第10話 再び募る勇者たち

 ママチャリを快調に飛ばして目的地に急ぐ。日差しは傾き気味。時刻で言えば午後三時……それは待ち合わせ時間だから、今がそうだとすると非常にまずい。

 頼む、俺の脚、もうちょっと持ってくれ! 必死の形相で力を注ぐ。もう建物の外観は見えてきた。後はすっと信号を通過するだけ――もちろん、道交法に従って道路のわきを走行しております。


 目の前の信号が赤になった。となれば、横にかかる歩行者信号が青に変わるわけで。約束の場所は右斜め前に聳え立っている。

 じれったい。早く変わんないかな~。行きたい場所のすぐ手前でとめられると、運命に煽られてる気分になる。行けると思った? 残念、スムーズにいかないんでした~、みたいな。


(仕方ない、あれを使うか……!)


 ということで。俺は思わせぶりな表情をしながら自転車を降りた。そして、目の前の横断歩道を何事もなかったような表情で渡る――これぞ忍法『歩行者のふりの術』! 道徳的に、あるいはもしかすると、法律的に悪いことかもしれないが、知ったこっちゃねえ!

 第一、車道の端を走ってる時に交差点に差し掛かると面倒なんだよ。いまいちどうしたらいいかわからん。だからいっつもこの忍法を使う。


 そのまま店舗の駐車場に入った。建物の前に、いつものバカ三人が待ち構えているのが見えた。……となれば、待ち合わせの時間には遅れた、ということか。ふと腕時計に目を落としたら、設定タイムを十分ほど越していた……えへへ。


「悪い、時差のせいで遅れた!」

 自転車を止めて、バカの一団に近づいていく。

「数分の時差は、少なくともこの地球上には存在しないのだが?」

「固いこと言うなって。炊飯器に入れっぱなしにしたご飯じゃあるまいし。……思い出しただけで、歯が痛くなってきた」

 俺は思わず苦い顔を作りながら、頬を擦った。


「……もしかして、お姉さんまた何かやらかしたの?」

「ああ。夜のご飯のあまり、ちゃんとパックして、冷凍庫に入れとけっていったのに。何をとち狂ったのか、今日の朝そのまま出てきやがった」


 変だとは思ったのだ。姉貴のやつ、いつもより多めにご飯を炊いていたから。こんなことなら、俺がちゃんとやっとけばよかった。


「大変だな、メシマズの姉を持つと……」

「ほんとだよ。あいつ、いつになったらまともなもんを作れるようになるんだか」


 三月いっぱいは母さんがこっちにいた。だから、その時は食事を含めた家事について問題は全くなかった。今まで変わらない快適な生活を送っていた。

 しかし、困ったことになったのは忘れない四月一日。その日に相応しい嘘みたいな話で朝、叩き起こされた。


『浩介君。ごめんね、あの、炊飯器の使い方、わかんなくて……』


 エイプリルフールなのに、それは嘘じゃなかった。流石にびっくりした。っていうか、説明書を読めよ、と思う。


 だが、そこは寝起き。頭はよく回らず、そのまま姉についてキッチンへ。蓋を開けると、見るからに量が不適切そうな米と水が入った釜が鎮座していた。それを是正してから、炊飯というスイッチを押す。いや、ボタンはいっぱいあるけど、さすがにわかりやすかったんだが。この女が、本当にそこそこいい大学に通っているのかわからなくなる、そんな一幕だった。


 結局、姉貴は目玉焼きすらまともに作れないことが判明したため、俺と瑠璃が食事当番になった。調理実習の経験はあるし、正直レシピ本を見ながらやればある程度はなんとかなるというもので。お惣菜買ってもいいし。それでも手が回らない時は、出前とか弁当だ。生活費は必要以上に親から貰ってるから問題なし。


「うちの箱入り娘どもの話はいいから。さっさとやることやっちゃおうぜ」


 改めて、中学以来の友人に向かいなおす。またこうして集まれるとは、感無量だった。……もしかして、こいつら意外と暇人? いや、昨年度はそんなに頻繁に集まった覚えはないんだけど。

 ともかく、この時間になったのは、友成の部活――彼女と同じバスケ――が終わるのを待ったため。今日は練習試合があったらしい。そのわりには私服姿ということは、着替えの時間を取ったんだろう。


「それを遅れてきたお前が言うか……」

「言い出しっぺは俺だからな、つまりは俺がリーダーだ!」

「まあ、何でもいいけどさ。……で、結局どうするの?」


 俺たちが今いるのは、例の書店の前だった。あの時のことを思い出すと、屈辱で身体が震える。五十鈴美桜め、俺の野望を阻止しやがって。挙句の果てに、脅迫まで行ってくるとは。絶対に許さん!


 奴が俺の追求の魔の手から逃れたのは昨日のこと。あいつの秘密の決定的な証拠を握るために、今日ここに来た。昨日の放課後? メンバーが集まらなかったから、ダメだったよ。ちなみにこいつらには、またあの本屋行こうぜ~としか伝えていない。


「早くしてもらえると助かるんだがな」

「おさむさん、これから塾とか?」

「その通り」

「クッソ真面目だねぇ、相変わらず」

「わかった、わかった。ちゃんと話すから。いいか――」


 俺は声を潜めて、面倒くさそうな三人に今日の作戦を説明した。





        *




 数分後。手ぶらのまま、友成は店から出てきた。どこか興奮した様子で、駐車場の片隅に控えていた俺たちの方に近づいてくる。


「で、どうだった?」

「いたぞ。確かにあれは五十鈴だ。いやぁ、やっぱ美人だなぁ」

「若瀬にチクるぞ?」

「何言ってんだ、沙穂が一番かわいいに決まってんじゃねえか」

 しまった、藪蛇だった。殴りたくなる気持ちを必死に抑える。


「へー、じゃあこーちゃんの言ってたこと、嘘じゃなかったんだねー」

「……やっぱり誰も信じてなかったのな」

「仕方あるまい。たまには己が日頃の言動を反省するのがよかろう」

 三人の困ったような視線が一斉にこちらに向く。


 ただひたすらに俺は悲しかった。全員少なくとも三年以上の付き合いなのに、酷くないか? 俺こそ、誠実で真面目一辺倒、そして面白みのない人間はいないと思うのに。


 とにかく、気を取り直して。あいつは今日も労働に励んでいるらしい。立派な行いだが、それは校則違反。確たる証拠を掴めば、俺と奴の立場はようやく対等になる。……ぐへへ。っと、いかんいかん。俺はあいつの素顔が暴ければそれでいいのだ。


「というかさ、どうしてそれだけのことのために僕ら呼ばれたわけ?」

「ノリ、みたいな?」

「ええー! 溜まってたアニメを消化したかったでござる……」

「ったく、俺だって沙穂とどっか遊びに行こうと思ってたのによー」

「いちいちリア充アピールしないと気が済まねえのか、お前は……」

 ちゃんと聞こえるように悪態をついたが、向こうは一向に気にしてくれなかった。


「――だが、一つ疑問があるのだが。なぜ、五十鈴とやらはお前が高校生だとわかったんだ?」

「同級生なんだから、どこかで見覚えがあった、とか?」

「いやいや、よほど特徴的じゃない限りそんな相手の顔、覚えられるか?」


 確かに、それは依然として謎のままだな。あの時、あの店員いすずは俺が高校生だとはっきり見抜いているようだった。面識はないはずなのに……俺、気になります!


「……友成の言うことは一理あるな。学年に顔が知れ渡っている奴の言うことだけに説得力がある」

「まっ、俺は沙穂ひとす――」

「それはどうでもいい」

 俺だけでなく、残りの二人も激しく同調してくれた。


「で、どうだ、浩介。何か身に覚えはないのか?」

「ぜ~んぜん。一昨日始めて苗字の正しい読み方知ったくらいだし」

「なにそれ?」

「……気にすんな、何でもないから」


 ごじゅうりん事件のことは流石に胸にしまっておくことにした。絶対大爆笑される。あと、妖怪土下座男認定事件のことも。……なんで、最近の俺の日常はこんなにも荒ぶってんだか。


「――なあちょっと、お前らもエロ本買ってこいよ」


 名案を思い付いて、俺はぐるりと友人の顔を見回した。一つあるとすれば、片っ端からこの年頃の男子に「キミ、高校生だよね?」と脅すように指導されてるんじゃないか、ということ。だとしたら、許せない。男の探求心を何だと思ってるんだか。


「なぜそうなる……」

「いや、それが謎を解くには一番手っ取り早いじゃん。」

「確かにそうかもだけどよ。もともと麻雀の罰ゲームだったよな、それ」

「そうだよ! あの闘いは何だったのさ!」

「バカ野郎っ!」


 俺が叫ぶと三人は身体をびくっと震わせた。……俺としても、つい大きな声が出てしまったと反省する。いくら人目につかない所とはいえ、通行人の姿があるわけで。とても不審がられてしまった。


 しかし、もうとまれない。思いついたままに言葉を紡いでいく。


「罰ゲームありきの闘いだったのか? 違うだろ。俺たちはただ闘いたかったんだ。罰ゲームの意味がなくなっても、その事実は決して消えるわけじゃない。あれは茶番じゃなくて、根っからの真剣勝負だった――」

「お前が無様に敗北したという事実も残ったまんまだがな」

 友成君の冷や水により、私はようやく冷静になりましたとさ。


「と、とにかくアイスでも奢ってやるからさぁ? 頼むよー」

 俺は手早く地面にひれ伏した。

「土下座……相変わらずだな、こいつ。――って、修? お前どこへ」

「ここまでされて何もしないのは仁義にもとるからな」


 踵を返すと、すたすたと彼は書店の入口の方へ歩いていく。軽く手を挙げて。その背中はとてつもなく大きく、頼もしく見えた。ただひたすらにかっこいい――修、ありがとう。俺の友達でいてくれて。


 さて、どうなるか。彼が得るのはエロ本と死、そのどちらなのか――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る