幕間話その1 ようこそ、文芸部へ

「さあさあ、自己紹介をしてくれたまえ。新入部員君」


 偉そうに部長殿はソファにふんぞり返って座っていた。足まで組んじゃって、まあ。かすかに口角を上げている今はらしいっちゃらしい。しかしこの人、黙っていれば、有能な先輩感が出るんだな、と思う。

 そして、その隣には副部長が。こちらは足をピタッとそろえて、おまけに背筋もピンと伸ばして、こちらは敏腕秘書といった感じ。静香先輩から眼鏡を強奪して、装着させれば完璧かもしれない。

 その唯一この騒ぎをとめてくれそうな女性は、涼しげな笑みを浮かべて一人で座っていた。どうやら口を出すつもりはないらしい。


「せんぱ~い、早く~」

「のぞみちゃん、そんな煽ったらだめだよ」


 一年生コンビは、仲良く並んで座ってた。俺が知らない今週一回目の活動時にでも、友情を結んだのかもしれない。片やニヤニヤ、片や少し神経質そうに。対照的な性格の二人だと思う。


 五十鈴から入部届を渡された俺は、その足でまず部室に向かった。正式な部員になるには、部長と顧問、それに担任の承認が必要らしかったからだ。

 そして扉を開けたらこの調子だ。用意周到過ぎる――五十鈴のやつが連絡を回していたに違いない。段取りがいい奴め……。どうりでそそくさと一人先に部屋に入ってったわけだ。


 ……はあ。仕方ない。覚悟を決めて俺は自己紹介を――


「いや、みんなもう俺のこと知ってますよね?」


 なんて、素直に従うと思ったか。もう全員と顔見知りだというのに、そんな意味のないことはしたくない。今さら何を話すことがあるというのか。


「おうおう、ずいぶんと生意気な口をきくじゃあないか。君は現状、部内ひえらるきー最下位なんだぞ?」

 この人、横文字を口にするときあえて棒読みになるよな、とどうでもいい感想が頭に浮かんだ。

「部内ヒエラルキー? なんだ、それは!」

「説明しよう。――我が文芸部内における権力階層のことだ!」

 どや顔をしているが、それは単に英語を日本語に変えただけだったに過ぎなかった。


「そ、そんなものあるんですか……?」

「あたしも初耳だ……」


 そしてなぜか一年生部員たちも驚いているんだけども……。歴が長い既存部員たちも渋い顔をしていることから、いつものただのでまかせだとすぐに分かった。


「こほん。――とにかくだね、一番最後に入ったんだから、こーすけ君が一番下に決まってるでしょ!」


 微妙な空気を察したらしく、美紅先輩は無理矢理に結論付けた。まえのめりになって、テーブルを一つそっと叩いた。この女、無茶苦茶である。

 

「待ってください! それはおかしい。俺も一新入部員のはずです。どうして、入った順番でランク付けが――」

「しゃっとあっぷ!」

「美紅ちゃん、どれだけ英語の発音苦手なのさ……」

「う、うるさいなぁ。とにかくなんでもかんでも君が一番下なの!」

 バンバン――ムキになって彼女はなおもテーブルを叩く。


「まるで駄々をこねる子供だぁ……」

「根津君、それはいい表現だわね」

 今まで静観していた五十鈴はようやく口を開いた。


「――ということで、だ。お茶でも入れてくれたまえ。したっぱ君!」

「……へいへい、わかりましたよーっと――静香先輩、教えてもらってもいいですか」

「うん、もちろんだよ~」


 ああ、よかった。この人だけはやっぱりまともだ。たまに部長の悪ノリに便乗するけれど、基本的には天使みたいないい人だ。その優しさが心にしみる。うぅ、かたじけねぇ。

 戸棚から六つ湯飲みを取り出す時に、「いやぁずいぶん増えたなぁ」と彼女が感慨深そうに呟いた。まだ

奥にいくつか残ってることから、昔はもう少し部員がいたのだろうか。そんな余計な感想が浮かんだ。


 そして、手早く急須に茶葉を淹れてポットからお湯を注いだ。香ばしい匂いがむわっとあたりに広がった。


「ちなみにさっきのカースト、そのトップはやはり美紅先輩ですか?」

 淹れたてのお茶を彼女の前に置きながら尋ねる。カチカチとボールペンを鳴らすふりをしながら。

「いんや、しずかっち!」

「……部長ですよね、先輩?」

 思わずその顔を見返してしまった。


「金の力には勝てないのだよ、こーすけ君。この部であの子の機嫌を損ねるということは死を意味する。あんまり変なことやって、部費が来月から一万円になっても、知らないぜ?」

「いや、然るべき手段で抗議しますが……」

「美紅ちゃん。ろくでもないことを、吹きこむのはやめてくれるかな?」

 その口調は穏やかだったものの、その顔は全く笑っていませんでしたとさ。


 一仕事終えて、ようやく腰を落ち着ける。このソファの感触がなんだか少し懐かしい。……ああ、俺はそんなにも居心地の良さを覚えていたんだ、と改めて気づかされる。


 ぺちゃくちゃと言葉を交わし合う女子たちの声をBGMにしながら、俺は入部届を埋めていく。心の中では、これから何が待ち受けているのか、とこの雰囲気に少しワクワク感を覚えているのだった。





        *





 教職員のたまり場に侵入するなり、さっと辺りに視線を巡らせる。穏やかな空気が流れていた。そして意外と空席が目立つ。二人の目的の人物のうち、一人は発見できた。しかしもう一人は、果たしているのかいないのか。実はそれが誰かも俺にはわかっていなかった。

 

 それでも、五十鈴は躊躇いなく中を進んでいく。となると、どこかに文芸部顧問はいるのだろう。俺は静かにその後に続いた。

 なんとなく、職員室は苦手だった。いや、得意な奴の方が珍しいか。アタシ~、職員室って大好きなの~、とかいう女子がいたら、なにかいかがわしいものを嗅ぎ取ってしまう。


「先生、今よろしいですか?」

「ええ、もちろんよ、みおちゃん……あら、根津君も一緒ということは、部活の用事ではないのね~」


 副部長が足を止めたのは、俺たちの担任の先生の前だった。一瞬わけがわからなかったものの、彼女から返ってきた言葉で俺もすぐに事情を呑み込む。


「矢島先生が文芸部の顧問だったんですか?」

「ええ、そうよ~。でもどうして根津君がそのことを気にするのかしら?」


 今度は向こうが疑問を抱く番だった。若い女教師はちょっとその薄い眉毛を中央に寄せる。形の良い唇をへの字に曲げると、不思議そうに首を傾げた。あんまり教員には見えない仕草だ。格好もラフな感じだし。


「文芸部の入部希望者です」

 代わりに五十鈴が答えた。そして手に持っていた紙をすっと一枚、顧問に差し出す。

「……ああ、そういうこと~」


 その紙――入部届にさっと目を通すと、矢島先生は満足そうに頷いた。そして、色々なものが積んであるデスクにそれを置いた。ぽんぽんとハンコを押す。――二か所に。


「はい。じゃあ、美紅ちゃんに渡しておいてね~」

 こくりとクールに俺のクラスメイトは首を縦に振った。

「それにしても、これで三人目か。いやぁ、どうなることかと思ったけど、何とかなったわね~」

「……薫子先生は何もしてないじゃないですか」

「そ、そんなことはないわよ~? ちゃんと心配はしてましたもの!」

 どんと担任は胸を張ってみせるが、あんまり効果はなかった。


 隣の鉄仮面な少女も同じように思ったのだろうか。いわゆるジト目気味に、自らの部活の顧問に怪訝そうな眼差しを送ってる。


「あははは~、仕事しないとね、仕事」

 根負けした感じに、わざとらしく矢島先生は机上の物を弄ってみせる。

「まあいいですけど」

「完全に呆れられちゃってるわね……。これでもOGなわけだし、無くなったら嫌だな~、とは思ってたのよ。ほんとよ?」

「はいはい、わかりましたから。静香先輩辺りにちゃんと伝えておきますから」

「……うっ、またなにか奢らされる羽目になりそうだわねぇ」

 彼女の発言はもはや教師のものとは思えなかった!


 その後も、少し言葉を交わしてから職員室を去る。ほとんどは、顧問と副部長のやり取りだけだったが。唯一俺に向けられたのは『根津君、頑張ってね』という最高に抽象的なものだった。そもそも、日々の活動からして何を頑張れ、というのか。全く謎である。


「気にしなくていいよ、そんなの。どうせテキトーに言っているだけだから」


 部室に戻る道中、五十鈴に試しに訊いてみた。すると、そんな辛辣な言葉が返ってきた。さっきのやり取りからしても、彼女が自身の顧問に対してかなりの親しみを感じているのは明らかである。


「矢島先生は普段何してるんだ? あんまり部室に来たりしないのか?」

「うん。まあ、特に私たちもらしいことしてないし。でも、たまに差し入れを持ってきてくれたりはする」


 それは果たして正しい顧問の在り方なのだろうか。そんな疑問が浮かんだものの、別になんだっていいかと握りつぶすことにした。それくらい緩くて、別にこちらに困ったことはないし。むしろ、毎月何か一本作れ、とかバリバリな方が嫌だ。


「それでも作品のアドバイスとかはちゃんとくれるのよ」

「……ああ。文化祭の時の部誌のことか」

 そのことを考えると、今からちょっとだけ憂鬱になる。

「うん。それもあるけど……そうだ! どうしてもだったら、キミも書いてみる、小説?」

「いや、やめとく。俺には絶対無理だと思うから」


 も、ってことはこいつも書いてるんだろうか。なんだか文芸部みたい――って、ああ、文芸部だったな。終始、お喋りしてばっかだったから、つい忘れてしまう。

 俺が断ると、副部長さんは残念そうに肩を落とした。もしかすると、仲間が欲しかったのかもしれない。少し悪い気はするが、とても俺にはそんなこと難しいように思えた。


 だったらなんで文芸部にいるんだよ、となるけれど。そこはそこ、居心地が……。お茶もお菓子も美味しいし。――部活に抱く感想じゃないな、これ。

 そんな自分に呆れながらも、こういうあり方もあるんだ、と少し納得する気分もあった。あの頃の自分が知っていたら――それは、決して叶うことのない妄想だろう。

 なんて、なんだかいいモノローグが浮かんでしまった。意味もなく。文芸部効果かもしれないな。そんなことを思っていたら――


「あの、なにニヤニヤしているの?」


 と、あからさまにクラスメイトから距離を置かれてしまった!

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