第3話 たまこ、電車の達人に会う

おはようございます。

たまこです。

今朝は珍しいことが起きました。


実は。


配属されて2週間、

満員の通勤電車で

初めて、座席に座ることができたのです。


奇跡です。


どうしてこんな偉業を達成できたのか、

それはお隣にお座りの美人先輩、清水さんのおかげです。


清水さんは以前の職場で1年だけ一緒に勤務したことがあります。一足先に、X市へ転勤されていたのですが、先ほど駅のホームで偶然再開したのです。


ハイヒールにタイトスカート、栗色の髪を優雅にかきあげるお洒落な清水さん。ホームでしばらく談笑したあと、列車に乗り込み驚きました。


私が車内をキョロキョロしていると、

遠くで

「タマちゃーん」

と声がします。

みれば、人混みの隙間で、清水さんのほっそりした手が揺れているではありませんか。


なんと清水さん、このわずかな時間で座席を確保。ついでに私の分まで用意してくれたのです。私の後ろに並んでいたはずなのに、いつの間に。


なんという神業。


私はいつもホームの一番前で電車をスタンバイしておりますが、

立つ場所を間違えたり(列車の側面が目前にきた時の寂しさ、、、)、

電車に乗り込んでも席を探してもたついたりして、

気づけば座席は埋まっており、人の波で端っこに追いやられる始末。


清水さん曰く、

大切なのは

「瞬発力と動体視力かな」

だそうですよ。


動体視力といえば、野球選手ですよね。

、、、バッティングセンターとかで鍛えれば、私もひとりで座れるようになるのかな。



座席に座ると、満員電車も少し快適です。

ふくらはぎあたりに当たる、温風がじんわりと心地よいです。


電車は停まるたびに人をのせ、

いよいよすし詰め状態になってきました。

吊り輪にぶら下がり、眉間にシワを寄せ、目をつぶる人たちを見上げていると、

なんだか、座っているのが申し訳なくなってきて、自然とそわそわしてきました。


視線を落とすと、

目の前にずらりと並んでいるのは、

なんと小学生です。


お揃いの制服、丸みを帯びた帽子とおしゃれな茶色のリュックカバン。

どこの小学の子供達でしょうか。


彼ら彼女らは、その小さな体を寄せあって満員の車内でじっとしています。


身長が大人の腰辺りまでしかない彼らは、竹藪のなかに生えるタケノコのよう。大人の脚の隙間にすぽりとおさまって、身を寄せあっています。


席を譲ったほうがいいのでしょう。

ただ、私1人では、子供1.5人分にしかなりません。


隣の清水さんをみました。

、、、寝ておられます。

この満員電車で仮眠がとれるとは流石です。


となると、他の方とともに席を譲るしか無さそうですが、皆さん、目をつぶってじっとされています。仮眠タイムです。さすが電車プロたちは違います。


でも、困りました。寝ている方に声をかけるのは、申し訳ないです。


私がキョロキョロしていると、ふと目の前の小学生と目が合いました。

小学3年生くらいの男の子です。


『大丈夫ですから』


え。


『大丈夫ですから、お構いなく』

彼の澄んだ目が、私にそう語りかけています。


いやいや、たまこ待ちなさい。

そりゃあ、あなたの勝手な解釈。都合のよいよう錯覚してるだけではないかい。


しかし、小学生は、澄ました顔で鞄から何やら取り出しました。

児童書です。

あの有名な魔法使い小説。

私も夢中になってよみました世界的ベストセラー。名作です。


じゃなくて、じゃなくて、

席の話です。


私も目で語りましょう。

『席、お譲りしましょうか』


小学生は否定するように目を伏せました。


やはりどうやら、

この男の子と目で会話が成立しています。



彼は、鞄を自分の脚の間に置いて、平然と本を読み始めました。


よく見ると彼だけではありません。

隣の子は、下敷きを器用に使って、何やら宿題をしています。別の子は新聞(!)を読んでいるではないですか。



列車は大きく揺れます。

大人の隙間におさまる彼らは、手の届かぬ吊り輪を使用せずとも、上手に揺れを乗りこなし、脚をばたつかせることもありません。むしろ余裕さえ感じられます。


すごいです。


それに、比べ、私。

しっかりすぎる体格でありながら、

毎日のように、揺れに耐えられず、ふらついております。一度大きくバランスを崩して、スプーンのような海老ぞりを見せたこともあります。、、、吊り輪がないと、衝突事故を起こしまうでしょう。


私は目の前の小学生達に羨望の眼差しを向けました。

彼らが何気なくしていることが、どんなに凄きことか、私たまこには大変よくわかります。


なんてたくましく、なんて玄人なのでしょう。

カッコよすぎます。

彼らこそまさに電車の達人。



先ほどの男の子は読書に夢中です。

この小説、本当に面白いですからねぇ。

どの辺りを読んでいるんだろう。



私が彼らほどの頃、電車の乗り方なんて知りませんでした。


田んぼに挟まれた一本道を歩く通学。

そこで覚えたことと言えば、

ピーピー豆の鳴らし方、くっつき虫の生える場所、雪道を転けずに歩くコツ、、、


同じ小説に夢中になっていても、

こんなにも全然違う体験をしているのです。


彼はきっと、私とは全く違う大人になるのでしょう。


面白いです。

こうやって、みんな違う人間になっていくのですね。



彼が本をぱたんと閉じました。

ふぅ、と満足げにため息をつきたところで、私と目が合いました。

私が見ていることに気づいて、慌てたように目をそらすと電車を降りて行きます。

走り去る小さな背中に揺れる大きな鞄。


先程までの達人の姿が、ぱっと消えて、それは可愛らしい小学生でした。



さて、

私も仕事がんばりますか。

「清水さん、そろそろ着きますよ」



皆さんも、よい一日を。



たまこ


(つづく)


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たまこの新しい毎日 あらたあやか @arataayaka

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