地球の中の地球

「3、2、1……」

 ぼくとダイアンはついにマントルに突入した。

(あれ、熱さを感じない。もう死んだのかな)

「大輝、目を開けるにゃ」

 ぼくは怖々と目を開けた。

「わあ、凄くきれいだね」

 ぼくらは、まるで透き通る緑の宝石箱の中にいるみたいだった。

「シンクホールは異次元トンネルだから、バスの窓から外を眺めるようにマントルを見ることが出来るにゃ」

「わぁわぁ、今度は青の宝石箱の世界だ」

「もうじき下部マントルに突入にゃ」

 ぼくらは、あっという間に地下2千キロを突破。下部マントルを通過した。

「よいよコアの外核に入るにゃ」

「コア? 外核?」

 景色は一変し、白銀の海に幾筋もの稲妻が走る、幻想的な光景が目に飛び込んだ。

「外核は鉄の海。稲妻は流れる鉄が造り出した電流にゃ。あの電流で地球に地磁気ができるにゃ」

「それで方位磁針の赤が北を指すんだね」

「大正解にゃ」

 地磁気のことなら答えられた。ぼくは少し自信がついた。

「いよいよ真の地球に着くにゃ」

「真の地球?」

「人間がコアの内核って呼ぶ、地球の中心にゃ」

「地球の中心にそんな物あったっけ」

「梅干しの種の中身みたいな物にゃ」

「ふう─ん」

「大きさは月の3分の2ぐらいかにゃ」

「つ、月の3分の2っ!?」

「地下5千百キロ通過、もうじき着陸にゃ」

「着陸だって!」

 ぼくは、急に恐くなり、手足をばたつかせ、悪あがきした。

「大輝、落ち着くにゃ」

「無理だよ!」

「鳥のように両手を広げるにゃ」

「ぼくは鳥じゃないよ」

「つべこべいうにゃ」

「わかったよ」

 ぼくは大きく手を広げ、まるでスカイダイビングしているような格好になった。

「すぐに体が軽くなるにゃ」

「軽くなるって、どういう意味?」

「もうじきわかるにゃ」

 ダイアンの指先に力が入る。爪が肩の肉に食い込む。チクッと痛い。

 落下するにつれ、光がどんどん強くなる。

「眩しい!」

 ぼくは耐えきれず、まぶたを固く閉じた。

「突入にゃ」

「わっあああ!」


 突然、体がふわっと軽くなり、まるで宇宙遊泳でもしているような感覚になった。

「大輝、目を開けるにゃ」

 恐る恐る目を開ける。

 透明な青空。まっ白な雲。鏡のように空を映し出す海。エメラルド色に輝く無数の島々。 ぼくは思わず息を飲んだ。

「地球の裏側に出てきたの?」

 ぼくは、てっきり、地球の中心を突き抜け、日本の裏側に出てきたと思った。

「ちがうにゃ。地球の中の地球、真の地球に着いたにゃ」

「さっぱりわからないよ」

「地球の中にもう一つの地球があるってことにゃ。もうすぐ着陸にゃ」

 ぼくとダイアンは、まるで風船みたいにゆらりゆらり漂いながら、大きな島に近づいた。

「サラ島にゃ」

「それって、大昔に太平洋に沈んだといわれる伝説の島だね!」

「そうにゃ」

 ぼくらの眼下にサラ島がある。サラ島は島というより大陸に近かった。

「いったいどれくらい大きいんだろう」

「たぶん、オーストラリアより少し小さめの島にゃ」

「そ、そんな大きな島から、花織ちゃんを見つけることなんて出来ないよ」

「大輝、マイナス思考は、だめにゃ」

「だって」

「だっても、ヘチマもないにゃ」

 ダイアンは、やけに強気だ。

 緩やかな風がぼくらを草原へと誘ってくれる。

「大輝、がんばれ。もうひとふんばりにゃ」

「まかしとけ」

 ぼくらは、ふわふわ空を漂いながら、海岸近くの草原に、嘘のように柔らかく着地した。

「ああ、恐かった。地獄に落ちると思ったよ」

「天国かもにゃ」

「え、え! じゃ、ぼく死んじゃったの?」

「大輝のマイナス思考は筋金入りだにゃ」

 ダイアンが深いため息をつく。

「悪いジョーダンはよしてくれよ」

 ぼくはささやかな抗議をした。

「悪かったにゃ」

 ダイアンは、もうし訳なさそうに、頭を掻いた。

「それにしても広い草原だね。海も碧く透き通ってる」

「太古の地球そのものにゃ」

「地球ってこんなに美しかったんだ」

「にゃー」

「でもどうして、ダイアンは地球の中に地球があるって知ってたの?」

「ここが生命の源だからにゃ」

「どういうこと?」

「地球上の命はすべてここから生まれ、記憶を消して地上へ行き、肉体が塩に戻ると此所に帰ってくるにゃ」

「え、塩に戻るって、じゃ、やっぱり、ぼく死んだんだ」

「大輝、いい加減に目をさますにゃ」

 ダイアンがいきなりぼくのふくらはぎを甘噛みした。

「い、痛い!」

 ぼくは膝をかかえ、片足でぴょんぴょん跳びまわった。

「痛いって事は生きてるって事にゃ」

 ダイアンが目を三日月にしてぼくを見る。

「人間は生まれる時、ここでの記憶を忘れてしまうにゃ。でも動物は違うんだにゃ」

「生まれる前の記憶が消えないってこと?」

「そうにゃ。完璧じゃないけど、おぼろげながら憶えているにゃ」

 ダイアンが遠くを眺める。まるで失われた記憶をたぐり寄せるかのように。

「完璧に思い出せないの?」

「それは無理にゃ、生まれた世界の波動に慣れてしまうと、記憶が薄れていくにゃ」

「そんな!」

 ぼくの淡い期待が崩れかける。花織ちゃんを見つけることが出来るか否かは、ダイアンの記憶にかかっているのに。

「なんとか思い出してよ」

 興奮して声がうわずる。

「心配するにゃ。この世界の波動に慣れたら、自然に思い出すと思うにゃ」

「そっかー」

 とその時だった。

「あ、あの丘、なんか思い出したにゃ」

 ダイアンが目の前の小高い緑の丘を指さした。

「やったぁ!」

 ぼくは勢いよくこぶしを振り上げた。

「あの丘を登るにゃ」

「よし行こう」

 ぼくらは、さっそく、丘にむかってかけた。

「ところでダイアン、どうやって人間語を覚えたの?」

 ぼくが一番聞きたかったことだ。

「動物は初めっから人間語を話せるし理解できるにゃ」

「うそだい」

「嘘じゃないにゃ」

「どうして地上で使わなかったの? 使えばお互いに、もっと理解しあえるのに」

「それがそうはいかないにゃ。地球のオキテにゃ」

「地球のオキテだって!」

 ぼくは、びっくりして、思わずダイアンを振り返った。

「人間は臆病で気が小さいにゃ。自分たちより劣ると思っている動物が、人間の言葉を理解できると知れば、恐れから、ぼくら動物を殺してしまうにゃ。だから人間の前では絶対に人間語を使ってはいけない、というオキテが出来たにゃ」

 ダイアンは真っ直ぐ前を向いて走り続ける。

「そんなに人間は愚かだと思わないけど」

 ぼくは、深く考えもせず返事をした。

「何万年もの大昔、自然界で人間と動物と植物はお互いを尊び、助け合って生きていたにゃ。ところが文明が起こると、人間は自分たちが地上で一番偉いと思い始め、動物狩りや植物の伐採を始めたにゃ」

 ダイアンはそこまで話すと、眉間に三本のしわを寄せた。

「そうだったのか。人間ってひどく身勝手なんだね」

 ぼくは、なんだか人間の自分が申し訳なくなって、うなだれた。

「人によりけりにゃ」

 そんなぼくにダイアンは、目を細め笑いかけてくれる。

「どうしてダイアンは、ぼくに話しかけたの? ぼくより気弱な人間は、地球上のどこ探してもいないはずだよ」

 またぼくのマイナス思考がはじまった。

「大輝は、優しさが、心の弱さや気の小ささを、ずっとずっと上回っているにゃ」

 ダイアンの愛が深ければ深いほど、ぼくは、自分の心の弱さを意識してしまう。

「ぼく、そんなに優しくないよ。だって花織ちゃんを見捨ててしまった」

「見捨ててないにゃ」

「いや、ぼくは自分を守ろうとして花織ちゃんを見殺しにしてしまったんだ」

 ぼくはムキになって声をあげ、丘の上まで一気にかけ登った。

「大輝、急ぎすぎにゃ」

 慌ててダイアンも後を追ってくる。

「大輝は優しい。ここにいるのが何よりの証拠にゃ」

 ダイアンの優しさが心にしみる。

「ありがとう」

 ぼくは嬉しくて目頭に涙があふれた。


 ぼくらは丘の一番高いところに着いた。

 雲一つ無い青空の下に深い緑の谷間が広がっていた。しかも、谷間の底には、鏡のように輝く湖が横たわり、ひまわり畑がその湖をとりかこんでいた。

「きれいな景色だね!」

「絶景にゃ」

 ぼくらは自然の美しさに息をのんだ。

「やっホ──!」

 ぼくは感激の余り、思いっきり声をあげた。

「ついにきたにゃ」

「あの湖、鏡池に形がそっくりだ。しかも真ん中で渦を巻いてる」

「実は、おれら、あの渦巻きから飛び出してきたにゃ」

「それ、どういういみ? ぼくら空から、この島に着陸したんじゃ?」

「あの渦から飛び出して、空高く舞い上がって、また戻ってきたにゃ」

「なんだ、それ」

「じつは、鏡池と、この湖は、異次元トンネルでつながっているにゃ」

「なんでそれを早くいってくれなかったんだよ。最初から知ってれば、あんなに恐い思いしなくてすんだのに」

 ぼくは無性に腹が立った。

「たったいま、思い出したにゃ」

 ダイアンは、すまなさそうに、上目づかいでぼくを見ている。

「もういいよ。ぼくがいい過ぎだった」

 ぼくは指先でダイアンのおでこをなでた。

「鏡池のシンクホールに飛び込んだときは、まったく、おぼえてなくてにゃ」

「それじゃ仕方ないよね」

「すまねぇにゃ」

「気にしない」

「大輝、あそこにゃ! 村があるにゃ」

 湖の畔に、赤、青、黄、橙、ピンクの屋根瓦や壁でできた、カラフルな家が沢山あった。

「きれいな村だね! まるでアイスとビスケットで作られた家みたいだ」

「アイスの家まで競争にゃ」

 ダイアンが、猛ダッシュで地面を蹴った。

「いくぞ!」

 ぼくも、思いっきり地面を蹴る。

 フワ──リ、体が浮く。

「わ、わゎ」

 ぼくもダイアンも、まるで月面をジャンプする宇宙飛行士のように、地面に軽く触れただけで、あっという間に、谷の底まで飛んだ。

「ぼくの勝ち!」

「おいらの勝ちにゃ」

 ぼくらは、同時に、ひまわり畑の一歩手前で止まった。

「引き分けだね」

「だにゃ」

「でも、いったいどういうこと?」

「ここは地球の中心だから、重力が軽いにゃ」

「そうだったのか。だったら最初っからいってよ」

「飛んだとき思い出したにゃ」

 ダイアンが後ろ足で耳の裏を掻き掻きする。

「まったく」

 ぼくはあきれ顔で腕を組んだ。

「良い匂いにゃ。きっとお昼時にゃ」

 どの家からも煙突から煙がたちのぼっている。

「そういえばお腹がすいたね」

 見上げれば、お日様がぼくらの真上にさしかかっていた。

「ここ本当に地球の中の地球、つまり地底なんだろうか」

 考えれば頭がおかしくなりそうだった。

「大輝、そう考え込むにゃ」

「うん」

「ご飯を食べて満腹になれば良いアイディアを思いつくにゃ」

「そうだね」

 ぼくらは、ひまわり畑をゆっくり歩き、村の中で一番色鮮やかな家を目指した。

「この家の人に聞いてみよう」

「ノックしてみるにゃ」

「わかった」

 コンコン

「こんにちわ! だれか居ませんか?」

 ドンドン

「いま、開けるから、そんなに叩かないで」

 奥でなにやらドタバタ音がして、すぐにドアが開く。

「おや人間の子供だね」

 ドアからピンクの豚さんが顔を出した。

「うわああ」

 ぼくはびっくりしてドサッと尻餅をついた。

「豚さん、聞きたいことがあるんですが」

「あたしは豚じゃないわ、虹のコウモリよ」

「虹のコウモリ!」

 コウモリさんが外に出てきて虹色の羽を広げた。

「わぁ、凄くきれい」

「ドレッシーにゃ」

 顔と体はピンクだけど、羽は虹色のストライプだ。

「ほめてくれて嬉しいわ」

「いや、ほんとのことだから。あ、ぼく大輝」

「おいらはダイアンにゃ」

「大輝にダイアン、はじめまして。あたしに何の用かしら」

「ぼく、友達の花織ちゃんを捜しているんです」

「花織ちゃん?」

「ぼくと同じ人間の子です」

「最近、人間の子どもが沢山くるからね」

「沢山ですか?」

「ええ、そうよ」

「困ったなぁ」

「どんな感じの子?」

「あー、えっとー、丸顔で髪の毛は黒くて長くて。目が大きくて、それから……」

 ぼくがうまく説明できなくて、しどろもどろ、していると、

「まかせるにゃ。テレパシーでイメージを送るにゃ」

 ダイアンが長い尻尾を垂直に立てて、ぷるぷる震わせた。

「ああ、その子なら、隣の村に向かったわ」

「ええ、そんなんでわかるの?」

「テレパシーは便利にゃ。動物はみんな出来るにゃ。人間も昔は出来たにゃ」

「そんなこと聞いたことないよ」

「そりゃそうにゃ。みんな、その能力を心の深いところに閉じ込めてしまったにゃ」

「どういうこと?」

「人間が多くなって、国できると、国を治める人たちにとって、テレパシーで人や動物と会話したり、心が読めたりする能力が邪魔になったの」

 虹のコウモリさんは、悲しげに語り、目をふせた。

「なんでそうなるの?」

「悪い隠し事がすぐにばれてしまうからよ」

「テレパシーを使うと命をうばわれたにゃ」

「そんな酷いこと」

「だから地上の人間はテレパシーを使わなくなって、しだいに忘れてしまったにゃ」

「ああ、人間って知れば知るほど嫌いになりそうだ」

 ぼくは大きなため息をつく。

「あたしも、地上には行きたくないわ」

 虹のコウモリさんは肩をすくめた。

「だろうね……」

 ぼくは、うでを組んで考えこんだ。

 そのとき、

 グルグル、お腹がなる。

 グウゥ

 ダイアンのお腹もなった。

 そういえば、ぼくたちは朝からなにも食べていなかったのだ。

「お腹がすいているのね。ちょっと待ってて」

 虹のコウモリさんはにっこり笑って家に入って行った。

 ぼくらは玄関先に腰掛け、日なたぼっこしながら、ひまわり畑と湖を眺める。

 少しして、虹のコウモリさんが箱を持ってあらわれた。

「焼きたてのアップルパイよ」

 虹のコウモリさんが、箱を開けると、格子もようのパイがあらわれた。

「わぁ、やったあ!」

「ちょうどおやつに焼いていたのよ」

「うまそうにゃ!」

「これを食べて元気を出して! お友達もきっと見つかるわ」

「ありがとうございます」

「このあぜ道をまっすぐ行くと草原があるわ。そこに金の羽を持つ、百目孔雀がいるの。その孔雀なら、お友だちを見たかもしれないわ。なにしろ百個も目玉を持っているからね」

 そういって、虹のコウモリさんは、両手を孔雀の羽のように大きく広げてみせた。

 ぼくとダイアンは、さっそくアップルパイを半分食べ、残りの半分を箱にしまってリュックに入れると、すぐに出発した。

 ひまわり畑を、細長いあぜ道が続く。やわらかな風は、湖に細かな波紋を描き、青く光る空には、クリームパンみたいな雲が、いくつも浮かんでいた。

「ここが地球の中心だなんて、とても信じられない」

「大輝は、ここにいた記憶を思いだしたかにゃ」

「ぜんぜん」

 ぼくには、さっぱりわからない。

「必要なら、じきに思いだすにゃ」

 ダイアンのいいかたが、まるで、悟りをひらいた仙人みたいだったので、ぼくは「クスッ」と、小さく笑った。

「いま笑ったにゃ」

 ダイアンが目を細めて、じろりとぼくを見る。

「やっぱりダイアンは、猫先輩だね」

 ぼくはあらためてダイアンをほめた。

 ぼくらは、長い長いあぜ道を歩き続け、やっとのことで、ひまわり畑をでた。

「あれ見て!」

 緑がいっぱいの草原に、金の尾羽を扇のように大きく開いた鳥がいた。

「百目孔雀だ!」

「にゃー」

 孔雀の金の尾羽に、たくさんの目玉がついていた。しかも、目玉は単なる模様じゃなく、全部が本物の目玉だった。

「あれだけ目があれば、一個ぐらい花織ちゃんを目撃してるよね」

 ぼくらは、孔雀さんのところに急いだ。

 ところがダイアンが、ぐんぐんスピードアップして、「お先にゃ」とテンション高くさけびながら、ぼくを追い越してしまった。

「ダイアン止まるんだ。孔雀さん、恐がっているよ」

 びっくりした孔雀さんは、「イニャーン、イニャーン」と、猫のような不思議な鳴き声を上げながら、かけだした。

「孔雀さん、待って! 君に聞きたいことがあるんだ。

 ぼくの呼びかけも空しく、孔雀さんは羽ばたきして、空に舞い上がった。

「ああ、行っちゃった。ダイアン、どうしてくれるんだ」

「大輝、心配するにゃ」

 ダイアンが余裕で孔雀を眺めている。

「あれ」

 孔雀さんは、三メートルぐらい飛ぶと、すぐに降りてしまった。

「な、なんで?」

「きっと腹ぺこで力がでないにゃ」

 ダイアンが、今にも飛びかかろうと頭を下げ、後ろ足に力を入れた。

「ダイアン、だめだよ、じっとしてくれなきゃ。君が行くと孔雀さんが、また恐がるよ」

 ぼくは、慌ててダイアンを取り押さえる。

「つまんにゃいにゃ」

 ダイアンは、ふてくされて、草の上に肘をついて横になった。

「ぼくが話をつけてくる」

「話がついたらすぐに呼んでくれにゃ」

 ぼくは、ダイアンを説き伏せると、孔雀さんのところにゆっくり歩いた。

「孔雀さん、君に聞きたいことがあるんだ」

 逃げかけた孔雀さんは、ぼくのほうを振り返った。

(こんどはうまくいくかもしれない)

「ぼくらは地上から来たんだ。花織ちゃんって名前の、人間の女の子を捜しているんだ」

「に、人間だって!」

 孔雀さんが急に身がまえる。

「ぼくは君に危害を加えないよ。絶対に」

「人間は残酷で嘘つきだ。信じられないね」

 嘘つきといわれ、ぼくはギクリとした。

「過去に人間と何があったのか知らないけど、人間もいろいろだよ」

 ぼくは自分のしたことを振り返り、声のトーンが落ちた。

「で、おまえさんを良い奴だと、信じろって?」

「も、もちろん」

「証拠は?」

「証拠っていわれても」

 ぼくは、それ以上言葉が続かなかった。

「やっぱり、あんたも悪い人間の一味だな」

「ち、違うよ」

「ま、他を当たるんだな」

 孔雀さんはいまにも飛び立とうと羽を広げた。

「虹のコウモリさんが、あんたを頼れって教えてくれたにゃ」

 ダイアンの黒目がまん丸くなり、狩猟モードになった。

「わああ、ダイアン、まずいってば」

 ぼくはあわててダイアンをストップした。

 すると、飛びかけていた孔雀が、ゆっくり羽をたたんで、クンクンと鼻を鳴らす。

「あんたら虹のコウモリの知り合いなのか?」

 なんだか急に態度が変わった。とても親しげだ。

「ま、そんなとこだけど」

「アップルパイをご馳走になったにゃ」

 ダイアンが、さも自慢げに、パイでふくらんだお腹を肉球でさすった。

「なんだって! それは凄い。なんせ、あのアップルパイは千年先まで予約がびっしり埋まってるんだ。わたしだってまだ食べたことないのに」

「わおぅ、なんてこった!」

 ぼくとダイアンの目が点になった。

「ああ、一生に一度、あのパイを食べれたらなぁ」

 孔雀さんの憧れの目がぼくらにそそがれる。

「そんなに! じゃ、これあげるよ」

 ぼくは、リュックから、アップルパイの残り半分を取り出し、孔雀さんに見せた。

「わお!」

「そのかわり、花織ちゃんのこと知ってたら何でも良いから教えてくれる」

「もちろんだよ」

 ぼくがアップルパイを孔雀さんに渡したら、ダイアンはぼくの脇腹を二、三度、突いた。

「なんだよ?」

「こいつ信用できるのか? 先に花織ちゃんのこと聞いた方がよかったにゃ」

 小声で話していると、孔雀さんが、尾羽を大きく広げ、百個の目玉に問いかけた。

「花織って丸顔の人間の女の子を見た者はいるか?」

 すると百個の目玉たちが、ひそひそと相談をはじめた。

「ばればれだね」

「まあにゃ」

 ぼくらは赤面して目をふせた。

「アップルパイが手土産とくりゃ、人捜しなんてチョロいもんだ」

 孔雀さんは、ぼくたちのひそひそ話しなんて気にもせず、羽の目玉たちから聴き取りを続けてくれた。

「その子なら塩の王国に連れて行かれたな。ひまわりバニラを無断で食べた罪で、塩漬けの刑にされるらしい」

 目撃者は、右から十一番目の、ジャックという目玉だった。

「塩漬け!」

 ぼくは、目の前が真っ暗になった。

「どうやらその花織って子は、禁断のひまわりバニラを食べてしまったらしい。あれは王様しか食べちゃいけないんだ。罰を受けるのは当然だな」

 孔雀さんが、気の毒そうにぼくらを見る。

「だからといって塩漬けになんかにしなくても」

「日が沈まないうちに王国へ行けば、助けてくれるかもしれない」

「塩の王国ってどこ?」

 パニクったぼくは、孔雀さんの首を両手で掴み、左右に振った。

「ぐ、ぐるしい」

「大輝、やめるにゃ!」

「だって花織ちゃんが、花織ちゃんが」

 ダイアンが、ぼくのふくらはぎを、ガブッと噛んだ。

「い、痛てて!」

 ぼくは正気を取り戻し、ヘナヘナと座り込んだ。

「まだ塩漬けになっちまったわけじゃないにゃ」

「そ、そうだけど」

「とにかく急ぐんだな」

 孔雀さんが、ホッとため息をつく。

 ぼくは、パニクった自分が情けなくて、頭をボリボリ掻いた。

「塩の王国は、サラ島の中心にある」

 親切に孔雀さんが教えてくれたけど、ぼくには見当も付かない。

「この草原を真っ直ぐ北へ進め。日が沈まないうちに。そうすれば必ず間に合う」

「何分ぐらいで着くの?」

 ぼくは、何気なく聞いた。

「あんたなら楽勝だ」

 孔雀さんは、近所の家にでも行くような話しぶりだ。

「へー、わりかし近くなんだね」

 ぼくは、ほっと息をした。

「二千キロメートルぐらいだ。余裕だろう」

 孔雀さんは、とんでもない数字を平然といってのけた。それから、長いくちばしで、アップルパイを嬉しそうに突っつきはじめた。

「二千キロって……」

 そういわれても、ぼくには、さっぱり分からない。

「大ざっぱに、沖縄から北海道ぐらいまでの距離かにゃ」

 ダイアンが事もなげにいう。

「そんな」

 ぼくは、地面に跪き空を仰ぎ見た。

「神様」

(あんまりじゃないか。間に合うはずがない。もう終わりだ)

 ぼくは泣きながら地面を叩き、草をむしった。

「なんで泣いてんだ?」

 孔雀がポカンと口を空け、ぼくを見つめる。

「今からすぐに、そんな遠くまで行けるわけないだろう!」

「行けるさ」

「馬鹿にしないでくれ! 勉強が出来なくてもそのくらい想像つくさ」

 ぼくはヒステリックにさけんだ。

「飛ぶんだ。ぼくみたいに、ふわっとね」

 孔雀はマジになって羽を広げ、飛ぶまねをした。

「ああ、もうだめだ」

 ぼくはへなへなと尻餅をついてうなだれた。

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