第2章 隕石が落ちてきた

 ドカアンと大きな音がした。

「地震だあ」

 陽太はびっくりして飛び起きた。

「陽太、だいじょうぶか?」

 お父さんとお母さんが、大あわてで、二階の子供部屋にやってきた。

「なにか落ちてきたみたい」

 陽太は天井を見た。こわれたところはない。

「こわいわ。何が落ちてきたのかしら」

 お母さんは不安そうにうろうろする。

「UFOでも落ちてきたのかな」

 お父さんがジョークをとばす。

「あっ、外で何か光った!」

 陽太は、お母さんの手をふりほどき、窓へはしった。

「あぶないわよ!」

 お母さんが、陽太をおう。

「わぁ! すごい」

 陽太は窓ごしに、声をあげた。

 お父さんとお母さんも、窓から顔を出して庭をみると、大きな穴があいていた。

「な、なんてことだ……」

 おどろいたお父さんとお母さんは、窓から下をのぞきこんだまま、動かなくなってしまった。

 好奇心おうせいな陽太は、じっとしていられなくなり、

「ぼく見てくる」

 お母さんをふりきり、階段をかけおりた。

「野間さん、だいじょうぶですか!」

 玄関先から大きな声がした。それも一人ではない。大きな音をききつけ、近所の人たちが、大勢あつまってきたのだ。

 お父さんとお母さんも一階に降りる。

「陽太くん、なにがあったの?」

 綾子だった。

 綾子の家は、陽太の家から近かったので、心配してやってきたのだ。

「空から何か落ちてきたんだ」

 陽太は、綾子を庭に案内した。

「わあ、まるで小型のクレーターね」

 綾子は、危ないと、陽太の袖を引っぱる。

「なんか光った!」

 陽太はゆっくり穴に近づく。

 綾子も並んで立つ。二人は腹ばいになって、穴の底をのぞきこんだ。

「家の人を呼んだほうがいいわ」

 綾子は危険を感じた。

 陽太は体の半分までのりだした。

「危ないわ」

 綾子は大人にまかせるべきだと思い、立ち上がろうとした。

「二人とも危ないから、はなれなさい」

 タイミング良く、陽太のお父さんとお母さんがきた。

 近所のひとたちや、通報でレスキュー隊も駆けつけた。

「あ、陽太くんのお父さん、お母さん」

 綾子が振り返った時だった、

「わあぁ」

 陽太の悲鳴がした。穴に落ちたのだ。

「陽太くんが!」

 綾子は四つんばいになって、穴をのぞき込んだ。まっくらで何もみえない。

「陽太、すぐに行く!」

 お父さんが、穴にとびこもうとする。

「隕石みっけ」

 穴の底から、陽太の元気な声がした。

 ライトに、泥まみれの陽太が浮かびあがる。

 思ったほど深くない。

「ケガはしなかったか?」

 レスキュー隊員が、穴に飛びこみ、陽太を助け出した。

「これ、ぼくのだよ」

 陽太はおにぎりみたいな隕石を、宝物のように両手でにぎりしめた。

「そうだ。陽太のものだよ」

 お父さんは、にっこり笑う。

 陽太は、集まった人たちに、隕石を見せて回ると、みんなは、「わあ」とか「ほぉう」と、感嘆の声を上げた。

「ほんとにお騒がせしました」

 陽太のお父さんとお母さんは、集まった人たちに、何度もあたまを下げた。

「ぼくの隕石!」

 陽太は、嬉しくて、庭中を走り回った。

「あたしにも見せて」

 綾子が、目を輝かせる。

「うん」

 陽太は、握りしめた隕石を、そっと見せた。

「すごいわね」

 綾子の大きな目が、さらに大きくなる。

「まだ温かなんだ」

 陽太は隕石を両手でもって、焼きたてのサツマイモを冷ますようなしぐさをした。

「陽太くん、よかったわね。明日、また見せてね」

 綾子が、えくぼをつくって、小さく手を振る。

「もちろん。またあした」

 陽太も笑顔で手をふる。

 となり近所の人たちや、レスキュー隊のひとたちも、帰って行った。

 陽太の家族も家に入った。

「それにしても、庭に隕石が落ちてくるなんて、奇跡的な確率だ」

 お父さんの言葉に、陽太もお母さんもうなずいた。

「研究者がやってくるかもな」

 お父さんが、不吉なことをいう。

「やだ! ぼくは誰にもわたさないよ」

 陽太は、テーブルからうばうように、隕石をとり、二階の部屋にかけあがった。

「陽太!」

 お母さんが、あきれ顔で、陽太の背中を目でおう。

 陽太は、隕石を持って部屋に閉じこもった。

 学習机の上に、昼間学校で悔しい思いをした、フェライトのU型磁石が、むぞうさに置いてあった。

「隕石、磁石にくっつくかな」

 陽太は、何の気なしに、隕石を磁石に近づけた。

 ガチッ!

 磁石が火花を散らし、隕石に吸着した。

「すごい! 隕石に磁力がある」

 陽太はU型磁石を隕石から、引き離そうとした。

「あ、あれ」

 隕石と磁石は、まるで一つの固まりのようにびくともしない。

 その時だった。

 隕石にU型磁石が、ゆっくりのみ込まれはじめたのだ。

「うわああっ!」

 陽太は、腰が抜け、ひっくり返ったカエルのようになった。

 隕石はまるでアメーバが微生物を体内にとりこむように、磁石をまるごとのみこんでしまうと、なんと、磁石の分だけ大きくなったのだ。

「陽太、どうした」

 声に驚き、お父さんとお母さんが、二階に駆け上がってきた。

「隕石がぼくの磁石をのみこんでしまったよ」

 陽太は、声をふるわせた。

「隕石が磁石を?」

 お父さんが、隕石を見つめる。

「隕石は磁石なんだ」

 真剣なまなざしで、陽太はお父さんを見上げる。

「磁石なわけないでしょ」

 お母さんが、スッと隕石に手を伸ばした。

 ガチッ

「キャア」

 お母さんのゆびから指輪がはずれ、隕石にピタとくっついた。

「はやくしないと、指輪が隕石にのみこまれてしまうよ」

 陽太の声よりも早く、指輪は隕石にのみこまれてしまった。

「な、なんてことだ」

 お父さんは、声をつまらせた。

 ピンポン、ピンポン

「野間さん、こんばんわ!」

 家族のみんなが、一階に降りる。

 ドアをあけると、はげあたまに、丸めがね、白いあごひげの紳士が立っていた。

「夜分すみません。お宅に隕石が落ちたとききまして」

 陽太をはじめ、家族のみんなが、町内の隕石研究家、南北博士の登場をよろこんだ。

「みなさん、どうかしましたか?」

 南北博士は陽太たちの青い顔に驚いた。

「隕石が金属を食べたんです」

 陽太は、隕石を博士に見せた。

「金属を食べる?」

 南北博士は自分の万年筆を近づけてみた。

 ガチッ

 一瞬で、ペン先の金属が引き抜け、隕石に張り付いた。

「これは宇宙磁石です」

 南北博士の目は確信に満ちていた。

「宇宙磁石って?」

 陽太がきょとんとした目でいう。

「宇宙で一番強い磁石です」

 博士の言葉に、陽太の目が輝いた。

「ネオジム磁石より強いの?」

「ネオジムなんか、くらべものにならないよ」

「やった!」

 陽太は大喜びした。

「夏休みが終わったら、大輔くんと磁石勝負するんだ!」

 昨日の悔しさが、陽太の心に火をともす。

「学校にもっていく? とんでもない!」

 博士が陽太の喜びに冷や水をあびせた。

「どうしてだめなの」

 陽太は、なっとく出来ない。

「宇宙磁石は危険だ」

 南北博士は深刻な顔をして、陽太たち家族を見回した。

「どう危険なんですか?」

 お父さんも顔を乗り出す。

「古代インドの遺跡に記された伝説があるのです」

「古代インドの伝説?」

 陽太の家族は声をそろえ、顔をのりだした。

「宇宙磁石があらわれ、地球の北極と南極をひっくり返した。ポールシフトを起こしたのです」

「ポールシフト?」

 陽太には初めて聞く言葉だ。

「陽太くん、地球には北と南があることを学校で習っただろう?」

「方位磁石で実験したよ」

「その北と南が、あっというまに、入れかわってしまったのだ」

「じゃ、地球が逆さまになったってこと?」

「そのとおり。逆さまになり、地球上は大洪水や火の海にのみ込まれ、生物のほとんどが死に絶えた」

 言いおわると、南北博士は腕をくんで、固く口をむすんだ。

「ぼくはどうすればいいの?」

「危険だから、この宇宙磁石は、わたしがあずかりましょう」

「博士だって危険だよ」

「わたしにしか地球の危機は救えない」

「どうするの?」

「それはひみつです」

「隕石で、大輔くんと磁石勝負するんだ!」

 陽太はあきらめきれない。

「なにをバカなことを」

 博士は眉間に三本しわをたてた。

「息子はバカじゃありません」

 お母さんが、むっとする。

「こ、これは失礼」

 ポケットからハンカチを取り出し、博士はひたいの汗を拭う。

「この隕石は、ぼくのだ!」

 陽太は、隕石をひょいとにぎりしめ、自分の部屋に入っていった。

「陽太、待ちなさい」

 あわてて、お母さんが後をおう。

「危険です。息子さんを説得して下さい」

 南北博士は声をあげ、顔を真っ赤にした。

「わ、わかりました」

 お父さんも、急いで二階に上った。

 南北博士は、玄関に靴をはいたまま、腰掛けて待つことにした。

 しばらくして、お父さんとお母さんが、博士のところに戻ってきた。

「息子さんを説得できましたか?」

「え、まぁなんとか」

「それでは、隕石をあずかりましょう」

 南北博士がさいそくする。

「今夜は手元に置きたいと、そういってますので」

「な、なんですと。あの隕石がどれほど危険か、あなたもその目で確認したでしょう」

「それはそうですが、息子にとっては大事な宝物です」

「権利はわたしにあります。明日、あらためてうかがいますから」

「え、どういう意味ですか?」

「明日の朝一番に、助手と一緒にうかがいます!」

 南北博士は、理由を言わず、いらいらしながら玄関を出て行った。

「危険を案じてくれているのか、研究素材として、興味があるのか、博士の気持ちがわかりませんわ」

 お母さんは、不思議そうな顔をした。

「その両方だろう。それにしても、権利はわたしにあるって、どういう意味なんだろう」

 お父さんは腕を組んで、首をかしげる。

 博士が帰ると、陽太が二階から隕石を持っておりてきた。

「ぼくの隕石だからね」

 陽太は、隕石をかたときも手放さない。

「でも、家においておくには、危険すぎる」

「そうよ。博士に預けたほうが安全よ」

「そんな保証、どこにあるの?」

「保証って」

 お母さんは言葉に詰まる。

「博士の言ってた事が本当なら、すぐに隕石が、ポールシフトをおこすはずだよ」

「たしかにな」

 お父さんは、ふかく頷いた。

「これは僕の隕石!」

 陽太は隕石を右手でぎゅっと握り締め、階段をかけあがった。

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