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その日の午後、真壁と桜井は、杉村と吉岡の2つの班と合流し、総勢6人でまず被害者梁瀬陽彦の新宿区高田馬場の自宅の捜索で4時間を潰した。梁瀬が仕事場に残したパソコンや手帳、私信、外出や仕事の締切日などを書き込んだカレンダー、クレジットカードの利用明細書、銀行の各種自動引き落としの明細、通帳、仕事関係の通信、ファックスの通信記録などはすでに回収されているが、そのほかに、隠れた付き合いや生活事情を明かす資料がないか探したのだ。
ざっと見たところでは、被害者像をくつがえすような資料は何もなかった。2LDKのマンションは男の独り暮らしらしく適度に散らかり、キッチンのゴミ袋の中は缶ビールの空き缶のみ。衣類や生活道具その他に、それと分かるような女の影もなかった。
「女ですか、やっぱり」吉岡と組んでいる所轄の刑事が言った。「ウチもその線で探してきたんですがね、今のところ出てこないんですよ、そういうモノが」
「しかし、何かあるはずだ」杉村は言った。
刑事たちは絨毯をめくり、食器棚の皿から湯飲みまで裏返し、ゴミ箱をひっくり返し、仕事場の壁に貼られたポスターやカレンダーを剥がし、書籍をめくった。その結果、冷蔵庫を開けた桜井がある物を見つけた。
桜井が白手袋をはめた手でつかみ出したのは、弁当箱大のタッパーウェアだった。蓋を開ける。うっすらと白カビの生えた高野豆腐とサヤインゲンとカボチャの煮物が入っていた。少しつついて大方食べ残し、そのままになったのだろう。
「これだぜ、これ」桜井は言った。吉岡が「それだな」と相槌を打った。
手料理をタッパーウェアに詰めて梁瀬に差し入れたのは無論、どこかの女だ。
「指紋、採れるな」杉村が言った。
「この手料理、何日ぐらい前の差し入れですかねえ」所轄の刑事が口をはさむ。
塩分や保存温度によるだろうが、火を通した高野豆腐の煮物が何日ぐらいで白カビが生えるのか。刑事たちに分かるはずもなかった。結局、中身ごと鑑識行きになった。
被害者梁瀬陽彦には女がいたという確信を得て、午後5時前、3班は捜索を切り上げて別れ、それぞれの分担先へ向かった。時間を惜しみながら、真壁と桜井が回った聞き込み先はわずかに3件だった。いずれも梁瀬に仕事を回した神保町の出版社。
関係者の話を総合すると、梁瀬陽彦というフリーライターは編集者たちに強い印象を残すような個性的な仕事で名を売っていくよりも、付き合いの良さやオールマイティの守備範囲で重宝されるタイプだったようだ。雑多な注文をそつなくこなし、適当に飲み歩き、誰とでも気さくに話をする。
3件目の出版社で、梁瀬と大学の同期だったという雑誌編集者に会った。
「彼、ラクビー部にいましてね。根っからのスポーツマンだと思ってたら、小説なんか書いたりして。体育会系というより、文学青年でした。私はここへ就職して、彼は広告会社に入りました。本当は新聞社に行きたかったらしいですが。広告会社ではコピーの仕事をしていました。よく私のところへやって来て、『雑文を書かせてくれ』と言ってました。フリーになったら生活が大変だから、会社だけは辞めるなと私は言ったんですが、結局五年で辞めて・・・」
「辞めた理由は?」真壁が言った。
「そこそこ、ルポとかインタビューとかの仕事が入るようになったからでしょう。なにせ、みんなに好かれる性格でね、あちこちの雑誌の編集者が何かと彼に仕事を回してましたよ。まあ、ライターとしては成功した方じゃないですか」
「女性関係については、どうです?」
「何人かはいたんだとは思いますがね、梁瀬君の口から聞いたことは無いですね」
出版社を出てから、真壁は「どう思います?」と桜井に声をかけてみた。いつもは騒々しい桜井が聴取の間、ずっと黙ったままで真壁にまかせっきりだった。形のいい唇をにやりと横に裂いてみせたが、返事は素っ気なかった。
「ガイ者が己の人生に満足していたかどうかは、疑問だよなぁ」
「どういう意味です?」
「女との付き合い方も、どこか臭う」
その点だけは、真壁も納得できた。手帳や携帯端末にも名前や番号も記さず、メールも残さず、誰にも話さない。人目をはばかった女との情交というのは、そこそこやってきて業界歴十年の感がある被害者像からは結びつかない。
桜井が不敵な笑みを浮かべた。
「若いの。お前もそのうち分かるようになると思うが10年早ぇよ、10年」
「覚悟してます」
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