[14]

 ある夜、捜査会議が退けた後に、真壁は清宮を浅川の河川敷に誘った。1日じゅう歩き回った後でくたびれきっている時に、自分でもつくづくバカだと思う。

「ところで、あの桐谷芽衣という子が話をしながら薄ら笑いを浮かべたというのは、どういう意味です?」

「そんな気がしただけだ」

「見ず知らずの刑事に、人殺しのタレ込みをしながら笑う。そういう人間もいるかも知れませんが、そんな子の言うことなんか、俺ならまともに聞きませんが」

「そういう台詞は彼女に言ってくれ」

「芽衣に会う必要があるかどうかは、清宮さんの返事次第です。正直に言って下さい」

「心当たりはない」

 真壁はちょっと間を置いた。

「昨日、桐谷芽衣が学校の帰りに自由が丘の喫茶店に入るのを見たんですが」

 清宮は怪訝な表情を浮かべた。

「自由が丘の喫茶店。そこでバイトしてます」

「へえ・・・」

 清宮は心底意外だというような顔をし、頼りない相槌を打っただけだ。

「へえで、済まないでしょうが」真壁は低い声で怒鳴った。「清宮さん。学校には内緒で、喫茶店でバイトするような女子高生が見ず知らずのアンタに声かけて、おかしな話を持ち出してきたんですよ。へえ、で済みますか」

「だから悩んでる」

 真壁の怒号は、清宮の空虚に吸いこまれて手応えも無かった。余計な神経を詰め込めすぎた清宮の頭が周囲への無関心という鎧で自分を守るのは勝手だった。しかし、その鎧が今や女子高生のタレ込みひとつで破れかかっている。

「ふと考えたんですが、清宮さん、どこかで桐谷芽衣と会ってるんじゃないですか?」

 清宮はまた怪訝な顔をする。虚空を仰ぎ、しばらくして力なく首を横に振った。

「思い出せない」

「仮に素性を知って話しかけたにしても、初めて会う刑事に向かって、薄ら笑いを浮かべるというのは、どうしても納得いきません」

 清宮は「思い出せない」と繰り返した後、鈍い表情にちらりと光が走った。虚ろに空いた口から「あ・・・」という呟きが洩れた。次いで、これはマズイとでもいうように、何かをごくりと呑み込んだ表情になり、身体がそわそわとした。その様子を横目で眺めて、真壁は咳払いした。

「何か思い出しました?」

 清宮はあいまいに首を動かす。

「桐谷芽衣とどこで会ったんです?」

「くそ・・・」

 真壁が「どこで会ったんですか」とくり返した。

 ぼそりと「最悪の場所」という返事があった。

「今思い出した・・・去年の暮れだったと思うが、吉祥寺の駅前であのぐらいの歳の女子高生とぶつかったんだ。多分、あいつだ・・・」

「駅前のどこで」

「本町の1丁目」

「1丁目のどこ」

 数秒置いて「キャバクラ」と清宮は吐き捨てる。

「最悪だな」

「その時は1人だったんですか?」

 清宮は首を横に振る。

「連れがいたんですか」

「まあ・・・近い」

「ともかく、そのとき桐谷芽衣があなたの顔をどこの某かと確認したのなら、それ以前から町内で、あんたを何度か見ていたことになります。あるいは、その逆か」

「かも知れん」

「桐谷芽衣に会ったら、今の話も含めて全て問い詰めますよ。それでもいいですか?」

 返事が返ってくるのに、しばらく時間がかかった。それから、清宮は意気消沈した顔でうなずいた。

「いいさ。しかし・・・内容が何であれ、他の奴には言わないでくれ」

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