第41話 未来談義

 二人の妥協点が見つかったときだった。

 魔の森でヒツギの影武者を務めているドロシアから、預けた《王権》を用いて連絡が入る。


【こちら、ドロシア・スミシー。ご主人様、火急耳に入れて頂きたい要件が】


(どうした?)


【《蓋世王》の《世界式改竄》によって、ご主人様が《魔王》になられたことが大陸全土に伝わっております。そして現在、ご主人様がミッドヴァルトにいないということも】


 遅れて気付いたが、確かにこれでは魔の森にドロシアを置いていても、彼女がヒツギの偽物であることは見破られている。いくらコピーした姿の三割の力を使うことができるといっても、魔の森の王とその主線力を欠いた現状で、他勢力の相手はできない。


【第十一席、北の《猛火王》リーザ・ジャビーが、ご主人様に再戦を求めています。これに第十二席、南の《堕落王》バジュラ・アジュラは関わらないと表明し、敵に回ることはないものの味方になるつもりはないと。そして一番の問題が、第七席、《不動王》ガルマ・バルバトスが西から動き出しました。おそらく目的地は我々の拠点、ブラッドムーンかと】


(分かった。急ぎ帰還する。それまで陣頭指揮は……ドロシア、お前に一任する)


【かしこまりました。こちらはお任せを。お気を付けてお帰りになってください】


 ヒツギは、ドロシアとの《王権》による通信を切った。

 そのまま鋭い双眸を、アーガス王国軍へと向ける。


「興が冷めた。ザコの相手をしている暇はない。魔の森へ帰るぞ」

「へ? い、いいんですか、ボス? あいつらを見逃しても」

「ウルル、こちらにもやることができた。お前にも働いてもらうぞ」


 ウルルの疑問に詳しく答えることはなく、ヒツギはアーガス王国軍のほうはもう視界に入っていないと言わんばかりに、完全に無視してタイラントレックスの背に乗った。

 そのときを見計らって、ヒルデは右腕を天に掲げて吼える。


「《屍術王》ヒツギ・ハイフォレストは、この私、《放縦帝》ヒルデガルド・エーベルに臆した。よってこの場は休戦とする! 負傷者を回収し引き上げろ! 死者は捨て置け!」


 ヒルデの勝利宣言に、若干の不安を残しながらも、アーガス王国兵は湧く。


「ふん、ヒツギ様に見逃して頂いた分際で、良い気なものですわね。これだから砂利は」


 その光景を、ヒツギの隣に立つルナが苛立ちを抑えきれずに爪を噛み、睨んでいた。


「別にいいだろう。いずれ滅ぼす国だ。今回は死の宣告を与えてやるだけで十分さ」


 こうして『ヒツギ・フォン・アーガス』の復讐の旅は、此処に終着となる。

 風が吹く。強く、冷たい風が。

 背中で結んだ黒い長髪を、一度だけ後ろへと、風が流していく。


「………………」


 ズボンのポケットに手を入れたまま、成長した背中をヒルデに見せて歩き出す。


(さようなら、先生。次に会うときは、こうはいかないだろう。お互い立場は変わってしまったが、いつかまた、あの頃のように……無邪気に遊びたいものだな)


 すでに《魔王》となった少年は、その顔に少しだけ寂しそうな笑みを浮かべる。


 ヒツギら《デミ・レギオン》一行は、兵士達の歓声を後ろに《屍術》で死体を回収しつつ、タイラントレックスの背に乗り、帰路に着いた。

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