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 清宮からやっと電話が入ったのは、午後10時半を回った頃だった。

「清宮さん、レジデンス子安町の302号室の話なんですが」

「何だ・・・」清宮は鈍い声で応えた。

「機捜の巡査がタレ込んできました。新聞が溜まってるのに『放っとけ』って言ったんですか」

「言ったよ。それで」

「なんでそんなことを言ったんですか」

「事件発生の11日夜、三橋は独りでマンションに居た。ガイシャとは面識がないと言ったんだ。だから、内偵対象外だと・・・」

「11日の夜、マンションに独りで居た、と言ったのは本人ですか」

「・・・言いたいことがあるんなら、はっきり言え」

「梁瀬と三橋はできてたのかも知れない。明朝6時からガサかけるから、出て下さい」

 続けて、真壁は十係の他の面々―杉村、桜井、田淵、吉岡にも一応、電話をかけた。事件との関連はあるともないとも言えない失踪だったが、この4名にはそういう事実があるということだけとりあえず伝えておいた。

 真壁はパイプ椅子に腰を据えて、手帳を開き、4月13日の事件発生以来書き続けてきたページを繰りはじめた。大井町のマンションに帰らなかったのは、馬場か清宮がそのうち本部に駆けつけてくるだろうと思ったからだった。

 梁瀬の知人・友人・仕事関係の人間あわせて二百数十名と面会してきた中で、梁瀬が「いい男だった」と皆が口を揃えるのは、裏返せば、誰ともそれほど深い付き合いはなかったということだろう。その一方で、手帳や携帯電話に名前や番号も記さず、メールも残さず、誰にも話さない「女との情交」。真壁は脳裏で、梁瀬の顔が滲んでくるのを感じた。

 そこへ、判事の判子をもらって帰ってきた当直が書類を差し出した。

「武蔵野東署からファックスです。お宅の馬場主任宛てです」

 タイトルは告訴状。3年前のものだった。書面を見ている内に、真壁は一瞬自分の眼を疑い、「うわ・・・」と無様な一声を上げていた。

 告訴人の欄に新條博巳。被告訴人は梁瀬陽彦。告訴事実は梁瀬が数回、池田宅周辺をうろつき、近隣各戸に対して聞き込みを行い、個人生活を著しく不当に侵害した、云々。

 新たなショックを受けながら、真壁は告訴状をテーブルの上に置いた。次いで手帳のメモをめくり、梁瀬が書いてきた記事の見出しを確認していった。フリーのジャーナリストらしく梁瀬はどんな内容の仕事もこなしていた。グルメ、健康、地方の観光地ルポと雑多な文章を書いており、自らラグビーの選手だった経験を活かしてか、スポーツ関連の記事が多かった。

 人権派の弁護士とつながりそうな見出しを探す。ある記事が見つかった。告訴状が出された3年前に起きた板橋区の殺人事件。梁瀬は初公判に関する記事を書いていた。

 告訴状にあった池田とは事件の加害者と同じ名前だったと思い出す。真壁は携帯電話を取り出した。

「今どこにいる?」

「『七社会』。今日は宿直」富樫が欠伸交じりの声で言った。

「3年前、板橋であった殺人事件を覚えてるか?加害者の名前は池田」

「たしか、犬のぬいぐるみ帽を被って人を刺したっていう事件だったな。それがどうした?」

「当時の裁判資料を当たって欲しい。知りたいのは、弁護人の名前」

「八王子の件と何か関係があるのか?おい・・・」

 真壁は富樫の言葉に答えず、電話を切った。確認すべきことはたくさんあった。捜査本部を飛び出し、1階の受付に向かった。人影は疎らだ。奥のフロアで、まだ起きている署員に宿直日誌を見せてくれるよう頼んだ。

 4月14日の日誌に眼を通す。午後6時23分、人身交通事故、3名が出動。8時40分帰署。7時10分、喧嘩の通報、2名が出動するも誤報と判明。8時20分、物件交通事故、2名、10時5分帰署―。

 警備員の話では、事故があったのは午後7時13分。たしかに受理された形跡はない。それだけを確認したとき、真壁は携帯電話が震え出すのに気づいた。富樫からか。電話に出ると、相手は馬場だった。

「何かあったのか」

「三橋英理を知ってますか」

「それがどうした」

「レジデンス子安町の302に住んでます。三橋英理です。知ってますか」

「・・・お前、今どこにいる?」

「署ですが」

「今日の当直は署の奴だったな?そいつを部屋から追い出して、帳場で待ってろ」

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