[15]
真壁が桐谷芽衣に接触したのは、それから2日後になった。
芽衣が所属するテニス部の練習は何かの事情で毎週木曜日は早く終わり、喫茶店でバイトするのもその日に決まっていた。真壁は捜査会議が終わってすぐに自由が丘へ向かい、午後8時半に九品仏川緑道沿いの公園に入った。
もし予定通りなら今ごろ、富樫がすでに自由が丘の喫茶店で「紀子の話を聞こう」と書いたメモを芽衣に見せ、この公園まで連れてくるはずだった。無愛想な自分が対応するよりも、富樫の清涼な面差しになら大人しくついてくると踏んでいた。
富樫が芽衣を連れて公園に入り、そこで真壁は警察手帳を見せた。芽衣はやけに慎重に手帳を見入った。かなり用心深い。芽衣は黙ってうなづいた。顔は緊張している。
「さあ、話を聞かせてくれるか」
「アタシが声をかけた刑事さんから聞いたんですか」
芽衣はしっかり尋ね返してくる。
この小賢しい感じを受ける少女の顔を見やり、ある直感が真壁の脳裏をよぎった。下手な迂回は抵抗にあう。なめられそうな感じもした。真壁は単刀直入に切り込むことにした。
「ああ、そうだ。まず聞きたいんだが、清宮巡査部長の名前はどこで知ったんだ」
「アタシのお父さんは新聞記者だから・・・」
「それは知ってる。桐谷勲さんだろう?」
うつむけた目がほんの少し、落着きなく左右に流れている。情報源に関する嘘は見え透いているが、とりあえず問いたださずに先へ進んだ。
「ところで、君は清宮とは吉祥寺の駅で声をかけた時が初対面だったのか?それとも、以前に会ったことがあるのか?」
「口きいたのは初めてです。顔は知ってました。毎朝、同じ道であの人が歩いていくのが見えるから・・・」
「へえ。で、毎朝見ている男が刑事だと知ったのはいつ」
「もうずっと前」
「お父さんから聞いたのか?」
「父の手帳のメモを見ました」
「顔も身元も知っているが、口をきいたことはない刑事に、声をかけてみようと思った理由は?」
「だから・・・アタシの友だちの・・・」
この少女は眼の前に対面している刑事の関心が、タレ込んだ事件よりも自分自身にあることを感じているに違いなかった。真壁は相手に逡巡させるヒマを与えないように、矢継ぎ早に問いただす。
「君の友人の新條紀子が老人を殺害したという話だが、君が紀子からその話を聞いたのは、正確にいつだ?」
「2月の終わりぐらいの・・・」
「2月20日?」
芽衣があいまいに首を振る。
「たぶん」
「それから2か月くらい経ってから、突然、警察に話そうと思った理由は」
「だって・・・悪いことだから」
「すぐに警察に話さなかったのはなぜだ」
「紀子とは友だちだったし」
「では、2月20日の時点では、君と紀子はそういう秘密の話をするぐらい親しかったんだな?最近はどうなんだ」
また、芽衣は首を横に振る。
「いつごろから」
「春休みに入ってから・・・」
「ケンカでもしたのか」
「別に」
この《別に》という言葉のおかげで、大人たちの常識は振り回される。とぼけているわけではない。ただ単に《別に》という気分がある。しかし、芽衣の口調には明らかにシラをきっている感じがあった。「別に」と言った時、ちらりと下から真壁の目を窺ったからだ。
「これは殺人の話なんだ。めったに人に打ち明けるような話じゃない。それを打ち明けた紀子も紀子だが、打ち明けられた方の君の気持ちはどうだったんだ」
「別に・・・」
「友だちが老人を殺したという話を聞いて、別にはないだろう」
「怖かった・・・」
「紀子は一体なぜ、そんな話を君に話した?」
芽衣は首を横に振るだけだった。
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