デスゲームの裏方さん
真名瀬こゆ
俺たちの仕事はノンフィクション
「世の中、明日から十連休だって知ってたか?」
「日本国民だから知ってる」
「俺たちは、こうやって残業してるっていうのに。今日の仕事が終わった奴は、もうお休み気分なんだろうぜ。妬ましい」
俺の隣に座っている同僚は、濁音の汚いうめき声をあげている。耳障りな騒音だ。仕事の手が止まらないのならば、多少うるさくても俺は文句を言うつもりはないけど。
「とはいっても、世の中が休みってことはその分、繁忙期に入る仕事だってあるわけだから。全国民がお休みなわけじゃないだろう」
「俺たちとかな」
「俺たちの場合は連休だから忙しいわけじゃないけど」
「くっそ、何が楽しくて新人研修の代打なんて」
愚痴をこぼしながらも、やはり淡々と業務は進んでいる。
俺たちの仕事は休日が固定ではない。忙しい時は家にも帰らず、仮眠と仕事を繰り返すこともある。逆に、暇なときは一か月まるっと休みであることもある。とても不定期な仕事だ。
今は忙しくも、暇でもない――はずだった。先週までは。
なんと、今年の四月に入社した新人が集団で辞表を提出したのだ。一方的に辞表を押し付けて去っていく姿に驚くしかなかった。
今年の新入社員十人中、残ったのはたった三人である。
「首輪作るのも慣れたもんだよなあ」
「昔は爆弾触るなんて怖かったけど、今や誤爆したって驚かねえよ」
「あの頃は若くて、可愛かったな。俺たち」
俺たちは今、爆弾付きの首輪を作っている。
来週、新人へのデモンストレーションのために”ゲーム”が開催される予定なのだ。ゲームで使われる備品は、本当は新人が研修で作ったものが使われるはずなのだが、納品が間に合わないために俺たちが駆り出された。
十人でやる作業を三人でやることになった上、彼らは仕事のいろはも分からない新社会人。終わらせろ、という方が無理な話だろう。
「あと何個?」
「二個。ったく、急に参加者増やすなんてやめて欲しいよ」
「だよなあ」
そう。ただでさえ間に合わないと騒いでいたのに、発注数が増えたのだ。
それで俺たちは定時を過ぎ、ぐだぐだと管を巻きながら手を動かしている。
「この前、監視課に聞いたんだけどよ、この首輪、位置情報を認識して爆発する、って言って使われてんだってよ」
「は? これが?」
「そうそう。無理やり外そうとしても爆発するらしいぜ」
「嘘じゃん」
俺たちが作っている爆弾付きの首はもちろん爆発する。ただし、その起爆は首輪と対になっているスイッチを押さなければならない。
だってこれは消耗品だ。位置情報を発信する装置や振動感知装置をつけるなんてコストパフォーマンスが悪すぎる。
「え、何、それでどうなるの?」
「監視課が監視映像見ながら、手動でスイッチ押してんだよ。参加者からは自動に見えるだろ」
「だっせえ!!」
衝撃だ。そんな人力であたかも凝っているかのような演出をするなんて。
でも、まあ、自分がその立場なら騙されるだろうなあ、とは思う。
「いろんなゲーム見てきたけど、首輪だけは廃れないよなあ」
「まあ、分かりやすいし」
参加している側も、見学している側も。
年々、素材は進化していくから、だんだんと軽く、首につけても負担の少ないものになっていってはいる。しかし、首輪に爆弾をつける、という行為だけは変わらない。
「お前なら、ゲーム企画するなら、首輪使うか?」
「あー? あー、うん。使うかな。ある程度、行動は制限させないと」
「ふむふむ」
わざとらしく頷く同僚は、首輪ではなくボールペンを握っていた。その辺にあった書類の裏に”首輪は使う。行動を制限させるため”と汚い文字を綴っている。
「何書いてんだよ」
「”俺たちの考えた最強のデスゲーム”」
「うっわ、すっげぇ頭悪そう」
「俺らでもいいゲーム考え付くと思うんだよねぇ」
「俺ら技術課なんだから、そんなスキルいらねえだろ」
「まあまあ、お遊びだと思ってさ」
くるくると同僚の手元でペンが回る。
この会社に入って四年目。ずっと技術課に属している俺と同僚は、実際のゲームの企画や運営だとかには全くといって関わってこなかった。
ああいうのが欲しい、こういうのがやりたい、って要望を聞かされ、予算持ってこいや、人員と工数考えろや、と絶叫しながら仕事に従事してきた。本当に言うだけはタダだと思いやがって。
定時までの時間なら、まじめに仕事しろよ、と無視するところだ。が、つまらない作業をひたすらにやるのも苦痛だ。
くだらない話に乗っかってやるか。
「じゃあ、まずは参加者を集めるか」
「お、いいねえ」
「どういう奴らが集まってるのが人気なんだろうか」
「やっぱ、一人は積極的に殺しに行くやつが欲しいよな!」
「まあ、膠着しても見てる方は面白くないからな。うーん、学生とかは? ゲーム脳っていうくらいだし、結構、場に流されてやってくれんじゃないかな」
「学生なら大学生一択。高校生までの未成年は保護者の目が光ってるし、行方不明になったとき発覚までが早い」
企画書と呼ぶにはちゃっちい紙に”大学生”が書き足される。
同僚の手が止まった分、作業時間は後に押していくが、ちょっと楽しくなり始めた俺はそれを咎めるつもりはなかった。
「誘拐して集めるよりは、バイト募集とかで集める方がよさそう」
「確かに。失敗のリスク考えると誘拐は現実的じゃない」
「バイトなら面談のかたちで人となりも確認できるし、履歴書で個人情報もゲットできる」
「いいじゃんいいじゃん」
”バイト募集で参加者を決める。履歴書と面談でよい人材を絞り込む”が追加される。
しかし、こいつの字は汚い。
言葉を交わしながら書かれている文字を見ているから読めるけれど、この紙だけを何も言わずに渡されたら丸めて捨てているところだ。
「次、場所は?」
「俺は無人島好きなんだよなあ。サバイバルっぽさがあって、放し飼いで殺し合いって単純さがいい」
「お前本当に技術課かよ。俺はがちがちにルールもギミックも決まってる方がいいな。病院とか学校とか。いろいろ作れるし」
「まあ、細かいの作るのは楽しいけど、金かかるじゃん。金といえば、予算と規模を決めてなかったな」
「参加者が七人規模の標準予算」
「……それはお前が今、殺したいと思ってる人数だろ」
俺の言葉も聞かず、同僚は勝手に参加人数を決めた。
特段、大きく反対する数でもないし、実際、同僚の頭に浮かんだ七人には殺意も沸いていたのでスルーしよう。
「七人で無人島は押さえられないな」
「七人なら、お前が言ってたルールもギミックも決まってる方がいいだろうな。ルールの穴とか作っておいてさ、得意げに論破する奴は最初の死体にしよう。運営側の介入で殺す」
「性格悪っ」
「ゲーム中に変に粋がる奴が悪い」
同僚の持っているペンと俺の持っている首輪を取り換える。”ルールとギミックの設定は細かく。最初の死体は運営側の介入で殺す”と、明らかに筆跡の違う文字で連ねた。
「それなら、場所は館かな。ホラー映画に出てきそうな、部屋数だけは多い屋敷」
「いいんじゃないか。ギミックも入れやすそうだし」
”場所は部屋数の多い屋敷。イメージとしてはホラー映画に出てきそうなもの”、と。ううん、でも、こうして企画書を見返してみると斬新さに欠ける。
そう思っていたのは俺だけじゃないようで「独創性が足りなくない?」と同僚も大きく首をひねっていた。
「分かる。でも、結局、ルールや設定よりも、参加者頼りなとこあるじゃん」
「……閃いた!!」
「わ、急にでかい声出すなよ。うるせえな」
「デスオア退職!」
「は?」
「それぞれが自分の考える最高のゲームをプレゼンして、評価が悪かった奴はそのゲームに参加させられる。そのゲームで生き残ったら会社を辞められる」
「お前、新入社員退職組を殺したすぎだろ」
「だってさあ」
気持ちは分かる。残業はできればしたくないし、人の仕事を押し付けられるっていうのは何となく気分が乗らない。
同僚の手元で出来上がった首輪が寄越され、代わりにボールペンを取られた。あと一つ、首輪ができれば今日は帰れる。
「新入社員の考えた面白くないデスゲームをやる、っていうのが嫌だわ。そのために、参加者集めて、場所確保してなんて、お前だって嫌だろ?」
「……確かに」
「でも、死か退職かの選択は面白そうだな」
「あ、じゃあ、企画コンペは? 各々の課が一つ、必ず一人の敗者ができるゲームを提案して、それを七人にやらせる。一日一ゲームとして、六日間。毎日、一人が死ぬ」
「最終日まで残った奴は退職?」
「いや、俺がスイッチ押す。で、俺たちは俺たちで企画を評価して、最優秀の部署には金一封」
「まあ、俺たちもこうして無駄にゲーム考えてるわけだし、案外、面白いのが発掘できたりしてな」
同僚は今まで書いていたすべてに取り消し線を引き、”退職社員に制裁を!”と大きな文字で書き終わるや否や、勢い良く立ち上がった。
「ちょっと企画課に行ってくる!」
「は?」
「これ出してくる!」
「正気かよ」
「だって、早く出さないと。あいつら、次のゲームに参加させられるだろ?」
「……やっぱお前、あいつらのこと殺したいだけじゃねーか」
「”俺たちの考えた最強のデスゲーム”で殺してやって、金一封いただこうぜ!」
一石二鳥だ、と言わんばかりの同僚は、ばたばたと足音を立てて執務室から飛び出していった。まだ妄想でしかない企画で盛り上がれるなんて、本当に元気な奴だよ。
同僚が戻ってくる前に最後の首輪を作り上げてしまおう。
デスゲームの裏方さん 真名瀬こゆ @Quet2alc0atlus
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