第38話 魔王VS王子

「では、これより私は《屍術王》――ヒツギ・ハイフォレストと名乗ることにしよう」


 魔の者になるに至って、あえて疎ましい前世での『高森』という性を選んだ。


「それで? 蓋世王よ。何か、お前からの《ギフト》はないのか?」

【無論、あるとも。私の《世界式改竄》によるこの通信は、大陸全土に伝わっている。音声だけではあるがね。《魔王》として世界に認知された貴様の体には、今まで以上の魔力が充満しているはずだ。《屍術王》個人としては、死の象徴である『砂』――土属性魔術に絶対的な耐性を得る。逆に命の象徴である『海』――水属性魔術が弱点となるがな】


 元々、屍術師としてその側面はあったが、それがよりいっそう強調された形か。


「現状で満足していたというのに、余計な穴を空けてくれたものだ」

【ふっ、ヒツギよ、もっと驕れ。慢心せよ。ハンデなくして《魔王》の座は楽しめんぞ】


 不満を漏らすヒツギ・ハイフォレストに対し、蓋世王は薄く笑うと接続を切った。


「一方的な奴め。というわけだ。悪いな、モニカ。たった今、ヒツギ・フォン・アーガスは姓を捨て、魔王の一人、《屍術王》と相成った。つまりは……お前たちの敵だ」

「そんな! 兄さんっ!」

「よってお前たちとの交渉も打ち切り。この戦場にて散ったすべての死体をアンデッドとして我が軍門に加えようと思う。邪魔はしてくれるな。今日はお前たちを殺す気はない」

「彼等の亡骸を簒奪しようというのですか? 遺体すら家族の元には返さないと?」

「死体は死体だ。命を失った以上、ただの肉塊に過ぎない。であれば、この私が有効活用してやろうという、せめてもの慈悲のつもりなのだが。何かお気に召さないかね?」


 屍術王の平淡な言葉に、モニカ・フォン・アーガスは顔を曇らせる。


「兄さんは、もう昔とは変わってしまったのですね。優しかった兄さんは……もういないのですね。私に柔和な笑顔を見せてくれた兄さんは……もう、いないのですね?」

「そんな者はいない。お前たちが、この私を国外に放逐したときからな」


 頬の端から涙を流すモニカに対し、ヒツギは特に感情を見せることもなく言い切った。


「モニカァア! そんな男、もう捨て置け。今! そいつ自身が口にしたであろう。人類の敵に回ったと。そこにいるのは魔王の一人、《屍術王》――特殊災害指定魔人である!」


 ベントレーの雄叫びに、モニカはビクンと震え、遠のきかけていた意識を取り戻した。


「聞けぇええい者共! ならぬ、あってはならぬ! 我が国から史上初の人間の《魔王》を出しては。アーガス王国兵よ、この場で人類の敵、《屍術王》――ヒツギ・ハイフォレストを排除せよ!」


 一瞬困惑の色を見せた後、王子であるベントレーの命に兵達が行動を示した。

 敵対姿勢。元アーガス王国第二王子、ヒツギ・フォン・アーガスはすでに死んだという判断。人間としてではなく、世界を脅かす《魔王》として排斥しなくてはならないと。


「私の要求が呑めないのであれば、ここで死んでもらう。これはお前たちへの逆襲だ」


 即座に後ろへ下がるベントレーに対し、ヒツギは大きく前に出てみせる。


「……哀れよな。無能な王を担げば、もがれるのは己が足と知れよ、王家の雑兵共」


 この時点ですでに、王としての『格』の違いが出ていた。


「主君、ここは我々が。王が下等生物に自ら手を下す必要などないかと」


 漆黒の煙を漂わせながら、暗い鎧の騎士――ホロウが口を挟む。そしてそれに続こうとする屍術王の仲間たち。特にウルルがホロウへ対抗意識を強く燃やしていた。


「ボス、ここはオレにやらせてくれ。アンタが覚悟を決めた以上、オレたちもボスについて行く。それはたぶん、他の奴等も同じ思いだ。やるぜェ、皆殺しだ」

「よい。下がれ、彼等は故国の兵士。この私、手ずからその命を刈り取ってやろう」


 屍術王の両目が血のような紅色に輝き、その眼球に複雑な魔術円が浮かび上がる。


「さぁ、私のアンデッドになりたい者から挑んで来るといい。楽に死なせてやるぞ」


 迫り来る数百のアーガス王国兵。前方に武将が、後方には支援魔術師が、統制された動きで瞬時に陣形を整える。これもアーガス王国軍事魔導顧問、《七聖天帝》の一人、《放縦帝》ヒルデガルド・エーベルによる力か。彼女の活躍に、ヒツギの心は不思議と躍る。


「ハッ、せいぜい足掻けよ。土闇混合魔術! 《突き刺す混沌》(カオス・インペイルド)」


 闇色の土でできた太い棘が大地から無数に飛び上がり、王国兵の心臓を串刺しにする。


「ああ、良い……実に良い……! 最高の見晴らしではないか!」


 ヒツギは大仰に両手を広げ、湧き上がる達成感を味わう。

 次々と地面から生えた禍々しい黒い槍が、兵士達の体を刺し穿ち貫き、無残な死体を天高く掲げた。その光景はまさに串刺し荒野である。多量の血液が地に滴り落ちる。

 思えば、自分はずっと、このときを待っていたのかもしれない。

 自分を裏切った故国への復讐を。一度枷を外してしまえば、もう止まることはない。


「まるで磔の刑ではないかね。天への供物といったところかな」


 すでにまともな人の心を捨てた、屍術王は酷薄な笑みを浮かべる。


「これでお分かり頂けただろうか。キミたちでは私の相手にならないのだよ。なんならアンデッドで事足りる。疲弊しきった今のお前たちではな。そちらの最大戦力を出せ」


 手遅れになっても知らんぞ、とヒツギは嘲笑った。それにたまらずベントレーが出る。


「固有魔術――《放出》! ミッドヴァルトの魔物共々、消し飛べ! 屍術王ッ!」

「――――――っ! ヒツギ……あれはマズイぞ、極大魔術以上の威力だ!」

「分かっている! 《地獄門・三重壁》」


 タイラントレックスの言葉に、ヒツギはやや焦り、咄嗟に防御に回る。

 過去にヒルデガルド・エーベルの極大魔術の余波を防いだ最強の盾。その三段重ね。しかし、


「ちょ、リーダー! これ、防ぎ切れてないんですけど~! ヤバいよこれっ!」

「きゃ~、ひーくん無理だってこんなの死んじゃうよー! ラクラ、助けてぇ~」


 クインが悲鳴を上げ、バーミリオンはラクラの後ろに隠れて引っ付いていた。


「騒々しい! 私が抑える、静かにしていろ! 《ディストーション》」


 ヒツギは《地獄門・三重壁》で威力を殺した、ベントレー・フォン・アーガスの放った《魔力砲マギアキャノン》に対して、前面の空間を歪ませ、ピンポイントでの魔術の無効化を図る。

 その選択は見事に解へと至り、ベントレーの極大魔術並の固有魔術、《放出リリース》を防いだ。


(今の魔術は、ベントレーの固有魔術、《吸収アブソープ》で吸い取った魔術を、一気に外へと解き放った《放出リリース》。今回の戦争で《吸収アブソープ》したすべての魔素を《魔力砲マギアキャノン》として放ったのか)


 ヒツギの考えは的中していた。そのようなデータの断片はすでに拾っていたので、後は実際にその目で見て、感じたものを確かな説として立証したまでのこと。


「くっ! まさかあれを防ぎ切るとは……な。さすがは『魔王』といったところか」


 後ろに下がったベントレーが、中距離からヒツギに呼びかけてくる。


「分かりやすくいこうじゃないか、屍術王。先程の攻防で理解した。弱った我が兵では貴様を討伐するのは現実的ではないとな。傍に不死王もいることだし、今日は諦めよう」


 だが、とベントレーは続ける。声も高々に、雄々しく吼えてみせる。


「これだけははっきりとさせねばならない。オレと貴様、どちらが王として上なのか」


 大きく両手を広げ注目を集めるベントレー。この場で魔王の価値を落とす腹積もりだ。


「あいつはバカなのか、ヒツギ。どう考えてもヒツギのほうが上だろう」

「ヒツギ様、あの豚殺してもいいかしら? そろそろ目障りなのですけど。とてもヒツギ様と血が繋がっているとは思えませんわ。まったく美味しいそうな匂いがしませんねぇ」


 フィリシアが同情の目で見つめ、ルナが苛立ちを抑えきれずに身を揺すりだす。


「そう言ってくれるな。あの顔も今日で見納めだと思うと、感慨深いものだ」

「ヒツギ! 否、《屍術王》! 貴様の極大魔術をオレに放て。それをオレが吸収しきることができれば、大人しくこの場は引いてもらおう。なんの戦果も持たず、手ぶらでな」

「勝手な男だ。いつまでもお前の我儘が通ると思うな。死んで身の程を弁えろ」


 ヒツギとベントレー、両者の魔力が迸り、互いに相手を憎んでいるのが伝わる。

 どうあっても理解し合えない二人。この結末に至るのは必然だったのかもしれない。

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