っ張る。

 

 ガラガラと土砂が落ちる音がした。足下の地面が今にも崩れ落ちそうだった。


「大輝くん、助けて! 助けて!」

 真っ暗な穴の底から微かな声が響いた。


「花織ちゃん、どこにいるの!」


「穴の底に落ちてしまったの」


「怪我はない?」


「だいじょうぶ。かすり傷程度だから」


「花織ちゃん、スマホ、持ってる?」


「ないの。近くに落ちてると思う。大輝くん、あたしに電話かけてみて、そしたらわかるかも」


「わかった」

 ぼくは、すぐに、お尻のポケットに手を突っこんだ。


「──」

 もう一度ポケットを探る。


「な、ない。ないよ! 家に忘れたみたい」

 ぼくは焦っておろおろした。


「あたし捜してみるわ」


「危ないからあまり動かない方が良いよ」


「でも、スマホがあればお父さんに電話出来るわ」

 高い声がかえってくる。


「花織ちゃん、すぐに助けを呼んでくるよ!」


「大輝くん、行かないで、真っ暗で怖いの」

 青ざめた声が闇からひびく。


「花織ちゃん、心配しないで、すぐ戻るから!」


「必ず、必ず戻ってね」


「大丈夫! 待ってて!」


「きっとよ」

 声が小さくなった。

 

 そのとき、また、大きくグラッと揺れた。

 地面が崩れ、足が滑る。ぼくとダイアンは危うく穴に落ちそうになった。


「花織ちゃん!」


「……」


「花織ちゃん! 花織ちゃん!」


「……」

 何度呼んでも返事はなかった。

 

 お母さんに知らせないと。助けを呼ばないと、花織ちゃんが死んじゃう。


「だ、誰か、誰か助けて」

 ぼくは死に物狂いで鏡池を逃げだし、道一つ隔てた住宅地へかけこんだ。

 

 祭りの明かりが目に飛び込む。賑やかな音楽が鳴りひびく。嘘のように平和な世界。みんな、何事もなかったように、笑い、騒ぎ、歌い、踊っている。

(みんな地震に気づかなかったんだろうか)


 家に着く。

 シャツもズボンも汗でドロドロだ。

 

 ぼくはダイアンを抱いたまま、ベルを鳴らす。ドアが開いた。お父さんだった。


「いつまで遊んでたんだ!」

 いきなり雷がおちた。ぼくは恐くて、口をかたくむすんだ。


「何度いったら分かるんだ!」

 ダイアンがぼくの腕から飛び降り、家の中に走り込んで姿を消す。


「しばらく外で立ってなさい!」

 バン! ドアが閉まった。


「開けて! 開けて!」

 ドアを叩き、声を上げた。返事はない。


 ぼくは玄関の前に座り、頭を抱え膝に顔を沈めた。


(花織ちゃんが死んじゃう。こんなことしている場合じゃない。公園に戻ろう!)


 すぐに立ち、家の門を蹴って、道路に飛び出した。

 車が急停車し、「ばかやろう!」と怒鳴られた。


 ぼくは謝りもせず走りつづけた。


 鏡池に戻った。さっきより穴が大きくなっていた。


「花織ちゃん! 花織ちゃん!」


「──」

(警察を呼ばないと)


 辺りを見回した。近くに公衆電話もコンビニもない。


 もう一度家に帰った。ベルを鳴らす。ドアが開く。今度はお母さんだった。 


「どうして玄関の前にいなかったの。反省した?」

 お母さんもぼくを責める。 


「だって……」

 足音が近づいた。お父さんだ。


「さっさと入れ!」

 お父さんは気ぜわしくドアのノブを握り、バンと激しく音を立てて閉めた。


(今度こそ花織ちゃんの事をいわないと)

 リビングのソファに座ると、お父さんがぼくに説教を始めた。


 ぼくはビクッとして心臓が縮む。


「おまえが甘やかすからだ!」

 こんどはお母さんが叱られた。


「あなたこそ大輝の教育をほったらかして、あたしに任せっきりじゃないですか」

 お母さんもヒステリックにいい返した。


 また、お父さんとお母さんの口喧嘩が始まった。


 ぼくは耳を塞ぎ、リビングから逃げ、自分の部屋に閉じこもった。


 ドア越しにお父さんとお母さんの罵り合う声がひびいた。


 花織ちゃんが死ぬかもしれないというのに、恐くて何もいえない。


(いくじなし)

 ベッドに倒れ込み、頭から布団を被った。


 体が泥のように重く、意識がかすむ。

 心が限界まですり切れて、ぼくは意識を失った。

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