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 鑑識の声とは別に、真壁の後ろで清宮が誰かに囁いた。

「現場、どこだっけ?」

「四の十八」吉岡が応える。

「四の十八・・・」

「何、聞いてたんだ」

 杉村の怒鳴り声で真壁が振り向くと、清宮は回覧している写真を何枚か掻き集めて眼を近づけているところだった。

「何か見つかったか」

 田淵が口をはさむ。返事はない。続いて桜井が「ヘッヘッ」と小さく笑った。

「そういや、今度の彼女のマンション、この近くだっけか」

「あれは台町の方だろ」馬場が茶々を入れる。

「平町。言うのなら正確に言って下さい」

 真顔で訂正した後、清宮は手にしていた写真を田淵に渡して、ふいとそっぽを向いた。すかさず、真壁は田淵の手からその写真をひったくった。幹部席の開渡が「静かに!」と机を叩いている。

 清宮が見ていた4枚の写真には、犯行現場の交差点が映っていた。角度を変えて全景が撮られている。二度さっと眼を通す。清宮が注視していたものが、おぼろげに見当がついた。4枚の写真に共通して写っていたのは、交差点の東側に立つ六階建てのマンション。真壁がちらりと背後の清宮の様子を窺う。

 清宮はただ何か考え込んでいるようだった。

 その間も所轄の報告は続いている。十係の耳は、片方ではそれらをしっかり聞いていた。

 最初に被害者を診断した病院の医師の診断書、死亡後解剖した監察医の死体検案書。被害者は長さのある棒状の鈍器で頭と顔面を2回強打されており、著しい裂傷と頭蓋骨の陥没が見られた。直接の死因は、頭腔内損傷による硬膜下出血。裂傷の状態から、成傷物体は一部に突起か凹凸があり、かなりの重量があると見られる。具体的な凶器の見当はつかない。

「質問です」ふいに清宮が手を挙げた。「病院で治療中、被害者の身体を拭いたり洗ったりしたんですか」

「それは・・・分かりません」

「以上です。続けて下さい」

 課長の報告は続いていた。今朝までの地どりと聞き込みの結果、犯行の目撃者はゼロ。物音を聞いた者なし。現場は閑静な住宅街であり、午後11時を過ぎると、ほとんど人通りもなくなる。被害者が第一発見者に向かって「助けてくれ」と叫んだのとほぼ同じ頃、近隣のマンションで2軒の住人が男の大声を聞いている。ただし、それが本間の聞いた「助けてくれ」という叫び声と同一かどうかは不明。

「被害者の姿を、事件発生前に見た者は」馬場が言った。

 今のところ、JR八王子駅で午後8時ごろに改札の駅員が被害者によく似た男を見たという証言が1つ。被害者によく似た男が、駅員に財布の落し物を届けてきたため、たまたま顔を覚えていたらしい。

 ほかには、駅前商店街や通り沿いの商店などを当たったが、目撃者はなし。

「被害者が11日深夜、現場にいた事情について、分かってることは」

 杉村が質問を飛ばした。刑事課長の返答を聞く限りはどうやら、分かっていることは何もないようだった。

 被害者の梁瀬は独身のフリーライターであり、仕事はほとんど自宅兼事務所のマンションでパソコンと電話とファックスでしていた。たまたま事件当日は仕事上の外出や打合せの予定が入っていなかったことは、梁瀬が高田馬場の事務所に残していた手帳や所持していた携帯端末から確認できている。

 また、梁瀬の手帳に記されていた十数件の得意先に確認したところ、某広告会社のディレクターが事件当日の11日の午後4時ごろ、ゲラの直しの打合せのために梁瀬と電話で話していたことが分かった。そのときの電話は仕事の話だけで終わり、その後の梁瀬の行動を予測するような事柄は含まれていない。今のところ、交際していたような特定の女も見つかっていない。

 名簿には八王子方面の得意先はなく、知人の名は2つ存在した。1人は福生、1人は国分寺の住人でいずれも当夜は梁瀬には会っていない。これは裏付けが取れている。

 そのほか、カン(敷鑑)で複数の知人たちに当たった限りでは、梁瀬の身辺に仕事・私生活・金銭の上での怨恨やトラブルがあった事実は確認できなかった。印象は総じて、しごく平均的なフリーライターのようだが、詳しい経歴や交友関係の調査はこれからだ。

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