第11話 勇者は二度死ぬ
戻ってきた修は右手に黒い袋を提げていた。少し縦長のそれは、もちろんさっきは持っていなかったものだ。となれば――
「買ってきたぞ」
彼はぞんざいに歩み寄ってくると、無造作にビニール袋を突き出してきた。口がテープで止まっているらしく、取っ手の片方を摘まむようにして持っているのに、ガバっとは開かない。
俺は少し胸を高鳴らせながら、それを受け取った。二人も近寄って、俺の手元を覗き込んでくる。乱暴に封を開けて中に手を突っ込んだ。固い感触があって引っ張り上げたそれは――
「じゅ、熟女倶楽部……」
「修さん、そーゆー趣味だったんだね……」
「ないわー、さすがにないわー」
俺たち三人はかなりひいていた。
「適当に取っただけだ! ――な、なんだその目は。ええい、やめんか!」
顔を真っ赤にして、手をバタバタさせる修。俺はそんなあからさまに動揺する姿を見て、それは無理があるだろうと思うのだった。
「修はとめられなかったのな」
「五十鈴さんは、おさむさんのことを知らなかったのかな?」
「あるいは修がふけが――こほん。大人びて見えるから、問題なかったんだろうな」
ぎろりと睨まれて、慌ててうまく言い繕った。
結局、五十鈴の指摘が当てずっぽうだったのか、俺を知っててのことだったのか、答えは出ないのだった。やはり修じゃ不適切だったか。
だったら――
「次、友成!」
「やだよ。沙穂に怒られる」
「いいのか? いつも言ってるじゃねえか。あいつはどうも色気に欠けるって。それを補充するチャンスだぞ、ここは。不満が溜まるとギスギスするんじゃないか?」
「……なんかもっともらしいこと言っておるな」
「童貞のくせにね~」
「じゃかしいっ! ――ほら、アイス奢ってやるから」
「……はぁ。仕方ねーなー」
友人に押し切られて仕方ないといった口ぶり。しかし俺にはどこか、奴の顔がワクワクしているように見えた。全く素直じゃないんだから。
そのまま友成は、どこか小走りに店の中に入っていった。残された俺たちは適当な会話で場を繋ぐ。
やがて帰ってきたイケメンは修と同じく、店の袋を持っていた。
「ほらよ」
爽やかにそれを突き出してくる。
「買えたの、友ちゃん」
「ああ。全く問題なく、な」
「やはりあの
「ものすごい平然としてた。顔色一つ変えず……。逆にこっちが恥ずかしくなるくらいだったぜ」
苦い顔で、彼は首を横に振った。
とりあえず、またしても俺が戦利品を確認することに。『乳の夢』――とても胸の大きな女性が表紙の物だった。趣味丸出しである。
「おかしいなぁ。友成のこと知らなかったのか? そんなわけないと思うんだが……」
「でもさぁ、僕らが五十鈴さんのことを知らなかったのと同じだって考えると、不思議じゃなくない?」
「周五郎は三次元に興味ないし、修はストライクゾーンが高めだし、浩介は浩介だからな。参考になんねーよ」
「待て、だから誤解だと――」
「なんだよ、俺は俺って……あ、褒められてる?」
「何考えてんのか、わかんねーって意味だよ、アホ」
ペチン―ーいいツッコミを友成からいただいた。叩くのがうまいから、痛みはない。お笑い芸人とかやればいいと思う。イケメンだし。
しかし、ますます謎は深まるばかり。なぜ俺だけが五十鈴の妨害にあったのか。やはりあいつは俺のことを知っていた……? でも自分で言うのもあれだが、学年で有名人になるほどの器じゃない。
やはり、ただ高校生っぽく見えただけかもしれない。友成は私服が垢ぬけているから、特に気にならなかっただけ。そう考えれば、まあ筋は通りそう。
「よし! 今度は僕の番だね!」
「なんでやる気満々なんだ、こいつ……?」
「やめとけ、周五郎。お前じゃ無理だ」
「そうだぞ。お前さんはどこをどう見ても成人男子には見えん」
「みんながやったのに、僕だけ仲間外れなんて嫌だよ! ――じゃあ、僕行くから!」
どこか悲壮感に満ちた表情で、彼は踵を返した。そして、ずんずんと店に向かっていく。なんかすげえ楽しそうだな。まあ、これはこれでアリだと思う。
もし、あのいいとこ見積もって男子中学生のあいつが、戦利品を獲られるようなことがあれば、一気に謎が解けるかもしれん。五十鈴は客の容姿に無頓着。二人もあいつの接客はロボットみたいだった、と言ってたし。それでも、俺をとめたということは、奴は俺のことを知っていたといえるだろう。
今日三度目の雑談タイム。取るに足らない言葉を交わす。しかし、どこか二人が上の空なのは袋の中身が気になるからか……全くスケベな連中だぜ。
そして――
「ご、ごめん、みんな……やっぱり、ダメだったよ」
俺たちのところにふらふらとやってきた周五郎は、とてもしんどそうな顔をしていた。そして、がくっと膝をつく。そのまま両手をつき、わざとらしい慟哭を繰り返す。
「だろうな」
俺たち三人の声はとてもぴったりと揃った。これはまさに、案の定というやつである。
*
これは形だけの行動ではない。本屋行ってくると言ったら、瑠璃から買い物を頼まれた。漫画の新刊買ってこいだって。少女漫画のね。恥ずかしくて、そんなことできるかよ……とは思うが、妹想いの兄はしっかりとその任務をこなすのだった。
発売されたばかりだからか、平積みにされていて、それは見つけやすかった。それを手にして、一度雑誌コーナーの方に近づく。進行方向にはちょうどレジがある。
立ち止まり、適当な一冊を手に取った。右手でスマホを操作する。あたかも調べ物をしている風を装う。実際には一つのアプリを起動した。
そして何気ない手つきで、ぴんと真直ぐ立っているクラスメイトにピントを合わせる。向こうはこちらに気付いた様子はない。退屈そうに手元を見ている。遮蔽物はあれど、横切るものはなく――
パシャリなんて、音はしなかった。動物や眠っている赤ちゃんを撮るためのサイレントカメラアプリ。……いやぁ、便利なものがあるものだなぁ。まあ俺には必要がないので、そのままアプリは削除した。
――よく撮れている。どこをどう見ても、店のレジの中。百人に訊けば、全員が彼女はバイトをしていると答えるだろう。
これでよし。これこそ、言い逃れのしようのない証拠。いくつか法令に抵触している気はするが、背に腹は代えられぬ。向こうだって、校則違反してるからセーフ……なわけないか。とにかく、そのままズボンのポケットにスマホをしまい込んだ。
さて、俺もついでにエロ本買ってくか。周五郎の夢を叶えてやらないと。そのまま、コーナーに向かう。二度目だから足取りはスムーズだ。
前回の反省を生かし、俺はサングラスを用意していた。あとマスクも。ただし後者の方は、友人たちから全力で止めたからしまってあるけど。気合入れて目出し帽も用意したのに。
やはり、というか。彼の求めたものはコミック雑誌。タイトルは確認してあるから、迷いなくそれをつかみ取った。その上に妹から頼まれた少女漫画の最新刊を重ねる。俗にいうエロ本サンドイッチ! ……一冊足りないけど。そしてサイズもあってない。
躊躇いなくレジへ。ちょうどよく誰もいない。もともと店内は、相変わらずあんまり混んでない。半年ほど前、近くに大型書店ができたせいもあるだろう。この店の未来が心配になる。
そこにいる店員は五十鈴美桜。これは好都合……今こそ、リベンジの時! あの時の願いを今日こそ成就させるのだ!
「お願いします」
台の上に俺は本を載せた。
「はい」
いつもと変わらない涼し気な声色が返ってくる。
五十鈴は慣れた手つきで、まず一冊目のバーコードを読み取った。近くの機械に値段が表示される。そのまま単行本をどかして二冊目も――
すると、その手が止まった。彼女が顔を上げてまじまじとこちらを見てくる。いつも通りの無表情がそこにはあった。
「……根津君?」
「ウォッホン! 人違いではないかな、マドモアゼル?」
平静を装うも、俺は内心かなり動揺していた。
「……そうですか。失礼しました。あの年齢確認の方させていただいても?」
サクッとその言葉は俺の心臓を射抜く。
――詰んだ。えぇ、なんなのこいつ……? 俺がエロ本買うの絶対妨害するウーマンかよ……。流石に心が折れそうになる。
仕方なく、俺はサングラスを外した。
「やっぱり」
少しも表情を変えない。流石ロボット!
「なぜわかった?」
「なんとなく」
彼女はなぜか雑誌を手に取った。そしてしげしげと眺め始める。封がしてあるから、中身は見れないけれど。それでも表表紙と裏表紙をしっかりと。
なんなんだ、こいつ? もっと照れたりとかないのかなぁ。肝が据わっているというか……。生還した二人も相当な練度の高さだって言ってたっけ。まさにプロ意識が高いというやつかもしれん。
「男の人って、本当にこういうの好きなのね」
「まあな!」
爽やかな笑顔を作ってみたが、無視された。悲しい。
「で、どうするの?」
「どうするって?」
「見逃してあげてもいいけど」
「いや、武士たるものそんな情けを受け取るわけにはいかぬ」
「武士なの?」
「違う」
俺は即座にかぶりを振った。
すると、彼女は少しだけ眉間にしわを寄せた。初めて、こいつのそんな表情を見た気がする。なんとなく勝ったような気分になる。
「じゃあこれだけね――こういうの、読むんだ?」
彼女はエロ漫画雑誌の方はカウンターの中に引き入れた。今度は瑠璃に頼まれた少女漫画の新刊に目を向けた。
「俺が読むと思うか?」
「人の趣味はそれぞれだから」
作業を進めながら、平然と言ってのける。
「……妹がな」
「ああ、土下座してた――」
「そのことは口外しないでくれると助かる。もちろん今日のことも」
「ええ」
彼女はこくりと頷いた。その素直な態度に嫌なものを感じつつ、代金のやり取りをする。千円を出したらお釣りがやってきた。
「秘密にしていればなんでもしてくれるんだものね」
「……へ? それってどういう――」
「はい、こちら商品になります。ありがとうございました」
彼女は俺の方に小さな袋に入った漫画本をすっと差し出してきた。手を離すと、ぐっと深く腰を折る。長い髪がふわりと揺れた。
それ以上のことを訊く時間は俺にはなかった。すぐ近くに次の客がいるのがわかっていたからだ。仕方なく、商品を受け取って「ありがとう」と口にしてその場を離れる。
――まさか、あの時の踊り場での一言を本気にしているのか、あいつ? だから、図書委員を押し付けてきた……。これはやばい。少し恐怖しながら、店を飛び出す。
その後、友人たちにはまたしても馬鹿にされたのは言うまでもない。一度ならずに度までも屈辱を味わうことになるとは……! しかし見ていろ、五十鈴美桜! 月曜日こそ、貴様の命日となるだろう――
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