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 真壁は明かりを落とした会議室に独り佇んでいた。八王子東署員である当直は近くのコンビニで買ってきた缶ビールとピーナッツのオマケ付きで、仮眠部屋になっている道場へ追いやった。

 何本かタバコを立て続けに吸っていると、富樫から電話があった。3年前、板橋区の殺人事件で弁護人を務めたのは、新條博巳。真壁が「急な話で悪かったな」と詫びると、富樫は「柄にでもないこと言って」と笑った。電話は切れた。

 予想通りの回答が出たとはいえ、思わぬところで発覚した梁瀬と新條のつながりがこの事件とどう絡んでいるのか考えようとした。事件の解明にはまだピースが足りないように思われた。

 馬場が会議室に姿を現したのは、午前〇時過ぎだった。どこかで飲んでいたのか、ウィスキーが匂う息を吐いた。

「あのマンションの住居者名簿を取り寄せようとしたら、副署長がガヤガヤ言ってきたことがあってな」

「どうしてです?」

「ストーカー」馬場はあっさり言ってのけた。「去年の10月ぐらいから、被害に遭ってるらしい。三橋英理は盗聴されてるようなことを署に数回、相談に来てた」

「相手は?」

「三橋本人も分からないと言った。それで、署も対応がうやむやになった」

 この期に及んでのストーカーの登場。馬場にしろ所轄の副署長にしろ、今頃になってまた一つ大事な話を聞かされた苛立ちに、真壁は顔をしかめた。真壁の思いをよそに、馬場はテーブルの上の武蔵野東署から送られてきたファックスに眼を通していた。

「その告発状の件、どこでつかんできたんですか?」

「所轄のケツを引っぱたいただけよ。物書きだから、軽犯罪法か微罪でどこかの所轄にひっかかってないかと思ってたら、弁護士から告発を受けてたとはな」

「こんな話があるんですが」

 真壁は14日の夜、マンション近くで発生した事故について話した。

 馬場は「匂うな」という感想をもらした。

「ストーカーが梁瀬を殴り、三橋をどうにかしたのか?」

「梁瀬がストーカーだった可能性もあります」

 馬場は「なるほど、お前の頭が不健全な理由が分かったぜ」と笑い、「それより三橋の件だが、お前、どこでつかんだ?」と切り返してきた。

「清宮さんと組んでる奴からのタレ込み」

「失踪の話じゃない、三橋の話だ」

「昨夜、初めてOLだと聞いた。それだけです。何か知ってるんですか」

「清宮が探ってたということは知ってる」

「梁瀬が襲われた事件との関連で、三橋英理を探ってた・・・?」

「と思うがな。俺も三橋についてはちょっと調べてみたが、貿易会社の事務職だというだけで、ガイシャとの仕事上の接点はないんだ。ガイシャと三橋が面識を持っていたという話も、今のところ聞いてない」

「三橋英理っていくつですか」

「25」

「三橋英理がいなくなったことは知ってたんですか」

「バカ野郎。知ってたらすぐに動いてる。今夜初めて聞いたんだ、お前から」

 午前3時過ぎ、今度は清宮がぶらりと姿を見せた。二枚目らしい整った顔はいつもの血色のよさも失せ、そろそろ濃くなり始めた髭に縁取られて陰鬱な形相になっていた。

「『放っとけ』と言ったのがいかんという非難なら甘んじて受けますがね」

「だから・・・」

「三橋英理の失踪は、私は関知してません」

「当たり前だ。関知してたら、そのクビかっ切ってやる!」

 馬場が清宮の首元を掴む。それを押さえて、真壁は「捜索はやります」と言った。

「三橋とガイシャをつなげる何かがないか、探さないと」

「出てこないよ」清宮が言った。「302号室の新聞受けに新聞が溜まり始めた15日の夜から、あちこち当たったんです。三橋英理と梁瀬陽彦の接点はありません」

「ないなら、ないにこしたことはない」馬場はきつい口調で言った。「三橋英理はもう何かの事件に巻き込まれてる可能性が高い。俺たち全員、戒告処分だ」

「それより、清宮さん。三橋の家族・親戚は?」

「横浜の実家に母一人。兄弟はいない」

「連絡しないといかんな」馬場が言った。

 4月24日早朝、不動産管理会社の社員を立会人にして、午前6時から三橋英理宅の捜索が行われた。田淵と吉岡はストーカーの出現に《まさか》という思いが払拭できず、鈍い顔つきだった。マンションを一目見るなり「オートロックはないわ、防犯カメラもなし。これじゃ、ストーカーもヘチマもない」というのが杉村なりの答えで、桜井は捜索に張り切っていた。

 十係の面々は3時間かけて念入りに部屋の中をひっくり返した。押収したのは、三橋英理の近影と思われる写真数点、手紙、三橋英理の仕事先関係を含む住所録や手帳数冊。

 押収品を署に持ち帰った後、住所録をもとに法律事務所や人材派遣会社数件、知人・関係者十数人、三橋英理が過去に勤めていた会社と同僚数人などの許に手分けして走った。

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