第4章 隕石サバイバル

 翌朝、東の空が、うっすらと白みはじめると、陽太は早起きして、ブルーの半袖シャツと、ジーンの半ズボンに着替えた。

 突然、ビーンとスマホのバイブが震動した。スマイルだった。こんどはスマホを通して話しかけてきたのだ。

「陽太くん、スマホを忘れないで、外に出たら、スマホで会話するからね」

「わかったよ」

 陽太はスマイルを赤いリュックにいれ、スマホを握り締めた。それから部屋を出ると、音を立てないように、こっそりと玄関から外に出た。


 朝、八時を少し過ぎた頃だった、

「野間さん、おはようございます」

 南北博士が助手とともにやって来た。

「やあ、博士、おはようございます」

 お父さんが玄関で二人をむかえた。

「隕石は無事ですか? はやくしないと危険です」

 博士は、気ぜわしい。

「ちょっと待って下さい……」

 言いかけていると、

「陽太が、いないんです!」

 二階から、お母さんが駈け降りてきた。

「朝早くからどこに行ったんだ」

「たぶん虫取りにでも、行ったんじゃないかしら」

「隕石はありますか?」

「それが、部屋には見当たらないんですよ」

「な、なんですと」

 南北博士のホッペがピリピリと引きつった。

「おはようございます!」

 続けて、綾子がやってきた。

 昨夜のことが心配で、朝早く起きてきたのだ。

「綾子ちゃん、おはよう」

 お母さんがにっこり微笑む。

「陽太くん、いますか?」

「それがね、朝早くから出かけていないのよ」

「隕石をわたしたくないから、どこかに隠しに行ったに違いない」

 南北博士が、いらいらして言う。

「博士が隕石を陽太くんから、取り上げようとするからよ」

 綾子が、珍しくかみついた。

「あの隕石は危険だ。わたしにしか管理できないのだ」 

「お昼には戻ってくると思いますよ」

 お母さんが不快そうにいう。

「何をのんきなことを!」

 プンプン怒り、博士は顔をまっ赤にする。

「それはあくまで伝説でしょう」

 お父さんはあきれ顔になった。

「伝説じゃありません。事実です。このままだと取り返しのつかないことになります」

「あの隕石は陽太のものです。陽太の同意がないかぎり、お渡しすることは出来ません」

 お父さんが、きっぱり言い切ると、

「後悔することになりますよ」

 南北博士は声を荒げ、助手と共に帰って行った。


 ビーン

 スマホのバイブが鳴る。綾子からのメッセージだった。

〈陽太くん、いま、どこ?〉

〈おむすび山に行くところ〉

〈隕石もっているの?〉

〈うん〉

〈あたしも行く〉

〈じゃ、おむすび山のふもとの、三角公園で待ってる〉

〈はーい〉

 陽太の家から北へ自転車で十分ほど走ると、田んぼのそばに、おむすびみたいな、小さな山がある。大昔、そこに神様がおりたという伝説があるのだ。

 自転車をおりて、山の登り口の三角公園でひと休みしていると、

「陽太くん!」

 綾子が、ピンクの自転車から、大きく手を振るのが見えた。

「早かったね」

「自転車でスピードを出すのって、凄く楽しいわ!」

 綾子の目が輝く。

「南北博士が、隕石を奪おうとしているんだ」

 陽太は思い詰めたようにボソッと言った。

「研究したいだけよ」

 綾子は陽太の隣に屈んでゲンコツをつくった。

「そっかなぁ」

 ビーン

 突然、スマホのバイブが鳴る。

「陽太くん、時間がない。早く山に登るんだ」

 スピーカーからスマイルの声がした。

「あ、そうだった」

 陽太は重大な使命があるのだ。

「だれかいるの?」

「スマイルだよ」

 綾子は、きょとんとした。

 陽太は、リュックから隕石をとりだす。

「紹介する。友人のスマイルだよ」

 陽太は、隕石を綾子に見せて、にっこり笑った。

「陽太くん、何があったの?」

 綾子は、顔をこわばらせた。

「綾子ちゃん、昨夜は、おさわがせしたね」

「だ、だれ?」

「だから隕石が話してるんだよ」

「う、うそ」

「じゃ、自転車の鍵を借りるよ」

 スマイルは強力な磁力で、綾子の自転車の鍵を、隕石に引っ付けた。

「ね、信じた?」

「隕石、生きてるのね」

 綾子は、スマイルを不思議そうに見つめた。

「ぼくはスマイル。よろしく」

「綾子です。よろしくね」

 スマイルが磁力をゆるめる。

 綾子の鍵が、彼女の手のひらに、ぽろりと落ちる。

「急ごう」

 陽太が自転車にまたがると、綾子もあわてて乗る。

「何がどうなってるの?」

「スマイル、説明をたのむよ」

「地球のポールシフトをくい止めるんです」

 スマイルが、二人のスマホから話しはじめる。

「ポールシフトって、北極と南極が入れ替わること?」

「綾子ちゃん、すごい!」

 思わず陽太は、綾子の横顔をみる。

「パパと一緒に映画でみたことがあるわ」

「映画で地球はどうなったの?」

「大津波や火の嵐が世界中を襲い、最後は、北極点が赤道近くに移動して、大都市が一瞬で凍りにとざされてしまったの」

「恐ろしい映画だね」

「人間が、空や海や大地を汚すから、地球が耐えきれなくなって、地表を大掃除しようとしているのです」

「人間は、戦争で核を使ったり自然を破壊したりするから、地球さんが怒ってるのよ」

「そんなこと、考えたこともなかった」

「パパもママも戦争反対のデモによく行ってるから、あたしも一緒に行くの」

「綾子ちゃん、すごい」

 同じ六年生なのに、陽太は、綾子がずっと大人に見えた。

「おむすび山のふもとに二つの祠があるんだ」

「祠ってなに?」

「木で作られた、扉のある小さな箱だよ」

「その木箱の中に何があるの?」

「七十七万年前、ぼくは大気圏に突入したときに爆発の衝撃で三つに割れたんだ。ぼくはその衝撃で再び宇宙を彷徨い。ぼくの分身は生き残った人間が神様のようにして祭った」

「それでその木箱の中に君の分身があるんだ」

「だからパーフェクトな姿に戻らないと、ぼくはポールシフトをとめられない」

 少しして、陽太と綾子は、雑木林に小さな赤い木箱を発見した。

「陽太くん、それだ」

 赤い祠だった。

 陽太は自転車をおりると、祠の前にかがんで、扉をあけた。

「これかな」

 陽太は祠から、げんこつサイズの隕石を取り、リユックに入れた。 

 そのころ、南北博士が、陽太から隕石をうばおうと、おむすび山に近づいていた。

「博士、おむすび山に強力な磁力反応があります! あの隕石に間違いありません」

 助手は磁石探知機を繰り返し確認した。

「急ぐんだ!」

「わかりました」

 二人はおむすび山に車を飛ばした。

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