第34話 嵐を呼ぶミーティング

 突然登場した五十鈴美桜を皮切りに、すんなりと部員たちは集まってきた。この頃になると、誰がどのソファに座るかは決まってくる。一番のしたっぱの俺は上座のソファに一人縮こまっていた。


「さあて、部会を始めよう!」


 部長らしい真っ当な言葉を発した美紅先輩の前には大量の本が積まれている。十冊くらいずつの二列。彼らはいつもはテーブルを支配しているお菓子軍団を見事に追いやっていた。


「副部長、今日の議題は?」

 彼女はちらりと自らの真横に目配せをした。

「来月末の朗読会に向けての本の選定です」

「ちょっと、ちょっと、みおっち! そこは秘書っぽく手帳をパラパラとめくって間を取ってだねぇ」

「……は、はぁ? でも、わたしそんなもの持ってないですよ?」

「じゃあ生徒手帳でもいい――」

「美紅ちゃん、開始早々脱線するのはやめようね」


 基本的に部長の暴走を止められるのは、このしっかり者の会計さんしかいないのだった。彼女が睨みを利かせた甲斐もあって、司会者はちょっと怯んだような顔をする。


「あの、朗読会ってなんですか?」

 そんな中、おずおずと手を挙げたのは文本だった。

「そうか。のぞみちゃんは図書委員じゃないものね。実はね、小学生に向けた読み聞かせをやるのよ、図書委員で」

「……朝のホームルームで周知されなかったか?」

 実際うちのクラスでは五十鈴がその任を見事に果たしていた。

「あははー、そうだったかな~」

 とぼけたように笑いながら、元気いっぱいの一年生は頭をかいた。


 おそらくこいつもそうしたことには頓着しないタイプなのだろう。気持ちはわかる。俺もホームルーム、もとい授業以外で教師の話を真面目に聞くことはあまりないからなぁ。集中力がないだけだろう、とは言ってはいけない。


「そうだ! せっかくだし、のぞも参加したらどう?」

「えっ!? でもあたし、図書委員じゃ……」

「大丈夫。ボランティアは随時募集中だから――って、これも本当は周知されてるはずだけどね」


 悪戯っぽく静香先輩が笑うと、文本の顔は途端に真っ赤になる。それを見て、俺たちは一斉に笑い出した。明るい笑い声が室内によく響く。


「も、もぉ~、やめてくださいよぉっ! しおんまで!」

「……ご、ごめんね、のぞみちゃん。面白くってつい」

 三田村は恥ずかしがる少女にはにかみながら笑いかけた。

「でも文本さん。ちゃんと話は聞いた方が良いわよ。でないと、あんな風になる」

 落ち着き払った声で、五十鈴がこちらに顎をしゃくってみせる。

「どういう意味だよ!?」

「まあまあ落ち着きなさいな、浩介君。――で、どうする、のぞ?」

「はい、もちろんやりたいですっ!」

 その目はキラキラと輝いていた。


「じゃあ、わたしから綾香ちゃんに話しておくから」

「あいあーい、よろしく~。――で、本題に戻るけど。とりあえず、参考程度に色々と持ってきましたよ~っと」

 

 したり顔で、部長は本の塊をぐいっと少し押した。そしてバラバラと部員たちの腕がそこに伸びていく。少しだけ山が小さくなった。


 俺もとりあえず適当な一冊を手に取ってみた。薄めの絵本だ。かわいいネズミのイラストが表紙に描かれている。邪魔にならない位置に、薫風高校という文字が記されたバーコードシールが貼ってあった。うちの図書室から持ち出されたものらしい。

 パラパラと捲って見ると、どうやらネズミの兄妹が冒険する話らしい。挿絵の可愛さが印象的だ。永遠になくなることのないチーズを探し求めている……だが、空振りの連続で、と典型的なストーリーラインだ。


「へー、『北風と太陽』ってこんな話なんだ~」

「のぞみちゃん、知らなかったの?」

「いやいや、しおしお。意外とね、最近の若者はこういう童話は読まないものよ」

 いつもよりも大人びた声を美紅先輩は出す。

「先輩も若者ですよね?」

「おっと鋭いツッコミ! みおっち、一ポイント」

「美紅ちゃん、うるさいよ」


 そんな楽しげなガールズトークを眺めながら、俺はすっかり冷たくなった緑茶を飲み干した。少しうっとなる、よろしくない苦みが口の中に残る。

 手持無沙汰なので、今度は分厚い児童書に手を付けてみることにした。しかし、子供向けとはいっても字がいっぱい。俺はすぐに閉じた。教科書だけで十分だ、こういうきちんと羅列された文字を読むのは。


 ちょっと渋い顔をしながら、視線を上げると、ばっちりと静香先輩と目が合ってしまった。その目元と口元が軽く緩む。飽きてしまったことをすっかり見透かされたらしい。俺は気まずい笑みを浮かべることにした。


「というか、部長。そっくりそのまま、これらを次回の打ち合わせの時に提出すればいいじゃないですか」

「はぁ、わかってないなぁ、したっぱボーイ」

 心底呆れきったように、彼女はかぶりを振った。

「いいかい、これは伝統のある行事だ。とっくの昔に、わが校の蔵書のチェックは行われている!」

「またこの子はまだるっこしい言い方を……。あんまり被らないようにしたいの。なるべく選択肢は多い方がいいってことで」


 静香先輩がそっと補足をする。横髪を耳にかきあげながら。二人で一人……いや、美紅先輩はただの足枷か。なんにせよ、このコンビの息の合い具合は見ていて小気味いいところがある。


 しかし、選択肢が多すぎるのもいかがなものかと思うけどなぁ。どこかの偉人もそんなことを言っていた気もするようなしないような……。

 それに面倒くさがりの俺としては、つい前例を踏襲したくなるんだが。わざわざ水を差すことでもないので、黙っておいたが。少しだけ億劫な気持ちが芽生える。


 そのまま流れるように、読書タイムが部室にやってきた。俺は片っ端から絵本だけに目を通す。時折、文本と手がぶつかることがあった。この後輩も同じ目論見ということらしい。もう一人の一年生は、中々のスピードで児童書に興じている。

 先輩方(五十鈴も含め)は去年の経験があるからか、のんびりとお茶を飲みながら適当にお喋りをしていた。俺の同級生はもっぱらお菓子を貪りながら、聞き役に徹していた。


 やがて、のいいところで部長殿がそれにストップをかける。時計を見ると、なんだかんだ、いい時間になっていた。ということで、口々に所感を述べろ、ということらしい。


「どれもとても絵が描きこまれていてすごいな、と思いました」

「意外とはっとさせられる話が多いんだな、という印象です」

「一口に児童書と言っても色々あるんですね。どれも筋道がしっかりしていて読みやすく、とても面白かったです」

 一応、先輩風を吹かせてみたが、俺はすぐに自分の発言を後悔する羽目になった。


「うん、しおしおとのぞは偉いねぇ。それに比べて、そこのダメンズは」

「……なんか今日俺への当たり、強くないです? なにかしました?」

「いつもと変わらないと思うけど」

 クラスメイトが味方してくれないだろうことはよくわかっている。


「それでここからどうするんです? みんなで、図書室にでも行くんですか?」

「さっきの話、聞いてなかったのかね? うちの蔵書などたかが知れてるわい!」

「……それ、さすがに薫子先生が聞いたら怒られるよ」

 ジト目で、静香先輩は友人のことを睨んだ。


「――こほん。とにかくだね、みんなでお買い物に行こうと思います!」


 部長の口から告げられたのは思いもよらない言葉だった。そしてそれは、非常に面倒くさそうな雰囲気を纏っていた――

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