第37話 新たな魔王

「…………ふん、そうだが? それが何か?」


 なんでもないといった風に、ヒツギは灰色の仮面をすっと外した。

 その整った中性的な顔立ちと、紫水晶のような瞳を見た、アーガス王国兵がざわめく。

 それは彼の兄にして、アーガス王国の王子、ベントレーとて同じ反応であった。


「……ひっ、ヒツギぃいい。貴様、生きていたのか。てっきり魔の森で死んだかと……」

「恥ずかしながら、地獄の底から戻って参りました、兄上。なにせ、魔の森では私を裏切らない頼もしい仲間に出会うことができたので。今はそこの《王》を務めています。今度こそ私には、血は繋がらずとも『本物』の家族ができたのですよ」


 それだけではない。ヒルデだけは今も変わらず自分の『先生』でいてくれているのだ。

 ヒツギにとってこれほど幸せなことはなかった。それだけで今は満足だ。


「お前に家族だと? はははっ、それは後ろに控えるバケモノ共のことか?」


 そのとき、ヒツギたちの後ろに、ウルルとホロウが遅れてたどり着いた。


「ボス、追いついたぜ」


 色々と剥き出しの挑発的なボディに、不敵な笑みを浮かべる人狼の少女。


「主君、お待たせ致しました」


 重厚な黒い甲冑を纏いし、首なしの騎士。気高き正義の執行人。


「クソ、また増えたか。ヒツギよ! では、《黒の魔女》も、アーガス王国に魔物を送り込むことを制限していたのも、《魔の森の王》も、すべては貴様だったというわけか」

「そうだ。アーガス王国などいつでも滅ぼせるから、見逃してやっていたのさ」

「……っ! 口が過ぎるぞ! 人類の敵が! 今すぐこの場で貴様の首を刎ねてやる! その首を以って、この戦に終止符を打つ。父上にとっても良い土産となるだろうなァ!」

「ま、待ってくださいお兄様! 兄さん、少しだけ私のお話を聞いてくださいますか」


 興奮するベントレーの間に、深呼吸をしたモニカが努めて冷静に入ってくる。


「いいだろう。話すがよい。だが、下らぬ内容であれば、お前であろうと容赦はせん」

「ヒツギ兄さんには、この度の戦でアーガス王国を救った英雄として、アーガス王国第二王子の位に戻ってきて頂きたいのです。お父様には私が責任を持ってお話をつけます」

「モニカ! 貴様ぁあああ!」


 ベントレーの叫びを無視し、モニカは力強い瞳で言葉を紡ぎ続ける。


「兄さんのお仲間の魔物さん達にも危害は与えません。いっそ、魔の森の一部と同盟を組むというのはどうでしょうか? よく考えれば、私たちが争う必要などないのです」

「戯け。……王子? バカを言うな。俺は魔の森の王である。王には責任が伴うのだ」


 そう言って、ヒツギは愛していた実妹の提案をあっさりと跳ね除けた。



【その通りだ。そこのヒツギ・フォン・アーガスは、もう貴様たち人間のモノではない】



「……これは《世界式改竄》。さては《蓋世王》か?」

【然り。私は魔国を治める、魔王の一人、《蓋世王》シークエンス・エンドである】


 ヒツギたちのいる戦場と《蓋世王》が接続され、空全体に彼の音声が鳴り渡る。

 その場にいたアーガス王国兵だけでなく、ヒツギの仲間にも衝撃が走った。


「《十二界王》の第一席、実質魔王のトップが、人間の俺になんの用だ?」


 唯一、ヒツギだけが王としてなんら臆することもなく、宙へと問いを投げかける。


【元魔王である《暴竜王》タイラントレックスを黄泉帰らせ、現魔王の一人である《不死王》ルナ・バートリーを侍らせ、《猛火王》と《堕落王》までも退け配下に置いている】

「それが何か? 俺は《十二界王》サイドと敵対しているつもりなどないが?」

【人間とはいえ、もはや到底貴様は《十二界王》を束ねる私としても無視できない。よって、空席となっていた第四席の座を用意しよう。《魔王》としての地位を貴様に与える】


「その席次には何か意味があるのか?」

【人類に対しての脅威度であると、《七聖天帝》が定めていた気がするが、私としては魔王の中での位の高さ、要はカリスマ性、そして世界に対する影響力だと考えている】

「ルナ、お前は第何席だっけ?」

「わたくし《不死王》ルナ・バートリーは第九席ですわ」


 ヒツギの質問に、隣で佇んでいたルナが簡潔に答える。

 その答えに、ヒツギは「そうか」とだけ呟いた。


「しかし、俺は魔の森の王として、ミッドヴァルトを治めるだけで手一杯なのだよ」

【今までとやることは変わらない。ただ世間体が変わるだけだ。ヒツギ、アーガスの姓は捨てろ。貴様はこれより魔王の一人、《屍術王》と名乗るのだ。人類の敵としてな】


(元より人として生きることはやめたつもりだったが……結局、最後の最後まで、自らの意思で、アーガスという性を捨てることはできなかった。ここが潮時か……)


 シークエンス・エンドの言葉に、場にいる全員が静まり返った。かつてアーガス王国の王子として生きた、人間であるヒツギがどんな決断を下すのか。それをただ見守る。


「……蓋世王。仲間にはなるが、お前の部下になるつもりはない」

【それでよい。私とて得も知れぬ『人外の人』をどう扱えばよいか見当もつかぬからな】

「いいだろう。交渉成立だ。たった今、俺は――《屍術王》は人類の敵に回った」


「主君、よいのですか?」「おい、ヒツギよ」「ちょっ、だ、旦那様!?」「本気ぃ~ヒツギちゃん?」「さすがはボスだ。ついに魔王か」「ま、ウチはどーでもいいけどさ」「ん? ひーくんまた偉くなったの?」「それがヒツギくんの意志なら別にいいんじゃない」「はぁ……」


「……色々意見はあると思うが、同時に喋るな。お前ら仲良しか?」


 ヒツギは、ホロウ、タイラントレックス、ルナ、リリス、ウルル、クイン、バーミリオン、ラクラ、そして最後にやれやれとため息を吐くフィリシアを同時に諫める。

 そして再び、ヒツギは蓋世王との会話に移った。


「では、これより私は《屍術王》――ヒツギ・ハイフォレストと名乗ることにしよう」


 いずれ来るとわかっていた。

 決めていたことだ。

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