第2話 格闘ゲームで勝てない
「それはワロス。やばいよお前」
「え?」
「最近物忘れっつーか、そういうの多くないか?」
「ん」
リョースケの言葉に、手元が狂う。舞台から落ちただけなのに、大仰な爆発音とエフェクトがかかって俺(3機目)は死んだ。
「自滅乙」
「……本当に、俺ってやばいのかな」
「え?」
そんな顔するなよ、とリョースケは俺の肩を叩く。ワックスでがちがちに固めた茶髪は今日も決まっている。俺はこいつがこの髪型以外をしているのを見たことがない。
『ステージを設定してください』という表示が出て、苦笑する。
「そんな顔するなよ、ってアズサにも言われた」
「お前アズサと話してばっかだな。たまには俺にも外の空気吸わせろよ。まずそもそもこの部屋換気してんの? 臭いんだけど」
「寒いから」
リョースケはツンツンに尖った髪の毛の頂点を触りながら、眉間に皴を寄せた。
「そういうのがダメなんだよ。空気を入れ替えないと」
「ユウが出てきそうで怖い。怖いんだ」
気が付けば、俺は震えていた。小学生みたいに、膝を抱えてうつむく。
「出てこないよ。お前がちゃんとしてれば、そのユウって奴は出てこない。俺は会ったことねーから、知らねーけど」
「アズサとは、会ったことあるんだっけ?」
記憶が混濁する。俺はリョースケとアズサを引き合わせたことがあっただろうか。
「もう一戦やる? やろうぜ」
リョースケは質問に答えずに、自分の質問をすぐに勧誘に切り替えた。ステージは最もシンプルな、何の仕掛けもない一本道。
「今度俺このキャラ使うわ。リュージは?」
「そいつ弱キャラじゃん。俺はこのままこいつで行く」
「弱キャラじゃねーよ。今度も俺が勝つからな」
コントローラーを握りしめる力が強くなる。ちらりと目をやると、確かにそこに、リョースケがいる。例の音楽が鳴りやんでいる。今俺に聞こえるのは、もったいつけたナレーターの『FIGHT』の声だけだ。
リョースケは強い。徐々に画面端に追い詰められていく。こいつもきっと外に出たいんだろうな、と思う。その美貌と、背の高さと、誰にでも柔らかく優しい口調を、外の世界で発揮したいんだろうな、と思う。けれど不思議なことに、外でリョースケに会ったことは一度もない。
「弱いやつはいるよ」
「え?」
ゲームの話かと思ったが、リョースケが言っているのは違う話だということに気づいたときには、あいつは最後の言葉を口にして消えていた。
「それでも立ち上がらないとな」
『GAME SET』の声がした。俺はまた、CPUに負けた。
音楽が鳴り始める。曲名を思い出せないまま、その曲は夜を包む。
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