[17]

 芽衣はすぐには動かなかった。じっと真壁の顔を見ていた。

「要するに、証拠があったらいいんですか」

「そうだ。しかし・・・」

「証拠はあります」

 真壁と富樫は顔を見合わせた。芽衣は続けた。

「紀子はあの話をした時、アタシが信じてないと思って、『嘘じゃないよ。じじいを締めたタオルと部屋の鍵、見せようか』と言ったんです。紀子はどこかにそのタオルと鍵を隠していると思います」

「分かった。ありがとう。さあ、早く帰れ」

 芽衣が立ち去っていくのを見届けた後、真壁と富樫はベンチに坐り直した。

 最後に芽衣が言い出した言葉が、今夜の決定打だった。タオルと鍵ではない。最後に『証拠はあります』と言い残した。その心根だ。

「あの子、紀子を消したいのかな」富樫が呟いた。

 そうかも知れない。友人から殺人を打ち明けられた時点で芽衣が何を思ったのかは依然不明だが、2か月沈黙を守った後に、刑事をつかまえて友人の話をタレ込んだ動機は「悪いことだから」ではない。何かの理由で、紀子との関係を清算したいのだろう。自分の通う学校から、日々の生活から、自分の身辺から、紀子を消し去りたい。その気持ちが『証拠はあります』の一言になって出たに違いなかった。

 思春期の友情が不安定なものだとしても、この芽衣という少女の薄情さは、紀子よりも心に問題があるとしか言いようがない。

 真壁は両手で顔をこすり、疲れのたまった眼をこすった。胸にトゲが2つ刺さっている。そう思った。1つは、紀子の家庭。もう1つは、清宮の胸のうち。

 いや、新たなトゲもいくつか加わった。第一に、紀子と芽衣の関係はいったい何だったのか。第二に、殺人はあったのかなかったのか。第三に、紀子が口にしたという「じじいを締めたタオルと部屋の鍵」。これには、正直なところ心が動いた。

 宮藤研作の検視結果を精査していた岡島から電話があったのは、昨日の夜だった。

 岡島の話では、死因が一酸化炭素中毒死ではない可能性があるという。鑑識が撮影した写真から被害者の顔面はかなり鬱血し、一酸化炭素中毒で起こるピンク色の死斑が出ていないこと。眼球に溢血点多数、頸部の皮下出血という死体検案書の記述から、扼殺の可能性がある。気になることがあるとすれば、頸部に扼痕が見られないことだが、タオルのような柔らかい、また圧迫する面の広いもので絞めたとすれば可能―。

「紀子に会うのか?」富樫が言った。

「分からん・・・」

 絶対に自殺しないとは言えない。紀子はかなり神経が細いに違いない。学校生活が楽しいという顔もしていない。春先に、たぶん数少ない友人の1人だったはずの芽衣を失っている。宮藤研作を殺したかどうかは別にしても、精神的に不安定であることは間違いない。

 やはり下手に刺激するのはまずいと考えながら、真壁は大きな欠伸を洩らした。所詮は無駄足、時間潰しという思いがちらりとよぎる。今夜はもう、寝入るのに充分なだけ疲れきっている。

「おい、もう帰ろう」

「送ってくよ」

「悪いな」

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