第106話 ノリと勢いだけで生きてる
いよいよ、薫風祭まであと三日。今日から授業も一斉に休み。何とも気前のいいことだ。
うちのクラスも絶賛メイド喫茶開店に向けて作業中。俺は一部の男子と寄り集まって、宣伝のための看板を作っていた。
「なんかインパクトに欠けるよな」
出来上がったものを見て、誰かがポツリと言った。
何の変哲もない木製の手看板。打ち付けた画用紙には、『メイド喫茶営業中。三階多目的室Bにて』の文字がでかでかと。
「やっぱ、キャッチコピー的なあれがいるんじゃね」
「いい子、揃ってるよー、ってのは?」
「いかがわしい店のキャッチみたいだな」
「じゃあ、日常に疲れたあなたへ、とか」
「壮大すぎる……」
なんてまあ、もはやその場のノリだけで言い合う。真面目に考える気は、この場の誰にもなかった。
「浩介、お前文芸部なんだからこういうの得意だろ」
「それは無茶ってもんっすよ、卓君……だいたい文芸部の活動を何だと思ってるんだ」
「なにやってんだ、実際」
「あれだろ、本読んでる」
「いや、書いてるんじゃねえか?」
「えーすげえな。俺とか普通の作文ですら嫌なのに」
すっかり看板のことは忘れて、男連中が勝手な話題で盛り上がり始める。
まあ学祭準備なんて、だいたいそんなもんだ。主要な準備作業は、陽キャグループがわいわい楽しくやってるわけで。
「あ、看板出来上がったのね。いい感じじゃん」
そうこうしていると、クラス委員の若瀬がやってきた。学祭実行委員は別にいるが、こいつもまた中心人物の一人として動いている……らしい。
隣りには青葉。彼女もまた委員を補佐する大事な役割を担っている……ようだ。
その後ろに、晴樹がいた。この世の終わりだ、とでもいうように打ちひしがれた顔をしている。
「だ、大丈夫か?」
「そんなわけないよ。大切な何かを失った、そんな気分……」
そっと近づいて声を掛けたら、絶望的な口調で返された。
可哀想に。心底同情する。でもそれは決して他人事ではなくて――
「さ、次は誰がメイド服着る?」
心の底から楽しそうな口調で、若瀬さんが言いました。その素敵な笑みは、背筋がぞっとするほどで、まさに悪魔めいていました。
その宣告に、その場にいた誰もが恐怖していた。メイド喫茶なんて、幸せ百パーな企画じゃない。男女の隔てなく強制的にメイド服着用。その実態は企画が本採用になってから伝えられた。軽い詐欺であるとは、クラスの秀才山本君の弁。
「いやぁ、若瀬さん。俺たちまだ作業中で」
「そうそう。これじゃダメだって、話し合ってたところで」
「それって、別に全員で考えなくてもいいよね」
ニコっ、とクラス委員は笑顔で意見を封殺した。
ド正論である。そもそも、若瀬的には看板はこれで完成でいいとさえ思ってるわけで、一切の反論も受け付けてくれないだろう。
俺たちが何も言えないでいると、若瀬と青葉は品定めするように顔を見比べてくる。
「どーしよっか、美菜」
「えーっとね、久米君は可愛い系だったから、逆つこうよー。バリバリの運動部のごつい人」
「だったら、まずは押元ね。あと、高橋に、飯岡」
飲食店で注文するように、若瀬は軽い口調でクラスメイトの苗字を告げていく。とても楽しそうだ。名前を呼ばれた面々は対照的に、次々表情を失っているが。
「ってか、メンド―だから全員でいーじゃん!」
「えー!」
青葉の一言に、ピタリと我々の声が重なった。晴樹を除いて。魂を抜かれたように、呆然と椅子に座りこんでるから、彼。
「話が違う! 一部の人間だけってことだったじゃないか!」
「そうだ、そうだ! さっきのじゃんけんは何だったんだ!」
「これじゃ晴樹が無駄死にだ!」
「……いや、別に僕生きてはいるから、辛うじて」
「はーい、うるさいよー。そりゃ、当日は一部に着てもらいますってだけで、今はそれを決める段階だから、とりあえず片っ端から確認してみないと」
「そうそう。久米君以外のまだ見ぬ原石を探しているのです!」
アイドルオーディションのようなことを言いやがって……若瀬だけでなく、青葉もすっかりノリノリだ。
というか、晴樹はどれだけメイド服がキマっていたんだ……。ちらりと様子を窺うも、すっかり項垂れたまま。
埒が明かないことを察して、俺たちは渋々白旗を上げることに。企画を通した段階で敗北は決まっていた。
それに、学校祭特有のノリでもういいかなって受け入れ始めてるのも事実。中には、実は着てみたいという猛者までいる始末だったり……。
観念して、ぞろぞろと教室を出ていこうとする。
だが――
「あ、根津はいらない」
「なんで!?」
残酷な一言に、思わず俺は反発心から声を上げた。
仲間たちも当然味方してくれる。おかしいとか、ズルいとか、えこひいきとか、不公平とか……あれ、何かおかしい。
「いや、アンタが着ても何の面白みもないのわかるし」
「……待て待て、意味わからん」
「なんていうかね、普通過ぎるっていうか。ザ・平凡って感じなのよ、アンタ」
確かに、と男子連中は口々に表現まで変えて同意してくる。先ほどまでの一体感はどこへ行ったのか。いや、ある意味今もよく連携が取れてると思うけど。
「根津君、あたしは平凡っていい言葉だと思う!」
見かねたのか、青葉さんが励ましてくれた。ぐっと親指を立てて大げさに。
……うん、全く元気はでない。
「いやでもわからんだろ。実は案外、めちゃくちゃ似合ってたりするかもしんねーじゃん」
「ていうかさ、そこまで食い下がるって、アンタメイド服着たいわけ?」
シラーッとした視線を向けられて、俺はようやく冷静になった。
そうだった。なんかよくわからないテンションで反発していたが、むしろ喜ばしいことじゃないか、これは。
真理に到達して、俺の心は菩薩のように穏やかになっていた。元仲間たちの嫉妬の視線も別に痛くない。普通サイコー、平凡ジョウトー!
「まあぶっちゃけると、アンタは裏方決定。得意でしょ、食べ物とか飲み物とか用意するの。当日は頼りにしてるから。バイトリーダー的なポジで」
「あの、それってお前を酷使するぞって聞こえてるんですけど」
「……だいじょうぶ、だいじょうぶ。ろうどうきじゅんほーとか関係ないから、あたしたち!」
「弁護士を呼んでくれ」
そんな風にして、看板作成チームは解散。いや、俺だけが引き離されたわけか。他のみんなは、メイド服試着チームとして教室を去っていった。
一団を見送ってから合掌。十分に時間を取り、俺もこの場を後にする。多目的室B――つまるところ、メイド喫茶を開く教室へと向かった。
中に入ると、一部分だけが簡易の衝立で仕切られている。その奥をどうやら簡易的な厨房と見立てるようだ。二つの衝立の境目に、扉代わりの幕がかかっている。
「あ、浩介君。わざわざ来てもらってありがとうございます」
「いや、ちょうどこっちの作業も終わったところだから」
簡易厨房では、数名の女子が慌ただしく働いていた。その中に翠がいて、若瀬に聞いたところにいると彼女が責任者らしい。
大きなテーブルには、電気ポットやケトルがいくつか並んでいる。ここで飲み物を作るのだと、翠が教えてくれた。
「食べ物は基本レンジですね。当日、チルドのものが送られてくる手筈です。注文を受けて家庭科室の冷蔵庫から運んできて、と」
「へー、それはなかなか大変そうだな」
「はい。『まあ根津なら何とかするっしょ』って、沙穂ちゃんは言ってましたけど大丈夫ですか?」
「いや、あの、今その話を初めて聞いたばかりなんだが……」
「え、そうなんですか? まああの、あたしも手伝いますから一緒にがんばりましょう!」
学祭準備でようやく味方にあった気がする。張り切る翠の姿に、少しだけ温かい気持ちになるのだった。
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