再会
花織ちゃんが、目を潤ませ、ぼくの目を真っ直ぐ見た。
ぼくは、後ろめたさから、おもわず目をそらせた。
「来てくれてありがとう」
花織ちゃんが小さくいう。
「……」
ぼくはゆっくり顔を上げる。花織ちゃんが微笑んでいる。
「大輝、よかったにゃ」
ダイアンもニッコリする。
「大輝くんが行った後、急に穴が大きく深くなって、真っ逆さまに落ちたの」
花織ちゃんの心細さや恐怖の体験を思うと、ぼくは胸が痛んだ。
「あ、ちがうの、大輝くんを責めているんじゃないよ。楽しかったの」
「楽しかったって?」
「マントルからコアへのダイブは、ジェットコースターよりずっとずっと興奮したわ。宝石箱くぐりぬけ、銀の世界の神秘な稲妻……穴から飛び出したかと思ったら、空を飛んでいて、それも雲の上よ、青空とふわふわの雲がとってもきれい。しかも落ちたところがひまわりバニラアイスの畑だったのよ! あたしこんなに楽しい気分になったのは初めて」
花織ちゃんはこうふん気味に話して、頬をピンクにそめた。
ぼくは、呆気にとられ、ポカンと口を開けた。
「そ、それでひまわりのバニラアイスを食べちゃったのか」
「そうなの。美味しくて美味しくて。気がついたら十三個も食べちゃった」
花織ちゃんは口元を両手で隠しながら、ぼくを上目づかいでみた。
「ひまわりバニラアイスは、この世界のバランサーとなる貴重な植物なのだ。だからバニラの実、一個の中の糖分は濃度が高く、人間が沢山食べると急激に血糖値が上がるんだよ」
塩の王様は、そういって、やさしく笑った。
「それであたし急に眠くなったの」
花織ちゃんは、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「だから一度塩漬けにして解毒したのだ」
王様は我が子のように花織ちゃんを見つめ微笑んだ。
「そういうことだったのか。ああ、ほんとに無事でよかった」
ぼくは、張りつめた糸がぷっつり切れたように、へなへなとよろめいた。
「大輝くん、大丈夫!」
花織ちゃんが、慌ててぼくの体を支えてくれる。
「だ、大丈夫だよ。ほらね!」
ぼくはわざとらしく背筋をピンと伸ばし、バンザイしながらジャンプしてみせた。
「もう、だましたわね」
「ち、ちがうよ」
「わかってるわ」
ぼくらは大きく肩を揺すって笑った。
「ここは地上より美しいわ。しかも、みんな、やさしいの」
「うん。まるで天国みたいなところだね」
「大輝くんは、天国の記憶があるの?」
「ないけど、たぶん天国ってこんな所かなって、思っただけ」
「あたしもそう思う」
「塩の王国は命の源だにゃ」
ダイアンが話にわりこんできた。
「だから死んだ愛犬ボンと再会することもできたのね」
「ボン、生きかえったの?」
「塩の王様が生き返らせてくれたの」
「じゃ、まさかダイアンも」
「そのとおりだ」
塩の王様は、やわらかな笑みを浮かべながら、ぼくらを見ている。
「どうやってそんなことが出来るんですか?」
ぼくは、神様でも崇めるように王様を見上げた。
「地球というのは宇宙に浮かぶ巨大な塩のボールのようなものだ」
「地球が、巨大な塩のボール!」
ぼくと花織ちゃんは、思わず声を揃えた。
「全て塩なんだよ。海も塩なら海から生まれた生き物も塩だ。人間の体も塩で出来ている」
「ぼくも塩なのか」
ぼくは、あらためて、自分の手や体をじろじろと見た。
「塩水から水分がなくなれば塩が残る」
「生き物が死ねば塩にもどるってことですね」
「そのとおり。つまり、地球は生命の源であり命の故郷なのだよ。つまりわたしは、地球の使いなのだ」
王様は天使のような清らかな顔をした。
「王様は地球の精霊なの」
花織ちゃんが、尊敬のまなざしで王様を見上げる。
「王様、ありがとうございます!」
ぼくは、足を曲げ、跪こうとした。
「大輝、よしなさい」
王様がぼくを制止する。
「親子のあいだで、そんなことをしますか?」
王様が優しい目でぼくをじっと見た。
「いえ、しません」
ぼくは、親子といわれても、まだピンとこない。
「あたしたち、人間も動物も植物も……地球に住むすべての命は、地球から生まれたの」
花織ちゃんが、ぼくの手をとる。
「あ、そうか!」
「だからみな、わたしも含め地球の大切な子供なのだよ」
王様はワッハハと声をあげて笑った。
「あたしたち、みんな地球家族なの」
花織ちゃんは、ダイアンを抱きかかえ、えり首を優しくなでた。
「地球家族か」
ぼくは、その言葉を心に深く刻み込んだ。
「迎えがきたぞ」
王様が小さく顎をふると、ひらり、孔雀の羽が舞い降りた。
「ジャック!」
「生きかえったんだね」
ぼくはジャックをきつくハグした。
「またお会いできて嬉しいです」
ジャックは照れくさそうに大きな瞳を瞬かせた。
「ワン!」
いきなり、真っ黒なアメリカン・コッカー・スパニエルが、ぼくの腰に抱きつく。
「まぁ、ボンはやっぱり大輝くんが好きなんだ。焼いちゃうわ」
花織ちゃんとダイアンが、ぼくとボンを呆れたように眺めている。
「ボンを連れて帰らないの?」
「ボンには、新しい家族がいるの」
花織ちゃんが近くの柱に「みんな」と声をかけた。すると、塩のように真っ白なアメリカン・コッカー・スパニエルの雌と、白や黒の十数匹の子犬が現れた。
「わぁ、これみんなボンの家族なの」
ボンの家族が、ぼくらを取り囲んだ。
「そうですワン」
「ボンも話せるんだ」
「何だか不思議でしょ。でもここにいたら、それが当たり前なの」
「地上にいた時、わたしたちは一生懸命、人間にシグナルを発信していたのですよ、ワン」
「そっか、気づかないのは、心を閉ざした人間だけか」
「にゃ」
「耳を貸さなかった人間が悪いのよ」
花織ちゃんはしゃがんで、あお向けになったボンの腹をくすぐる。
ボンは嬉しそうに手足を折り曲げた。
「ボン、新しい家族が出来てよかったね」
沢山の子犬に取り囲まれた白黒二匹のアメリカン・コッカー・スパニエルは、幸せそうにおたがいの頬を擦よせた。
「大輝、花織」
塩の王様が、改まった口調でぼくらを呼んだ。
「二人とも、これから話すことを、よく憶えておきなさい」
王様の顔が威厳に満ち、口調が急に改まった。
「はい」
ぼくと花織ちゃんは声を揃え、王様を見上げた。
「これからも地上のシンクホールは増え続けるだろう。人間は、災いが我が身に降りかかるまで、変わろうとしないからだ。人間の欲は限りない。人間の大人たちは、地上の富を最後の一滴まで搾り取ろうとするだろう」
「大人の中にも気づいた人が大勢います」
あの穏やかな花織ちゃんにしては珍しく強い口調だ。
「気づいている大人の方が多いかもしれない」
「じゃ、シンクホールを止めることが出来ますよね!」
ぼくの声も一オクターブ高くなる。
「気づくことは大切だ。だが、行わなければ無意味だ。無関心とかわりない」
王様の厳しい指摘に、ぼくも花織ちゃんも言葉がなかった。
「だが、一人でも動けば、希望が生まれる」
「ほんとですか!」
ぼくは、興奮して声が上ずった。
「大輝、よく聴くのだ」
優しかった王様の両目が、お不動さんの目玉ように怖くなった。
「確かに、人間、一人一人は、塩粒のようなものだ。塩粒一つ口に含んだところで何も感じまい。だが、塩粒が二つなったら、十に百に何万粒にもなったら……」
「そっか! 口の中は塩辛さで一杯になる」
ぼくは、思わず目を輝かせた。
「お前たちは、塩の一粒だ。だが、小さな一粒が集まれば、やがて大粒の塩になるだろう。たとえみんなが無関心であっても、周囲に流されるな。自分に嘘をついて誤魔化してはいけない。無関心も諦めも、最後は必ず自分の身に降りかかる。だからこそ、進んで自分の弱さと向き合いなさい」
王様の言葉を聞いて、ぼくの背中に電気が走った。
「ぼくは塩の一粒」
「あたしも小さな塩の一粒」
「おいらもにゃ」
「みんな同じ塩で出来ている塩の家族ですね」
ジャックの大きな目玉がクリクリ動く。
「世界中の塩の家族が集まれば、地上は塩の王国のように清くなるわ」
「花織ちゃん、すごい」
ぼくは、跳び上がった。
「大輝、花織、二人にプレゼントをあげよう」
王様がにっこりした。
「プレゼントなんて、ぼくは、もう十分に王様から素敵なプレゼントをいただきました」
ぼくが、変に遠慮していると、
「わぁーい! 王様、ありがとうございます」
花織ちゃんがバンザイしながら、二度、三度、ジャンプした。
「こういう時は遠慮せずにもらっとくにゃ」
ダイアンが肘でぼくのスネを突っつく。
「二人とも並んで立ちなさい」
ぼくと花織ちゃんが、王様を見上げて横に並ぶと、王様は、手のひらをぼくらに向けて、フウッと息を一吹きした。すると、クリスタルのように輝く塩の結晶が、ぼくらの胸のあたりに、ふわりと落りてきて、スッと消えた。
「あっ」
その瞬間、王様の背後が金色に輝いているのが見えた。
「心の眼だ。これからはハートで見たり会話したりできる。もともと人間に備わっていた隠れた能力だ。今その力を解放した」
「すごいわ」
花織ちゃんもため息を漏らす。
「お互いを見てごらん」
王様にいわれるまま、ぼくらは向き合った。
「花織ちゃんの背に虹がかかっている」
「大輝くんもきれいな虹に包まれているわ」
「それが君たちのオーラだ」
「オーラ」
ぼくと花織ちゃんは声を揃えた。
「地上に帰っても君たちは、今まで通り会話が出来る。もちろん、このわたしともな」
「やったね」
ぼくらはダイアンやジャックとハイタッチして喜んだ。
「地上の全ての存在と話し合うことが出来るのだ」
塩の王様は微笑んだ。
「知らないことばかりだ」
目に見える物が全てだと思っていただけに、ぼくは凄いショックを受けた。
「塩の妖精や光の妖精があたしたちを取り囲んでいるわ」
「ほんとだ」
「天使やドラゴンの姿もあるにゃ」
気が付くとぼくらは沢山の天使や妖精に取り囲まれていた。
「地上にはもっと沢山の仲間がおまえたちの帰りを待っている」
「地上にも!」
ぼくと花織ちゃんは思わず身を乗り出した。
「困ったときは彼らに相談するがよい。よきアドバイスを与えてくれるであろう」
「でもどうやって会話を」
「心を開けば、おまえたちが何処にいようとも、彼らと心で話が出来る。テレパシーだ。もちろん人間同士もな」
「以心伝心って本当にあるんですね」
「もちろんだ」
「凄いわ!」
花織ちゃんは興奮気味に胸の前で手を組んだ。
「ぼく、もう嘘つけないね」
「もちろん、そうよ。あたしも大輝くんも、隠し事が出来ないわ」
「ええ、やばいな」
「まだ何か隠しているの」
「ち、ちがうよ」
ぼくは冷や汗をかきかき、激しく両手を振って否定した。
「大輝、恐れることなど何もない。心に正直に生きればよいのだ」
「はーい」
心の中の何もかもを他人にさらけ出すのは、とても勇気がいる。でも、考えてみれば、これは、人間同士では、ぼくと花織ちゃんの二人だけの秘密なのだ。そう思うと、ぼくは、跳び上がりたくなるほど、心が躍る。
「大輝、なに、ニタニタしてるにゃ。花織ちゃんは全部お見通しにゃ」
ダイアンが、ぼくのふくらはぎを甘嚙みした。
「い、痛い」
「大輝くん、どうしたの?」
「い、いや何も」
ぼくは、花織ちゃんから、何か突っ込まれやしないかと、どぎまぎした。
「あたしも凄く嬉しい」
花織ちゃんがにっこり微笑む。
「最後に一つだけ注意しておくが、その能力は周囲の人を幸せにするために与えたのだ。決して、おもしろ半分で、人の心を覗いてはてはならない。それは土足で他人の家に上がることと同じだからだ」
王様はとても厳しい顔をした。
「はい」
ぼくと花織ちゃんは、競うように返事をした。
「宇宙のたくさんの仲間は、人間が心を開くのをまっている。 さあ、行くのだ!」
塩の王様の頬が、笑顔で緩んだ。
「行きまっせ!」
ジャックがぼくらの前に、魔法の絨毯のようにひろがる。
ぼくらは、急いでジャックの背に乗った。
「準備オッケーにゃ」
ダイアンが自慢の白いヒゲをピンと伸ばす。
「ボン、ありがとう」
花織ちゃんがボンの頭を撫でる。
「こちらこそありがとうです、ワン! みなさんの幸せを祈ってます、ワン!」
ボンが家族と一緒に尻尾を振る。
「地球上の全ての存在が塩の結晶で出来ていることを忘れるでないぞ」
塩の王様がゆっくり椅子から立ち上がった。
さわやかな潮風がゆるりと吹く。
ジャックはフンワリ舞い上がり、潮風に乗って、塩の宮殿から外に飛び出した。そして、エネルギーの異次元トンネルがある湖へと一瞬で飛んだ。
塩の惑星 あきちか @akichica
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