第27話 部員を集めろ! ミッション3

 部室にはまたしても、ガールズの甲高い声が行き交っている。さしもの俺も自由に喋り倒すことはできないでいた。この女子たちの勢いをき止められるスキルを持っていたら、今頃俺はここにはいない。きっと、桃色の学生生活に興じていたはずだろう。――脳裏には友成と若瀬の顔が浮かぶ。それはくしゃくしゃに握りつぶしておいた。


 つまり、俺は一人疎外感を覚えている。唯一の男の子、だしね! だから、帰りたかったのだ。こうなることはわかっていたもの。


『お茶だけでも飲んでいきなよ、根津君。わたしの代わりに頑張ってくれたんだし!』


 などという静香先輩の甘言には乗るべきじゃなかった。タイムマシンがあったら、あの頃の俺を殴り飛ばしに行くのに。場の雰囲気に流されてはいけねえよ、とかっこよくキメながら。

 ……もっと使いどころがあるんじゃないか、という意見は締め切られました。直近の悩みにしか目の向かない幸せな脳みそをしてるのでね、あてくしっ!


 なんて、と会話をしている場合ではない。目下のところ、このかしましさをどう切り抜けるか、にのみ注力しなければ。


 とりあえず、マグカップに手を伸ばす。白い陶器でできた円柱の中で、宇宙空間にも似た漆黒の液体が揺れる。いかん、いかん。文学部にくると、どうも俺の隠されていたな才能が発揮されてしまう。

 これもまた静香先輩が『今日は趣向を変えてみました!』とニコニコしながら出してくれたものだ。なんか子どもっぽくって少し可愛いと思ってしまったのはここだけの話。ギャップ萌え、ってやつですね。眼鏡をかけているだけあって、いつもあの人は落ち着きがあって大人っぽい。

 同様のものがそれぞれのメンバーの前に置いてある。カップの中身が紅茶の者もいた。そして、戸棚に封印されし菓子類もしっかりと幅を利かせている。


 そう! ここに「ドキドキ春の夕暮れティーパーティー」が催されている。暫くは終わりそうにはない。妹たちと遭遇したのが運の尽き。そうでなければ、とっくの昔に帰路についていた。俺たちが部室に足を踏み入れた時、お二人は帰る準備を済ませていたから。

 それを俺たちがお客人を連れてきたものだから、まあ大変と、今に至るわけである。ちなみに、美紅先輩の成果は上々だったらしく、何人かの見学者が現れたみたい。


「そうなの、今日は茶道部に」

「じゃあコーヒーで正解だったね」

「さすがわが左腕! 冴えてる、冴えてるぅ~」


 先輩方はじゃれつき始めた。本当に仲が良いなこの二人。それを俺だけでなく、他の人間たちも暖かな眼差しで見守っている。部室に白き花が咲き乱れんばかり、みたいな。


「そうだ! 茶道部ってことは、ゆいちーとか、りなさんとかがいるよね?」

 美紅先輩から吐き出された謎の単語に、一年生たちはたちまちに首を傾げた。

「あだ名で言ってもわかんないんじゃない? 何人かね、知り合いがいるの。文化祭の時に仲良くなったのよ」

「我々弱小部活は団結するしかないですからなぁ」


 しみじみと言うと、部長殿は湯飲みに口を付ける。彼女だけはいつも通り緑茶だ。『コーヒーとかお紅茶みたいなちゃらちゃらしたものに興味はありません。お茶だけに』そんな言葉は、この部を凍てつかせるのに十分な威力があった。


「茶道部って何をするんだ?」

「お茶会ですよ、お茶会! 甘い和菓子と、苦くてコクのある抹茶が食べ飲み放題、三百円!」

 それは一年生に話を振ったのだが、教えてくれたのは美紅先輩だった。

「あのね、そんな居酒屋じゃないんだから……」

「去年、かなり迷惑がられてましたよ、部長」

 二人の反応から、相当な迷惑行為が行われたことを察する。


 しかし、そんなものまであったんだな。去年、うちのクラスは何の変哲もない食べ物屋を出店に選んだ。出来合いの焼きそばとジュースを高値で売り捌く。資本主義の恐ろしさを、わたしは学びました……。


 そういうクラスの店番の時以外は、基本、大ホールでダラダラしてた。楽器を扱う部活や個人による出し物が行われていた。それをぼんやりと、いつもの四人――いや、友成は彼女と一緒だったか――で眺めてた。

 もちろん、他のクラスを見て回ったりもした。弓道部で縦にも横にも繋がりがあったから、ほとんど全てを冷やかした気がする。ただ部活の屋台が展開されているところには出向かなかったから、茶会のことは初耳だった。


「いいんだって、あいつ――茶道部部長のゆいちーとは幼馴染だから。気心の知れた仲ってやつよ」

「この間、仁科さん愚痴ってましたけど。『みくまたノート借りっぱなの』って」

「ぐぬぬ、あいつめ~」

 それは向こうのセリフでは、と心の中でだけ思う。


「はいはい、内輪ネタで盛り上がらないの! ほら、一年生たち、困ってる」

「いえ、そんなことは……成尾先輩の話、聞いてるだけで面白いっていうか」

「奏音の言う通りです。――五十鈴さんも結構仁科さんと仲良しなんですか?」

「ええとね、バイト先が一緒なの」

 彼女は小さく頷きながらカップを持ち上げる。


 心境の変化でもあったのか、五十鈴は今日は積極的に一年生と話している。内弁慶、か。なんとなくその片鱗が見えた気がした。なおうちの弁慶さまは本日も大人しい。向かい側に座っているから、度々目が合う。その度に顔を逸らされるが……まったく、恥ずかしがり屋さんめっ!


「ばいと? 五十鈴先輩、バイトしてるんですか?」

 ――と、思ったが、一番の食いつきを見せたのはその弁慶だった。

「ええ。ちょっと行ったところに、小さい本屋さんがあるでしょ?」

 すくりと立ち上がると、彼女はその方向を指さした。


 その前にちらりと、五十鈴さまはこちらを見た。そのせいで、俺の心拍数は少しずつ、でも確実に上昇つつある……。とんでもない失言が飛び出しそうで、気が気でない。例えば「あなたのお兄さんとか、この間エッチな本買いに来たよ。二回も」とか。そうなれば、もうお終いだ。

 さすがに、一対五(五十鈴は静観するだろう)では勝ち目がない。白旗を振って、穴を掘って、自らの身を底に埋めて、お墓を建ててもらうことになる。ほとぼりが冷めた頃に蘇る時を信じて。


「ああ、近くにスーパーがあるとこですか! 何度か行ったことありますよ」

「でも根津君たちの家、この辺りじゃないでしょう?」

「この間、引っ越したんです。前まではこの辺りに住んでて。――でもどうしてそれを? あっ、兄から聞いたのか……」

 言いながら、瑠璃は一人納得している。


「ううん。この間、会った」

 すると、五十鈴は例のスーパーの名前を告げた。

「そうなんです? でも、お兄ちゃん、教えてくれなかったよね」

「なんで一々『近くの店で同級生に会ったの、キラキラ!』なんて言わないといけないんだ」

「キラキラはいらないと思うんですけど……」


 柴垣の方はなかなかにツッコミ体質らしい。大人しく、少し小さめな声で話すものの、意外とポイントを押さえている。俺の相棒の沼川卓にも見習ってほしいものだ。最近の彼はすごい暴力的……。


「なら、五十鈴さんもあの辺りに住んでるんですか?」

「おばあちゃんと二人暮らしなの」

 ふうん、色々あるんだな、というのが正直な感想だった。


 そのまま話はみんなの住んでいる地区の話に移った。美紅先輩はこの近くらしい。中学は俺たちとは別の、反対の地区にあるところらしい。

 静香先輩と文本はそれぞれまた違う地域の名前を口にした。俺の知り合いが何人かいる。うちの高校に通う生徒がそれなりに多い場所だと思う。

 柴垣は瑠璃と同じ中学だから、そのことを説明した。少しだけ美紅先輩と盛り上がった。


 そんな話にぼんやりと耳を傾けながら、俺は少し懐かしい気分に浸ってた。お前どこ中だよ! みたいな会話は、俺も去年の今時期によく経験したものだ。つい最近も卓たちと似たような話をしたけれど。

 高校ってやっぱり色々な人が集まる場所なんだな、と改めて思い知らされる。市内全域、時にはそれ以上から志望者が集まってくるのだから、当たり前なんだけど。そりゃ、外人部隊なんていう単語も生まれるか。この間なんとかニュースで見た。


 一つ一つの出会いを大切に。一期一会、というのは去年の学年プリントのタイトルだったかな。まあ俺と五十鈴のような出会い方はしたくないと、心の底から思うけれども。なんて、謎のセンチメンタルに舌鼓を打つ。


「――あの、一つ訊いていいですか!」


 その元気いっぱいな声は、文本のものだった。その瞳はなぜかこちらを向いている。とてもキラキラと光っていて、眩しいくらい。


「俺?」

「はい!」

「でも文芸部のことはわからないぜ?」

「そこです!」

 ばっと立ち上がると、彼女の短いスカートが揺れた。

「なんで、お兄さんは手伝ってるんですか?」


 すると、部屋中の視線が一気にこちらに集まった。誰の顔にも好奇心が宿っているのがわかる。特に美紅先輩と、我が妹が酷かった。五十鈴もまた、どこか挑発的に口角を上げてやがるし。


「色々と大人には事情があるのだよ、文本君」

 あえて、な声を出してみることに。

「大人、事情……あっ!」

 そのめちゃくちゃ喧しい声は瑠璃のものだった。

「付き合ってるんでしょ、お兄ちゃんと五十鈴さん!」

「ちがう」

 あの女とユニゾンした。あれ、これデジャヴ感が――


「じゃあ片想い?」

「ちょっと静香先輩まで!?」

「いいんだよ、若人よ。みおっちは美人だからねぇ、好きになるのはわかる。うちの学年にもファンは多い。しかし、それはいばらの道だよぉ?」

 

 美紅先輩はわかったような口調でかぶりを振った。すると、部室いっぱいに黄色い声が広がる。キャーキャー反響する。


「そうなの、根津君?」

「お前はそれ、ボケてんだよな?」

 極めつけにもう一人の当事者に追い打ちをかけられると、俺としてはもはや成す術はない。


 ――これは何かしらの大義名分いいわけを用意しないと、これから先、苦しいかもしれない。やっぱり、カイトから揶揄された時に考えておくべきだったか。客観的に見た時に、自分の行動は不自然極まりないのはわかっていたはずなのに……。

 遠巻きに大騒ぎする女子たちの様子に気を張りながら、俺は静かに一つため息をつくのだった。

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