第41話 青春は謎だらけ

「お待たせしました。チョコレートパフェでございます」

「あ、こっちです」

 

 控えめに五十鈴が手を上げた。その前にスプーンと品物を置くと、颯爽と店員は去っていく。その制服姿は、なかなかに決まっていた。

 横目で見ると、やつは少しだけテンションが上がっているらしい。ちょっとだけ目が見開かれている。先輩方に断りを入れると、ガシっとスプーンを握った。


 美紅先輩だけでなく、静香先輩もどこかでご飯を食べるつもりだったらしい。俺も誘われたので、お供することにした。家に帰ってカップ麺を食べる気は、とうの昔に失せていた。

 そうして繰り出したのが、学校から遠くない場所にあるファミレス。昼の時間をだいぶ外しているから、店内はそんなに混んでいない。


 なんちゃて昼食を食べたはずの、五十鈴がここにいる理由は単純なものだ。この後、バイトがあるんだとか。それで元々どこかで時間を潰そうとしていたところに、そんな話が出たもんだから乗っかってきた。

 全くこんな日まで労働とはねぇ……そんな同級生に、割と本気で感心している。こちとら、ふってわいたこの半休をどう有意義に使ったものかと、頭を悩ませているというのに。


 その彼女は、今もパクパクと小気味よくスプーンを口元に運んでいる。ぱっと見ただけでは、無表情。おまけにその動作は機械的。

 全く、こんな時ぐらい少しはにこやかにすればいいのに。……いや、それはそれで不気味か。この冷めた表情は、すっかり俺の中の彼女の姿としてデフォルトになっている。あほなことを考えたものだ、と呆れるように俺はカップを持ち上げた。揺れ動く黒い液体は、どこまでも苦い。


「うう、おいしそー、わたしも頼めばよかったかな……」

「今からでも遅くないぞよ、しずかっち!」


 悩める同輩に、美紅先輩はびしっとメニューを差し出した。実は彼女の前にも、透明な器に入った白いアイスクリームが置いてある。


「……うっ。美紅ちゃん、それは悪魔の誘惑ってやつだよ」

「そんな悩むことですか? 頼めばいいと思いますけど」

「あのね、女の子は色々気にすることがあるの!」

 怒ったように机を軽く叩くと、恨めしそうに自分以外の女子たちに、彼女は目をやった。

「この二人は、全然無関心みたいだけれど」

 そして、唇を尖らせた。


 そういえば、この眼鏡の細面な女子は、普段からあまり部室でお菓子も食べていない気がする。……なるほど、そういうことか。姉妹がいるから俺もすぐに察した。最近姉貴も食べる量に気を付けているようだし。

 全然、そんな風には思えないけどなぁ。失礼だとは思いつつ、軽く静香先輩を眺めてみる。そして、またまたコーヒーに口を付けた。


「お前はそういうこと、気にしないのな」

 じろりと、隣の席の女子に目を向ける。

「ええ。たまになら、まあいいかなって」

「この間も食べてた気がするけどな……」

「たまたま重なっただけよ」

 平然とした顔で、なおも彼女はパフェを食べ続ける。


 この間の喫茶店でも、こいつは同じようなものを食べていた。意外とスイーツに目がないのかもしれない。女子らしいところがあるもんだ。……甘ければなんでもいい感はありそうだが。


 しかし、なんというか、場違い感が凄いな、俺。なんで女子三人に囲まれてこんな場所にいるのやら。ちょっと不思議な気分になりながら、俺はカップを一気に飲み干した。

 そのまま席を立つ。通路に挟まれているこの席は、他人に気を遣わないで済む。そのままドリンクバーの機械の前へ。席を外すいい口実があるのは素敵なことだ、とわたしは思います。


 ココアを選んで席に戻ると、三年生の二人がぺちゃくちゃとお喋りをしていた。


「そういえば、浩介君は勉強の方、大丈夫?」

 席に座るなり、静香先輩がちらりとこちらに顔を向けた。

「唐突ですね……」

「いや、中間テスト再来週だぜ?」

 ひょうきんそうに、美紅先輩が肩を竦めた。


「ま、なんとかしますよ」

「そっか、意外とこーすけ君。勉強できるもんねー」

 美紅先輩はにやにやと

「……それ、どういうことですか?」

「あれ、違ったっけ?」

 きょとんとした顔で、彼女はパフェにがっつく後輩を見た。


 つられて俺も五十鈴の方を見る。彼女はコーンフレークとの闘いに勤しんでいた。しかし、自分に向けられた視線に気づいたのか、少しだけその顔が上がった。


「お前が話したのか?」

 すると、やつはふるふると首を横に振った。

「さあ、どうだったかしら」

 それはとぼけているようには見えなかった。


「あれ、でも前言ってたっしょ? テストの結果、張り出されてるの見た時、知ってる人がいたって。それがこーすけ君だったと思うんだけど……」

「あっ、わたしも思い出した。ほら、後期中間テストの時。四人で見に行ったじゃない」

「――ありましたね、そんなこと」

 はっとしたような顔をして、五十鈴は何度もまばたきを繰り返した。


「へぇ、お前でもああいうのに興味あるんだな」

「違うわ。あの時は、先輩が強引に」

 そして彼女は目を細めて犯人を睨んだ。

「アハハー、だってさ学年一位だって聞いたから。見てみたいなって思ったのよぉ」

「で、綾香ちゃんも誘って見に行ったのよねー」

 続いて、静香先輩は優しく微笑んだ。


 へぇ。その時も一位だったのか……。俺が張り出されている順位表を見たのは一度だけだ。最初の中間テスト、周五郎たちと見に行ったんだ。修が二位で、その時に一つ上のこいつの名前が見えた。珍しい名前だったから印象に残ってた。……読み方はずっと間違っていたけど。

 苦々しくなる一方で、俺は何かに引っかかりを覚えていた。なにかもやもやする。果たしてそれが何なのか、ぐっと考え込むのだが――


「はい。というわけで、美紅ちゃんだけだよ、危ないの」

「いや、しずかっち。さすがに受験生だから、あたしだって勉強してる――」

「この間、菫先生の基礎的な質問にも答えられなかったの、誰だったかしらね」


 結局わからなくて、顔を上げる。気が付けば話題が変わっていた。

 菫先生、というのはきっと俺の姉だろう。二人は、彼女の教え子、なわけだし。逆に、あいつからもたまに話を聞くこともある。

 思わぬ名前が出て、つい唇が緩んだ。まあいいか。気づけないなら、大したことでもないのだろう。気を取り直すように、カップを持ち上げた。


「あんま姉貴に迷惑かけないでくださいよー、みくせんぱーい?」

「おっと言うねぇ、こーすけ君。――みおっちだけはあたしの味方だよねー?」

「この間部室の掃除してたら、数学の小テスト見つけました。赤点でした」


 平然とした口調で言いのけると、彼女はそっけない態度で立ち上がった。そのままドリンクバーの方に歩いていってしまった。


 文芸部部長はどこまでも悲しそうな顔をしていた。





        *





 数学のテスト対策プリントの一枚目が終わったところで、俺はペンを置いた。ぐっと、椅子の背もたれに体重を預ける。部屋の中に、軋む音が寂しく響いた。

 机の端っこに置いていたスマホをつかみ取ると、そのままベッドにダイブする。普段のワークと違い、内容はなかなか難しいものばかり。さすがに脳みそが疲弊しきっていた。


 テスト二週間前を切っているとなると、俺としても勉強せざるを得ないわけで。まあ他にやることもないからいいんだが。それでも食後すぐに始めたのは、失敗だったかもしれない。初めの方は眠たくって仕方がなかった。


『いや~、凄かったよ! 今日の個人戦!』


 食事中から、ずっと瑠璃の部活話に付き合っていたからうんざりしていた。だから、勉強を言い訳に自室に逃げ込んだわけだが。

 まあ妹が楽しそうにしている姿を見るのは、嬉しくはある。問題なくやれているのなら、兄としてはよかった。もっとも、この後どうなるかはわからないが。ただ願わくは、俺のように諦めることがないように、とは思う。


 俺はカバーを開いて、スマホの電源を入れた。すっきりと時刻だけが表示されている。今日は一日中通知を切っていた。

 それでも一応確認しておくかと思って、メッセージアプリを起動する。三バカとのグループと、カイトから連絡が来ているようだった。


 まず三バカから。剣道部とバスケ部の成績は上々らしい。それを誇るような二人の文面と、周五郎の送った祝いの言葉が縦に並んでいた。

 少し表情を緩めながら、俺は適当にメッセージを送った。既読はすぐにはつかなかった。こんなことなら、もうちょっと早くチェックしておけばよかったかな、と思う。


 そしてもう一つ。カイトの方だが――


『個人戦、決勝に残ったぜ!

 明日、暇だったら観に来いよ』


 時刻を見ると、十八時ちょっとすぎに来ていたようだった。弓道の大会は長時間かかる割に、暇な時間も多かったことを思い出して、俺は苦笑した。

 しかし、カイトのやつ、なかなかやるな。高体連はほかの大会と違って、決勝進出基準が厳しかった覚えがある。


『おお、おめでとう!』

『なんだよ、今さら笑』

『悪いな、今日スマホ家に忘れてさ』

『そういうことか

 ありがとな』


 すぐに反応があったということは、奴もちょうどスマホをポチポチやっていたということか。あいつらみたく、すぐに返事を寄越さなくてもよかったのに。

 ともかく、会話も終わったと思って、俺は電源を落とそうと思ったのだが――


『そういや、深町も残ったぜ』


 直前に、メッセージが差し込んできた。深町……強く記憶を探ってみる。聞き覚えが、いや見覚えもある名前だ。


『お前と同じクラスの、だぞ?』

『わかってる。ちゃんと覚えてるってば』


 俺が思い出したのと、カイトからの追い打ちがかかったのは同時のことだった。深町――名前はわからないけど、確かにその名前の女子がうちのクラスにいるのは覚えている。前にこいつから聞いたから、覚えていた。

 だが、その風貌はといえば……ぐぐっと眉をひそめてみるが、ぴんと来ない。というか、俺が覚えている女子の方が少ない。


『あいつもそうなんだ』

 打ち込みながらも、自分でも白々しいと思った。

『だから、絶対応援来いって

 団体戦もあるし』

『悪いけど、明日部活なんだよ

 頑張れよ!』

『おうっ!

 部活って、文芸部か?』

 こいつも知ってるのか。まあ瑠璃辺りから聞いたんだとは思うけど。

『ああ。そうだよ

 じゃ、俺勉強するから』


 今度こそ、俺は手早くカバーを閉じた。ベッドにスマホを置き去りにして、立ち上がる。勉強をする気は、もうさらさらなかった。

 とりあえず、甘いものを欲してリビングに向かうことにした―― 

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