[3]

 真壁が口をはさんだ。

「ところで、清宮さん。新條紀子とかいう子には会ったんですか?」

「尾行した」

「いつ」

「毎晩、新宿の予備校へ通っている。JRの改札に立ってたら、会える」

「どんな子です?」

「見りゃ分かる。普通だ」

 杉村が口をはさんだ。

「ひょっとしたら独り暮らしの老人を殺したかも知れない女の子が、か」

「強いて言えば、線の細い優等生タイプだ」

「おい、清宮。俺の質問に答えろ」杉村はしつこく割って入ってきた。「その話、まず三鷹南の話だろうが。その上、どこの誰かも分からん子どものタレ込みだぞ。一体どういう理由で自分の手をわずらわそうと思ったのか、納得できる説明をしろ」

 清宮はやはり表情を崩さなかったが、返事の代わりに、拳をひとつ机に叩きつけた。

「俺は一歩外へ出たら、自分がどこの某だということは誰にも言ったことはない。それなのに、見ず知らずの女子高生から『本庁の刑事さんですか』と言われたんだ。どこから、そんな子どもに俺の素性が洩れたのか。それを突き止めないわけにはいかないでしょう」

 杉村は首を横に振った。

「それと、子どもの話に振り回されることとは別だ」

「ブン屋だという桐谷芽衣の父親についても調べたんだが、その父親がサツ回りだった時代、俺は本庁にいなかった。だから、芽衣が父親の手帳を見たというのは嘘です。本庁の名簿がどこかから、洩れてるのかも知れません」

「それとも別だ」

 杉村はあえて同意しなかった。たしかに本庁の名簿がどこからか洩れているかも知れないというのは由々しき問題だが、それと桐谷芽衣はつながらない。ましてや、芽衣の同級生の紀子が犯したかもしれない殺人についてもしかり。

 ともかく、そのような次第で話し合いは頓挫しかけた。清宮が何かを隠しているのは容易に察しがついたが、口を閉ざすところをみると、プライベートにまつわる話なのか。そうだとすれば、どこまで尋ねていいのか判断が難しい。

 しかし、その場は杉村が周到かつ現実的な対応をしてみせた。

「ま・・・俺が思うにだな、その件は第一に、仮に証拠が出てきても、捜査のやり直しは所轄がやることだ。真壁、そうだろう?」

「俺は何も言ってないですよ」

「いいか、清宮。この際はっきり言っておくが、俺たちがこの件に手を出す理由は、今も将来も何ひとつない。もちろん個人の問題として個人で対処するのは勝手だ。しかし、警官として告発を食らっている以上、お前が自分で動くのは許さん。お前の代わりにタダで働いてくれるっていう奇特な人間がいるのなら、そいつに相談するのは止めん。しかし、係としては一切関知しない。いいな?」

 そこで、真壁に眼を向ける。

「ところで、奇特なお人というのはお前か?けっこう、けっこう。分かってるだろうが、間違っても新條博巳の周辺には近づくな」

 最後に「お前らがおかしなことをやってくれたら、俺の人事考課に響くんだからな」と言い捨て、杉村が会議室をさっさと出ていってしまった。

 清宮は大きく息を吐いた。

「みんなの手をわずらわすつもりはなかったんだが・・・」

 開渡係長が待ち構えていたように「この話、気に入らんなぁ」と言い出す。

「何がです?」真壁は言った。

「16やそこらの女の子が見知らぬ刑事を掴まえるというのは、どう考えても常識外れにしか思えん。それに、同じ町内に住んでる刑事は他にもいるかもしれんだろ。なのに、なぜ清宮を選んだのか」

 開渡係長がひっかかった点は真壁も同意できるが、そういう点をいくら並べてみても、肝心の清宮の胸中からは、少し外れているような気がしていた。開渡係長も会議室を出て行った後で、真壁は口を開いた。

「ひとつだけ聞きますけど、俺が関わっても構わないんですね」

 返事はなかった。

 真壁はもう一度、「清宮さん」と呼びかけた。

 清宮は自分の膝に眼を落とし、それから肩をゆすって苦笑いを浮かべた。

「迷惑じゃない。恩に着る」

「じゃあ、一杯奢って下さい」

 真壁と清宮はその夜、神田にある清宮が行きつけのバーに入った。真壁が杉村から受け取った紙袋を開けると、中に入っていたのは大量の桃缶だった。マスターに1つ開けてもらい、「つまみとしてアリか?」と疑問に思いつつも、甘い果肉を肴にウィスキーをちびちびと舐める。しばらくして清宮はふとまた、あの言葉を呟いた。

「その芽衣ってガキ、俺と話しながら、薄ら笑いを浮かべやがったのさ・・・」

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