第5章

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 十係の刑事たちの頭にはよほど運が悪くない限り、三橋英里のストーカーは見つかるだろうという思い込みがあったのだ。ところが、現実には失踪が発覚してから2日経った26日になってもまだ発見に至らず、三橋英理も行方不明のままだった。

 横浜から呼ばれた三橋英理の老母は24日の午前8時過ぎに八王子東署に到着し、署員に促されて捜索願を提出した。その後の聴取で、老母は娘の異性関係については全く把握しておらず、捜査本部は暗澹とした雰囲気に陥った。娘がストーカー被害に遭っていたようだと耳にすると、老婆は聞き終わる前に顔色を失い、その場で卒倒してしまった。

 押収した住所録などを元に、三橋英理の捜索を開始したが、集められた情報の中に梁瀬陽彦、ストーカーの影どちらともつながるものはやはりなかった。

 302号室の捜索では、目敏い桜井が「あったぞ」と言い、ベッドの下にあるコンセントから怪しげなタップを見つけ出した。科捜研の鑑定結果から、盗聴器の発信装置だと判明した。三橋が署に訴えていた「盗聴」が行われていたことを裏付けるものだったが、装置からは指紋は1個も検出されなかった。

 三橋英理をつけ狙っていたストーカーが今回の事件に何らかの関わりがあると踏んだ馬場は、302号室に鑑識を入れた。

 まず指紋の採取をしたところ、部屋から検出した三橋英理の指紋の一部が、梁瀬陽彦の冷蔵庫にあったタッパーウェアの指紋と一致した。同時に、部屋の数か所で採取された同一指紋が、梁瀬陽彦のものと一致した。報告では、さらにもう1種類の指紋と掌紋が部屋から採取された。

 捜査本部にさらなる展開をもたらしたのは、4月14日の交通事故の件だった。

 第九方面本部から各署へ伝えられた情報をもとに、都内各所の交番から近くの自動車整備工場や修理工場へ警らが走った。25日の昼前になって、福生の交番が近くの自動車整備工場に4月15日、フロントバンパーの右角を凹ませたバイクが1台持ち込まれたことを確認した。車庫入れに失敗したという持主は、福生の会社員。早速、連絡を受けて八王子東署から巡査2人が福生に向かい、本人に会った。

 男の名前は富岡。富岡は車庫入れ云々は嘘だったと供述した。4月14日の午後7時半ごろ、会社帰りに八王子市内で接触事故を起こしたことを認めた。事故は富岡が一時停止せずに脇道から本道へ左折しようとして、本道を走ってきた黒い乗用車とぶつかったものだった。違反点数の関係で警察沙汰にしたくなかったので、相手側と示談し、車の修理費を現金で支払ったという。

「相手方の運転手の氏名は新條博巳。和解は済み、費用を支払った後の問題は起こっていないとのことです」

 夜の捜査会議で八王子東署員がそう報告した時、真壁はまず心臓に楔を一つ打ち込まれたような衝撃で身体が強張った。そろりと周囲に眼を動かす。馬場をはじめ杉村、清宮も似たような固い顔をしていた。

「新條博巳の自宅・勤務先の住所を」杉村が言った。

「えー・・・」署員が手帳をぱらぱらと捲る。「自宅は杉並区久我山四丁目×‐×、勤務先は渋谷区神宮前六丁目×‐×、ローヤルファーム法律事務所」

 田淵が武蔵野東署から送られてきた告発状を手にしながら言った。

「新條っていうのは、この新條・・・?」

「告発状にある勤め先の住所が三橋英理と勤め先が同じ」いち早く頭を整理したらしい桜井は「面白いことになってきたぜ」と余裕たっぷりの舌なめずりをしていた。

 実際、あらためて確認するまでもなく、梁瀬陽彦と三橋英理を結ぶ一点が、ついに現れたということではあった。論理的に、弁護士新條博巳は三橋英理を包含し、梁瀬陽彦を包含し、それによって一見かけ離れた三橋英理の失踪と梁瀬陽彦の殺害事件は新條という共通項でつながったのだった。もちろん、全ての事象が単なる偶然である可能性はあったが、行き詰まりの捜査に風穴が一つ開いたのは確かだった。

 やっとざわざわし始めた会議室で、幹部席に座る開渡係長の「報告の続きを!」という一声が響いた。署員が続ける。

 新條博巳は外出中で連絡が取れず、福生から引き続き巡査2人が神宮前六丁目の法律事務所に出向いた。新條はその日、事務所に帰って来なかったという。

「黙って帰ってくるバカがいるか」馬場が報告者に噛みついた。「吉岡さん、翌朝すぐに新條の自宅へ行ってください!女房、子どもを捕まえて事情聴取を」

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