心のゴマ

 湖の渦巻きが見えてきた。湖はさらに大きくなっている。

「ここから渦巻きの中心に飛び込みます」

「ジャック、ありがとう。でもここから先は僕らだけで大丈夫だよ」

 ぼくは、ジャックの背中を優しく撫でた。


「いえ、そうはいきません。王様の命令で、お二人を無事、地上に送り届けよと、申しつけられています」

 ジャックの目が使命感でキラリと光る。


「それは嬉しいけど、地上に出たら君はどうなるの?」

 ぼくは地下世界と同じようにいかないと感じた。


「わたしは元の孔雀の羽に戻るんじゃないでしょうか」

 ジャックは自分のことを、まるで他人ごとのようにいう。


「そんな。君はこの世界にいた方が幸せだよ」

 やっぱりぼくの不安は的中した。


「いざ地上へ! 新世界へレッツ・ゴー!」

 ジャックは、こうふんしたように声をあげた。


「ジャック、よろしくたのむにゃ」

 ダイアンは頬をジャックの羽根にスリスリする。


「ダイアン、ここでジャックとお別れしなきゃだめだよ」

 ぼくは、困りはてた。だってジャックが地上世界へ行けば、ただの羽根になってしまう。ぼくらとテレパシーで会話できても、外を自由に飛び回ることは出来なくなるんだ。


「ジャック、よろしくね」

 花織ちゃんが手のひらでジャックの背中を優しくさすった。


「花織ちゃん……」

 いいかけて、ぼくは、のみこんだ。ジャックもぼくらと一緒に居たいんだ。


「じゃ、行きまっせ。しっかり掴まって」

 ジャックは、ぼくらを乗せたまま、湖の渦巻きめがけ急降下した。


「わあああ」

 ジェットコースターが大の苦手なぼくは、真っ先に悲鳴をあげた。


「キャー、キャー」

 花織ちゃんは、楽しそうにバンザイしてはしゃいでいる。


「……」

 ダイアンはというと、ジャックの背中に平たくなってしがみついている。まるでヤモリのようだ。

 

 光のトンネルがエメラルド色に輝いたかと思うと、辺りがだんだん暗くなっていく。


「もうじき地上です。地上う、地上う~」

 ジャックのいい方がまるで、ガイドさんのようで面白い。


「もう、終わりなの」

 花織ちゃんがつまんなさそうに、腰に手をあてる。


「は、はやくとめて……」

 辺りがだんだん明るくなってきて、土の匂いや池の生臭い臭いが鼻をくすぐった。地上が近い。懐かしい匂いに心が安らぐ。

(お母さんやお父さん……みんな心配してるだろうな)


「きっと大騒ぎになるわね」


「なんで心が読めたの?」


「大輝くん、わかりやすいもん」

 花織ちゃんは、こぼれるような笑い声をあげた。


「ええ──」

 ぼくは、そんなに単純なのだろうか。


「地上に出たら、わたしは塩の魔法が解けて、ただの羽根に戻ってしまいます。だからうまく地面に着地してくださいね」


「ジャック、もう君と話せなくなるの?」


「塩の王様がいってたとおり、心を開けばいつでも話せますよ」


「ジャック、ありがとね」


「おいらが、いつでも遊んでやるにゃ」


「そろそろ着きますよ」

 ジャックの言葉が終わるとすぐに、ぼくらは空中に放り出され、砂の上にドスンと、にぶい音を立てて尻餅をついた。

 ダイアンだけは、軽く空中三回転してふわり着地に成功。さすが猫先輩だ。


「ニャア」

 ダイアンが青空を見上げる。


「大輝くん、見て」

 花織ちゃんも空をあおぎ見た。

 夜が明けたばかりの空から、孔雀の羽根が一本、ゆるやかな風を楽しむように、ふわりふわりと、落りてきた。


「ジャック」

 花織ちゃんが、空に向かって、両手を思いっきり伸ばした。孔雀の羽根が手のなかに、ゆっくりおりる。


「ジャック、これからも宜しくね!」

 花織ちゃんが孔雀の大きく丸い模様に話しかけた。するとジャックがウインクした。


「ね、大輝くん、今、ジャックがウインクしわ」

 花織ちゃんが、胸に手をあてて、微笑む。


「もちろん見たよ。ここでね」

 ぼくも右手をかるく胸のあたりにあてた。


「あたしたちが心を開けば、人間同士だけじゃなく、この宇宙の全ての存在と心を通わせることが出来るのね」

 花織ちゃんの大きな瞳が輝く。


「地球上のすべての人が、早く心を開けばいいのに」

 ぼくは、息を大きく吸い、背筋をのばした。


「心がつながれば、平和があたりまえになるとおもうわ」

 まっすぐ朝日を眺める花織ちゃんの目は、とてもすみきっている。


「みんなが、はやく心を開きますように!」

 突然、花織ちゃんがシンクホールの湖にむかってさけんだ。


「ひらけごま!」

 競うようにぼくもさけんだ。


「あは」

 花織ちゃんが笑う。


「ひらけ、心ごま!」

 花織ちゃんがアレンジする。


「『心ごま』ってイイネ!」

 ぼくは、すっかり花織ちゃんの「心ごま」が気に入った。


「ひらけ、心ごま! ひらけ、心ごま! ひらけ 心ごま……」

 ぼくと花織ちゃんは声をそろえながら、大きな声で繰りかえした。


 繰りかえすうちに、世界中の人たちの心が少しずつ開くような気がする。


「そろそろ帰ろうにゃ、腹ぺこにゃ」

 グルグルとダイアンのお腹が鳴った。


「ほんとだ、お腹が空っぽだ」

 ぼくのおなかもギューギュー鳴って止まらない。


「ジャックはお腹空かないの?」

 花織ちゃんが、不思議そうにいう。


(わたしは、地球の愛のエネルギーがごはんですよ)

 ジャックがテレパシーで返事をしてくれた。


「そっか、地球が愛で満たされていれば、ジャックのお腹はいつも満腹なのね」

 花織ちゃんは、感心したように大きくうなずく。


「ジャックの羽根が生き生きとしていれば、地球は愛で満たされているにゃ。生き生きしてなかったら、闇がつよまっているということなんだにゃ……グルグル……腹ぺこにゃ~」

 ダイアンが、ぼくの足に何度も頬をすりつけて、早く帰ろうという。


「ジャック、これからも宜しくね」

 花織ちゃんは孔雀の羽根を大切に持って、嬉しそうに目を輝かせた。


(はい、こちらこそ宜しくです)

 ジャックが大きな目玉でウインクしてみせる。


「ダイアン」

 ぼくが声を出して呼ぶと、ダイアンがぼくの腕の中に飛びこんだ。


 ぼくと花織ちゃんは、ゆっくりと歩きだす。

 

 シンクホールに水が溜まっている。まるで湖のようだ。しかもその湖は塩の王国で見た塩湖のように透き通っていて、人の心をうつす鏡のようにきらめいていた。


「決めた!!」

 ぼくは、湖をながめながら、こぶしを握りしめた。


「なにを決めたの?」

 花織ちゃんが真剣な眼差しでぼくの顔をぞき込んだ。


「人間は塩の一粒にすぎないけど、その一粒でも、とびっきり塩辛くて、光り輝く小さな塩の巨人に、ぼくはなりたい」


「大輝君すてき!」

 花織ちゃんが胸のあたりで手を組む。


「ダイアンやジャックが命をかけて教えてくれたように、自分という塩を、困っている人のために使うんだ」

 ほこらしい気分でいったけど、ぼくは、きゅうに照れくさくなって頭をかいた。だってかっこつけすぎだからね。


「大輝くん、すごいわ。あたしも小さな塩の巨人になりたい」

 花織ちゃんがぼくの目をまっすぐ見つめ、にっこりした。


 ぼくも、えがおになって花織ちゃんをまっすぐ見る。もう、目を逸らさない。


「地球の友だち! こんにちわ!」

「宇宙の友だち! こんにちわ!」

 ぼくも花織ちゃんもハートを開いて声をあげた。

 

 ダイアンとジャックが嬉しそうにぼくたちを見守っている。

 もう、一人で悩むことなんかない。世界に多くの友だちがいる。そう思うと、ぼくは嬉しくて思いっきりジャンプした。


「大輝くん、行くわよ」

 花織ちゃんが、先に走りだす。


「待って!」

 ぼくも慌てて後をおう。


 ぼくらは、笑い声を上げながら、走り続けた。

 シンクホールにできた湖が、みんなの心のようにキラキラと輝いていた。





                                  おわり

           

                          

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