第33話 武の極致

 我こそは《黒の魔女》を討伐せんと、果敢に襲い来るカルトガルド兵を、凰式――《纏》で軽くいなす。


「敵の弱みを突くのは兵法の基本。目障りだ、道を開けろ! 《加速ヘイスト》」


 ヒツギは歴戦の武将ではなく、後方に控える魔術師の軍団へと突っ込む。


悪魔調律デーモンチューン! 完全結合フルコネクト開始オン


 そこからは一方的な展開となる。魔術師の群れに、一人の拳士が紛れ込んだのだ。

 味方に誤爆することを恐れ、下手な魔術は使えない。かといって近接戦は不得手。


 それをカバーするかのように、すぐに駆け付けるカルトガルド兵の武将達。

 しかし、それもヒツギにとっては織り込み済み。対抗策として、彼は――


「貴様ら有象無象のザコに、私の仲間を相手取る資格などない。貴様らは亡者と戯れているのがお似合いだ! 《遠隔死体召喚》。遊んでやれ、《骸骨兵スケルトンソルジャー》」


 白骨死体を用いた、ヒツギの基本――《屍術》。

 死者の行軍が稼働する。

 それでもカルトガルドの魔術師は、その隙にヒツギから距離を取り、魔術を起動する。


「残念だったな。魔術の使用は禁止だ! 《虚空暗黒領域ヴォイドフィールド》」


 自身の半径三キロメートル内の、すべての魔術師の魔術を無効化する、ヒツギが生み出した魔術を否定する究極呪術。その効果は絶大で、もちろん自身にも効いてしまう。


 だが、ヒツギはただの魔術師ではない。彼の前世は『武術家』である。《硬気功》で己の肉体を硬化させ、手始めに得意技である《四本貫手》で周囲の魔術師の腹を次々と貫く。


「悪いが、貴様達の命をここで絶つ。私の『魔拳』からは逃れられぬと知れ」


 ヒツギは集中に集中を重ねる。

 過剰なまでの集中力。

 無の極致。時すら止まる感覚。


 なぜ魔術が行使できないのか理解しかねている、大きな魔杖を携えた魔術師に、《活歩》の歩法を用い、捻りの動作をなくした速さに特化した縦突き――《跳歩崩拳》をぶち込む。


 そいつの心臓が止まったのを確認すると、ヒツギは紫色の瞳を走らせ次の獲物を探す。


《縮地》にて一瞬で距離を詰め、《流れ独楽》――空中回転二段蹴りからの強烈な前蹴り。


 背後の敵に《張果老ちょうかろう》――遠心力を付けた裏拳と後ろ回し蹴りを同時に放つ。そのまま対面に《迎門鉄臂げいもんてっぴ》――相手を突き上げ、同時に膝蹴りを入れる。何を思ったのか後ろからヒツギを羽交い締めにしてきた大柄で体格の良い魔術師に《寸勁》を食らわせる。ゼロ距離から放たれる打撃。これは拘束されていても使える。


 苦し紛れに殴りかかってきた、カルトガルドの魔術師に対して、ヒツギは《静》の極意である《流水》で相手の気を読み、力を受け流し易々と捌き、いなしていく。


 捻りを加えた掌底――《螺旋掌》で次々と敵兵の顎をかちあげて、気を奪う。

 それでも意識を保つ強者には、下顎を突き上げる強烈なアッパー――《八大招はちだいしょう立地通天炮りっちつうてんほう》を叩き込み、確実に落とす。


 一気にこちらへ群がる敵に《前掃腿ぜんそうたい》――しゃがみ込み円を書くように足払い。また《梱鎖歩こんさほ》――至近距離から相手の足に自分の足を絡め、外から内へ押すことで体勢を崩させる。転んだ相手はローキックに近い《斧刃脚》で蹴飛ばす。


 体勢を崩されても、地に手を突き、真上に蹴り上げる《穿弓腿せんきゅうたい》で切り抜ける。あまりの強さに逃げ出す敵の魔術師を、ヒツギが逃がすはずがない。


箭疾歩せんしっぽ》――《縮地》に似た、中国拳法の秘門歩法にて、一踏みで通常の数倍の距離すら瞬時に詰める。そのまま技を繋げていく。《裡門頂肘りもんちょうちゅう》――肘を下から突き上げるように立て、大きく踏み込む。


「まるで弱い者いじめだな。虚しい戦いだ。そちらに益はないぞ。直ちに降伏せよ」


 残兵は《六大開》で捻じ伏せた。《六大開・挑打頂肘ちょうだちょうちゅう》――強烈な肘打ち。《六大開・貼山靠てんざんこう》――肩から背中を使う体当たり。《六大開・虎撲こぼく》――震脚を踏みながら両掌を叩き込む。


 トドメは《六大開・猛虎硬爬山もうここうはざん》――あらゆる中国拳法の連続技。


 惨劇の足音はコツコツと冷たく鳴り響く。

 重く冷たく、肌を突き刺すような存在感が場を占める。

 彼の放つ独特の気配は、あらゆる生物に不可避の死を予感させるのだ。


 ヒツギの『武』の力により、数分でカルトガルドの後方支援魔術師部隊は全滅した。


(一般兵にまでは《軍火帝》エルシア・ディセンバーの銃火器は渡っていないようだな)


 気を失ったカルトガルドの魔術師達に、屍術師の無慈悲な死が振りかざされる。すでに《虚空暗黒領域》は解いた。亡者と戯れるカルトガルドの武将達諸共地獄へと叩き込む。


「死に溢れた我が前世を此処に再現する! 《暴食グラトニー屍穴ホール》」


 地面が割れ、巨大な穴が大地に開き、陥没した地の底にいる屍に引きずり込まれ、公国兵達は喰い殺される。亡者達の悲痛な嘆きがまた新たな亡者を生んだ。溢れる屍の連鎖。


「キミ達を……私の新しい屍兵として歓迎しよう。ようこそ、死の園へ」


 魔術の介する余地すらない無の世界。

 その眼前に広がるのは屍に満ちた地獄の顕現。

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