第36話 合流と再会
◇ ◇ ◇
カルトガルド公国兵はすでに全体の四割以上を失い、敗走を始めた彼等をアーガス王国軍は殲滅戦へと移行し、そのまま完全に公国兵団を壊滅させようと目論んでいた。
どうせ図に乗ったベントレー辺りが、この機を逃さず追撃をかけたのだろう。
(相変わらず、小賢しく、憎らしい愚兄だな。この際、ついでに殺しておくか……)
ヒツギの脳裏に、二年前のアーガス王国城の地下室でのやりとりが思い出される。
「……チッ、もう過ぎたことだ。ホロウ! ウルル! 敵将はどうなっている?」
『こちら、ホロウ・フォール。主君、某が敵将を討ち取りました』
『おい、コラァ! 待て待てぇ、あいつをぶっ殺したのは、このオレだろ? テメエ、ホロウ。オレの手柄を横取りするつもりかァ? ええ?』
遣わした《低級霊》からの映像では、二人が剣と拳を構えて揉めていた。
ホロウが振り下ろす大剣を、ウルルの獣化した鋭利な爪牙が受け止める。
まさかのガチ喧嘩をしていた。
ホロウはあまり感情的になるタイプではないので、短気なウルルが突っかかったのだろう。
自分に敵意を向けた者には容赦しないのがホロウだ。
『ウルル、お前は奴の心の臓を止めたつもりでいたが、あれはまだ動いていた。なので、某がその首を刎ねた。であれば、その戦果は某のものではないのか?』
『はぁ? ふざけんじゃねぇぞ! こっちはあいつを倒すために――』
「よい。お前たち二人は共によくやった。そのままホロウはコシュタ・バワーの後ろにウルルを乗せて、アーガス王国軍本陣の側面まで移動せよ。そこで全員合流する」
『かしこまりました、主君。直ちに向かいます』
『了解だ、ボス。ホロウ、テメエ……後で覚えていろよ』
これですべての仲間に通信が行き渡った。
カルトガルド公国軍の壊滅を確認。
後はアーガス王国軍本陣にて、戦後交渉を行い、ミッドヴァルトに帰還するだけだ。
「戻れ、餓死髑髏。そして来い! 《遠隔死体召喚》! タイラントレックス!」
1000メートルを超える巨大な骸骨が灰となって消え、ヒツギは下に落ちていく。
その足元に巨大な魔術円が展開され、暴風を伴い、スカルドラゴンが呼び出された。
「人がせっかく楽しんでいるところを呼びつけるとは、貴様も相当に人が悪いな」
「いつからお前は人になったんだ、タイラントレックス。このまま本陣に向かうぞ」
「承知した。《支配者の椅子》に座れ、速度を上げる。衝撃に備えよ」
ヒツギがタイラントレックスの背中の中央にある、骨で作られた椅子に腰をかけると、彼は一気に加速し、もの凄い勢いで風を切って一直線にアーガス王国軍本陣へ進む。
その直線上にいた兵士は気の毒なことに、風圧と衝撃で彼方へと吹き飛ばされた。
敗走するカルトガルド公国兵達を追い立てるアーガス王国兵を諸共に跳ね除け、ヒツギを背に乗せたタイラントレックスは進撃を続ける。ヒツギにはアーガス王国兵すべてを救うつもりなど毛頭ない。邪魔なら殺すだけだ。そこにはなんの躊躇いもない。
ヒツギの瞳はすぐにアーガス王国軍本陣を捉えた。拠点には負傷者を集めているというのもあって、多くの兵士が見られた。軍師がいないのか、馬鹿みたいに密集している。
(……広範囲魔術を撃ってくれと言っているようなものだぞ。死にたいのか?)
すでに本陣手前には、バーミリオン、クイン、ラクラ、フィリシア、ルナがいた。
魔族が相手とあって、警戒を怠らないアーガス王国兵達の前に、ルナが代表として立ち塞がっていた。圧倒的な力を見せた魔王、《不死王》――ルナ・バートリーに対し、わざわざ向こうからけしかけるようなことはしないと見ての判断だろう。
ああ見えて、ルナは知恵が回る。伊達に数百年生きていない。癇癪を起していない状態であれば、一軍を任せる程には、ヒツギは彼女のことを信頼していた。
「……ちゃんと帰ってきたか」
「あら~、察しが良いわね~? 時間通りでしょう?」
タイラントレックスの上に乗るヒツギの横に、リリスが音もなく降り立った。
「これでホロウとウルルが追いつけば、全員集合だな」
「それで~、アーガス王国とはどう話をつけるつもりなの~?」
「戦後交渉としては、報酬として戦場の死体をもらい受ける。魔の森を巡回させる新たなアンデッドを増やすためだ。あとはそうだな、アーガス王国に貸し一つというところか」
「そんなに上手くことが済みますかね~? 相手は醜悪な人間だよ~」
確かにこちらは、ヒツギ自身は人間であるが、その仲間は全員『魔の者』である。
「それと~……ちゅっ♪ れろぉぉっ……ぢゅっ、じゅるるぅ~」
「ひゃっ!」
「ヒツギちゃんはお耳が弱いから~、人間の女の子に犯されちゃうかもね~」
「それは、お前が俺の躰を開発したせいだろうが!」
いきなり耳にキスをし、あまつさえ舌を入れてきたリリスの頭を強めに殴る。
「あいたっ! や~ん、もうヒツギちゃん暴力的ぃ~。後でお仕置きだゾ☆」
(この俺が戦後交渉か。甘くなったもんだ。一年前なら皆殺しにしていた)
今でもアーガス王国には憎しみが強く、滅ぼしてやろうという想いは消えていない。
リリスと無駄話をしているうちに、アーガス王国軍の拠点へとたどり着いた。
ヒツギはゆっくりとタイラントレックスの背から降りる。リリスもそれに続いた。
仮面を付けたヒツギが前に出ると、ルナを筆頭に彼の仲間たちが道を開ける。
それをアーガス王国軍の代表である、ベントレー・フォン・アーガスが出迎えた。
「これはこれは、魔の森の王。戦はもう済んだぞ。すでに貴様たちに用はないのだが?」
「随分と強気に出たなァ、クソデブ。内心ブルッてんだろ、お飾りの王子様よぉ……」
憎き兄、ベントレーを前に、普段よりヒツギの口調が荒くなる。
そんな二人の邪険な空気など構わず、ベントレーの後ろから一人の少女が現れた。
「その声、そのお姿。お顔は隠していますが……ヒツギ兄さん、でしょ?」
ヒツギのことを慕っていた、アーガス王国第一王女、モニカ・フォン・アーガスだった。
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